450 / 812
12月30日 知るはずのないこと
しおりを挟む
紺様は驚いた顔をして、私を嗜めようと試みた。だがもう既に覚悟を決めた私を見て、諦めたように小さく息を吐いた。
「…扇は儀式用の離れに移動している。あの離れは関係者以外立ち入り禁止で、もしかしたら1月1日まで出て来られないかもしれない」
「はい。…きっと、花火はそれを見越して私を着飾ったんだと思います」
「花火が?」
「私に、扇様の側にいてほしいと頼んだのは花火です。表向きは儀式の装飾のため、扇様の相手をして欲しいとのことでした。でもきっと、花火は紺様と同様に悪しき伝統について考えていたのでしょう。そのために、私を呼んだ」
「…なるほど。だが君を呼ぶ利点は?その様子だと、藁にもすがる思いで君を呼んだ、というわけはないのだろう」
私は頷き、そっと目を閉じた。先程よりも鮮明に、炎の揺らめきがまぶたの裏に映る。泣き叫ぶ少女。燃え盛る畳に四肢を投げ出す女性。黒と赤の映し出す景色は、集中すればするほど鮮明に記憶が蘇る。
これは私の記録?それとも──。
ゆっくりと目を開けると、空気が揺らいだ。微かに張る緊張の糸が、波長のように私の奥に伝わっていく。紺様の、扇様を想う気持ちと私への心配。そして、伝統を打ち切れるかもしれない私への期待と不安。
「澪愛の女系が火を苦手とする理由は、先祖が火事で亡くなったからだと仰っていましたね」
「あぁ、そうだよ」
「炎の中、焼き朽ち果てる城。その前で泣き叫ぶ少女がいました」
「…?」
「彼女の名は舞茶」
「…!」
紺様が静かに目を見開いたのを見て、私は確信する。あの映像は過去にあった出来事なのだと、再認識する。私は目を伏せて、小さく微笑んだ。
「…紺様がこのことを知っているかどうかは賭けでしたが、どうやらご存知の様子ですね」
「昔、出会ったばかりの扇が呼んでいた名だ。"私には舞茶しかいないの"とうわ言のように呟いて、その後何度も懺悔していた。私も他の者も誰のことを呼んでいるのか分からなくて、皆首を傾げていた」
懐かしそうに目を細めながら、紺様は呟く。
「だがある時、父に連れられて澪愛の歴史を学んだ。古代の書物を読ませて貰った。その中に、本来残るはずのないその名前があったんだ。火事で亡くなったとされる女性の、後妻として」
「…彼女は付き人だったのでは?」
「本来はそうだ。身分も高くなかったようだが、火災で亡くなった女性はこの国でも類稀な能力を持ち必要とされる方だったらしい。彼女を失ったことを臣下に悟られぬよう、彼女の最も近くにいた女性を娶ることで事なきを得たのだとか」
「なるほど」
「そしてこの書物は、決して君が知る内容ではないだろう。扇に見せてもらうことも不可能なはず。私だって1度、この国の歴史を知るために見たきりだ。それを何故、君が知っている?」
「…記録は時に、永い年月を越えるからです」
私は1歩、紺様に近付いた。
「…扇は儀式用の離れに移動している。あの離れは関係者以外立ち入り禁止で、もしかしたら1月1日まで出て来られないかもしれない」
「はい。…きっと、花火はそれを見越して私を着飾ったんだと思います」
「花火が?」
「私に、扇様の側にいてほしいと頼んだのは花火です。表向きは儀式の装飾のため、扇様の相手をして欲しいとのことでした。でもきっと、花火は紺様と同様に悪しき伝統について考えていたのでしょう。そのために、私を呼んだ」
「…なるほど。だが君を呼ぶ利点は?その様子だと、藁にもすがる思いで君を呼んだ、というわけはないのだろう」
私は頷き、そっと目を閉じた。先程よりも鮮明に、炎の揺らめきがまぶたの裏に映る。泣き叫ぶ少女。燃え盛る畳に四肢を投げ出す女性。黒と赤の映し出す景色は、集中すればするほど鮮明に記憶が蘇る。
これは私の記録?それとも──。
ゆっくりと目を開けると、空気が揺らいだ。微かに張る緊張の糸が、波長のように私の奥に伝わっていく。紺様の、扇様を想う気持ちと私への心配。そして、伝統を打ち切れるかもしれない私への期待と不安。
「澪愛の女系が火を苦手とする理由は、先祖が火事で亡くなったからだと仰っていましたね」
「あぁ、そうだよ」
「炎の中、焼き朽ち果てる城。その前で泣き叫ぶ少女がいました」
「…?」
「彼女の名は舞茶」
「…!」
紺様が静かに目を見開いたのを見て、私は確信する。あの映像は過去にあった出来事なのだと、再認識する。私は目を伏せて、小さく微笑んだ。
「…紺様がこのことを知っているかどうかは賭けでしたが、どうやらご存知の様子ですね」
「昔、出会ったばかりの扇が呼んでいた名だ。"私には舞茶しかいないの"とうわ言のように呟いて、その後何度も懺悔していた。私も他の者も誰のことを呼んでいるのか分からなくて、皆首を傾げていた」
懐かしそうに目を細めながら、紺様は呟く。
「だがある時、父に連れられて澪愛の歴史を学んだ。古代の書物を読ませて貰った。その中に、本来残るはずのないその名前があったんだ。火事で亡くなったとされる女性の、後妻として」
「…彼女は付き人だったのでは?」
「本来はそうだ。身分も高くなかったようだが、火災で亡くなった女性はこの国でも類稀な能力を持ち必要とされる方だったらしい。彼女を失ったことを臣下に悟られぬよう、彼女の最も近くにいた女性を娶ることで事なきを得たのだとか」
「なるほど」
「そしてこの書物は、決して君が知る内容ではないだろう。扇に見せてもらうことも不可能なはず。私だって1度、この国の歴史を知るために見たきりだ。それを何故、君が知っている?」
「…記録は時に、永い年月を越えるからです」
私は1歩、紺様に近付いた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる