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××月×日 彼岸花
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酷く冷えていく足先に、私の神経はびっくりしたようだった。目を見開き、沈んでいく足を急激に動かす。黒い何かは液体のようにばしゃんっと、飛び散った。服にも肌にも残ることは無いけれど、何だか泥のように感じた。
「まぁ、何するの?ここにいたくないの?」
いたくない。
そう言おうとしたが、声が出ない。喉は全く痛くないのに、声帯だけが動きを止めたかのように、私の唇から空気が漏れ出ることは無かった。そんな私の様子を見て、黒い女の子はにやりと笑う。目が無いから、余計に不気味だった。
「ほら、虚勢なんて張らなくていいの。素直になっていいの。だから、ずっとここにいましょう?」
飲み込むような、蝕むような言葉。そのまま身を任せて、沈んでしまいたくなる言葉。
ここにいたい。
沈んでしまいたい。
暗いこの場所に、何もかも忘れて落ちてしまいたい。
そんな私の思いを受け取ってしまったのか、更に女の子は実体に近付く。本物のヒトのように、形がはっきりとしていく。平らで何も無かった場所に切れ込みが入り、長い睫毛が伸びる。そして開いた瞳には、彼岸花の色が浮かんでいた。赤い、赤い色。
どこかで、見たことのある色。
"彼岸花"
"別名 狐花"
"花言葉は、『悲しい思い出』"
私の内から告げられた声に、耳が、心が、傾いていく。力が溢れていく。光の花びらが、私の周りで舞い踊る。それを裂くように、手を振り下ろす。その空間の切れ目から突風が吹き、花々が激しく舞う。花びらは私の体に触れ、光り輝いて形を変える。黄金色の毛並み。膝上丈の緋袴。同じ色の掛襟。白衣。それにいつもと違うのは、真っ白な千早と胸前で結ばれた赤い紐。薄い稲穂色の、左下で結んだ長い髪。動く度にしゃらん、しゃらんと鳴るのは、彼岸花をモチーフにした髪飾りを差しているからだろう。
「なっ…」
動揺する黒い女の子の姿が、一瞬はっきりとして、歪む。
あぁ、そういうことだったんだ。気付いてあげられなくてごめんね。
そのはっきりした女の子の姿は、まるで鏡のように私にそっくりだった。
光の花吹雪が、私の周りを舞う。私が手を突き出せば、その方向に花が降り注ぐ。私は花々を自在に操って、空間を裂いていく。その花が黒に触れる度、淡いオレンジ色の光が溢れ、空間が明るくなっていく。切れ込みから覗いた世界は、光るオレンジ色の花が咲く優しい空間。その空間に足を踏み出した瞬間、その空間は何かに集まるように回って、巡って、私だけを置いて消えていく。私の姿はその空間が消えていくように元の姿に戻っていく。千早が光の中に溶けて、髪飾りがしゃらんと音を立てて消えて、いつもの"恋使"の姿になったと思ったら、左下に結っていた髪も解けて、私はただの 稲森 夕音 に戻った。
「ほら、こんなとこ、もう来ちゃ駄目ですよ」
優しい声と共に、とん、と背中を押された。
私が驚いて振り返ると同時に、意識がふっと覚醒した。
目が覚めると、枕元で携帯のアラームが鳴り響いていた。
「まぁ、何するの?ここにいたくないの?」
いたくない。
そう言おうとしたが、声が出ない。喉は全く痛くないのに、声帯だけが動きを止めたかのように、私の唇から空気が漏れ出ることは無かった。そんな私の様子を見て、黒い女の子はにやりと笑う。目が無いから、余計に不気味だった。
「ほら、虚勢なんて張らなくていいの。素直になっていいの。だから、ずっとここにいましょう?」
飲み込むような、蝕むような言葉。そのまま身を任せて、沈んでしまいたくなる言葉。
ここにいたい。
沈んでしまいたい。
暗いこの場所に、何もかも忘れて落ちてしまいたい。
そんな私の思いを受け取ってしまったのか、更に女の子は実体に近付く。本物のヒトのように、形がはっきりとしていく。平らで何も無かった場所に切れ込みが入り、長い睫毛が伸びる。そして開いた瞳には、彼岸花の色が浮かんでいた。赤い、赤い色。
どこかで、見たことのある色。
"彼岸花"
"別名 狐花"
"花言葉は、『悲しい思い出』"
私の内から告げられた声に、耳が、心が、傾いていく。力が溢れていく。光の花びらが、私の周りで舞い踊る。それを裂くように、手を振り下ろす。その空間の切れ目から突風が吹き、花々が激しく舞う。花びらは私の体に触れ、光り輝いて形を変える。黄金色の毛並み。膝上丈の緋袴。同じ色の掛襟。白衣。それにいつもと違うのは、真っ白な千早と胸前で結ばれた赤い紐。薄い稲穂色の、左下で結んだ長い髪。動く度にしゃらん、しゃらんと鳴るのは、彼岸花をモチーフにした髪飾りを差しているからだろう。
「なっ…」
動揺する黒い女の子の姿が、一瞬はっきりとして、歪む。
あぁ、そういうことだったんだ。気付いてあげられなくてごめんね。
そのはっきりした女の子の姿は、まるで鏡のように私にそっくりだった。
光の花吹雪が、私の周りを舞う。私が手を突き出せば、その方向に花が降り注ぐ。私は花々を自在に操って、空間を裂いていく。その花が黒に触れる度、淡いオレンジ色の光が溢れ、空間が明るくなっていく。切れ込みから覗いた世界は、光るオレンジ色の花が咲く優しい空間。その空間に足を踏み出した瞬間、その空間は何かに集まるように回って、巡って、私だけを置いて消えていく。私の姿はその空間が消えていくように元の姿に戻っていく。千早が光の中に溶けて、髪飾りがしゃらんと音を立てて消えて、いつもの"恋使"の姿になったと思ったら、左下に結っていた髪も解けて、私はただの 稲森 夕音 に戻った。
「ほら、こんなとこ、もう来ちゃ駄目ですよ」
優しい声と共に、とん、と背中を押された。
私が驚いて振り返ると同時に、意識がふっと覚醒した。
目が覚めると、枕元で携帯のアラームが鳴り響いていた。
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