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10月3日 光と音
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話し終えた稲荷様は、遠くを見ながら深く息を吐いた。首元に、汗の垂れた痕がある。緊張していたようだ。ヒトにこの話をするのに、どれだけ勇気がいるものだったか、私は想像していなかった。突然来て、全てを悟ったような稲荷様に丸投げした自分が恥ずかしい。
そして同時に、私が稲荷様を見ることが出来る理由もはっきりした。血筋関係なく、生まれつきのようだ。幼少期から聞こえていたガラスの割れるような音、キラキラ光っているような綺麗な音、それらも私の"生まれつき"で、心の声だと気付いた。初めて会った時、稲荷様の心の声も聞こえていた。そんな経験が、蓮乃くん達にもあったのだろうか。
「…俺は、あなた以外の光も見たことがあります。それも、神様のものなのでしょうか」
蓮乃くんがやっと口を開いて、そう呟いた。
「光?」
「あなたには、稲荷様には黄緑色の光が見えます。たまに光が見えることはありましたけど、目の前で話してて気付いたのは初めてです。他には水色を見たことがあります。…稲森には、オレンジ色の光が見えます」
「…オレンジ」
稲荷様の表情が、一瞬だけ険しくなった。蓮乃くんはそれに気付いていないのか、そのまま続けた。
「神様の色だとは気付きませんでした。けれど、それだと納得がいくのです。光が見えると、決まって編茶乃が泣き出していたから」
「! 編茶乃ちゃんも見えるの!?」
私は驚いて、大きめの声で言ってしまった。蓮乃くんは優しく悲しそうな表情をしながら首を横に振った。
「あいつには見えてはいない。ずっと昔の話だけど、俺が光の方を指しても『そこは変な感じがして嫌』って言うだけだった。俺には少しヒトみたいな姿が見えていたけれど、編茶乃にそのことを言っても信じてもらえなかった」
「編茶乃は、気配を感じるだけだったようだな。見える力は、蓮乃の方に偏ったようだ」
「今ので納得しました。俺はその一点において、編茶乃に劣ることはなかった。だから、他の面で編茶乃に劣っても、尊敬こそすれ妬むことはなかったんだ。どれだけ比べられても」
蓮乃くんの表情を見て、私は蓮乃くんが今まで心に蓄積させていた悲しみや傷を想像した。きっと私の想像力じゃ足りないけれど、それくらい辛い思いをしてきたことには気付けた。
「蓮乃くん」
私の手元には、一輪の紫の花。外側に向かって広がるように咲く綺麗な花。
「花言葉は、よい便り、希望。菖蒲の花だよ。もう我慢して、傷ついていないふりをしなくて良いんだよ。優しいメッセージが、君の元に希望となって届くはずだから」
私の言葉に、蓮乃くんは涙を流した。そしてしばらく泣き続けた。時計が7時半を指した時、ようやく神社を出ることになった。稲荷様は「また来い。私は何も出来ないがな」と笑って見送ってくれた。私は蓮乃くんを駅まで送ったあとに逆方向の電車に乗り、家に帰ることにした。
こんな時間まで蓮乃くんを付き合わせてしまったことが申し訳なかった。それに暗闇だったし、周りの人なんて見えなかった。その中に羅樹がいたことに、私は気付けなかった。
そして同時に、私が稲荷様を見ることが出来る理由もはっきりした。血筋関係なく、生まれつきのようだ。幼少期から聞こえていたガラスの割れるような音、キラキラ光っているような綺麗な音、それらも私の"生まれつき"で、心の声だと気付いた。初めて会った時、稲荷様の心の声も聞こえていた。そんな経験が、蓮乃くん達にもあったのだろうか。
「…俺は、あなた以外の光も見たことがあります。それも、神様のものなのでしょうか」
蓮乃くんがやっと口を開いて、そう呟いた。
「光?」
「あなたには、稲荷様には黄緑色の光が見えます。たまに光が見えることはありましたけど、目の前で話してて気付いたのは初めてです。他には水色を見たことがあります。…稲森には、オレンジ色の光が見えます」
「…オレンジ」
稲荷様の表情が、一瞬だけ険しくなった。蓮乃くんはそれに気付いていないのか、そのまま続けた。
「神様の色だとは気付きませんでした。けれど、それだと納得がいくのです。光が見えると、決まって編茶乃が泣き出していたから」
「! 編茶乃ちゃんも見えるの!?」
私は驚いて、大きめの声で言ってしまった。蓮乃くんは優しく悲しそうな表情をしながら首を横に振った。
「あいつには見えてはいない。ずっと昔の話だけど、俺が光の方を指しても『そこは変な感じがして嫌』って言うだけだった。俺には少しヒトみたいな姿が見えていたけれど、編茶乃にそのことを言っても信じてもらえなかった」
「編茶乃は、気配を感じるだけだったようだな。見える力は、蓮乃の方に偏ったようだ」
「今ので納得しました。俺はその一点において、編茶乃に劣ることはなかった。だから、他の面で編茶乃に劣っても、尊敬こそすれ妬むことはなかったんだ。どれだけ比べられても」
蓮乃くんの表情を見て、私は蓮乃くんが今まで心に蓄積させていた悲しみや傷を想像した。きっと私の想像力じゃ足りないけれど、それくらい辛い思いをしてきたことには気付けた。
「蓮乃くん」
私の手元には、一輪の紫の花。外側に向かって広がるように咲く綺麗な花。
「花言葉は、よい便り、希望。菖蒲の花だよ。もう我慢して、傷ついていないふりをしなくて良いんだよ。優しいメッセージが、君の元に希望となって届くはずだから」
私の言葉に、蓮乃くんは涙を流した。そしてしばらく泣き続けた。時計が7時半を指した時、ようやく神社を出ることになった。稲荷様は「また来い。私は何も出来ないがな」と笑って見送ってくれた。私は蓮乃くんを駅まで送ったあとに逆方向の電車に乗り、家に帰ることにした。
こんな時間まで蓮乃くんを付き合わせてしまったことが申し訳なかった。それに暗闇だったし、周りの人なんて見えなかった。その中に羅樹がいたことに、私は気付けなかった。
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