神様自学

天ノ谷 霙

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10月3日 Fineの記号

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編茶乃ちゃんと蓮乃くんの演奏は、はっきり言ってよく覚えていない。凄すぎた。2人の重なりがあまりにも綺麗で、あまりにもぴったりすぎたから。演奏開始5秒で、惹きつけられた。会場を2人の音楽の世界に引き込み、観客に息を飲ませた。見入ってしまって、脳が記憶することを忘れてしまったようだった。眞里阿の様子を見ることも、蓮乃くんの声を聞くことも忘れていた。
終わった後、興奮と感動に震えた会場から、2人に向けられた大きな拍手。私は拍手をしようとしたけれど動けなかった。涙が溢れそうになり、立とうとする足が震える。感動に飲み込まれたまま、ここにずっといたい衝動にさえかられる。怖いくらいの2人の息のあった演奏に、このまま惹きつけられたままでいたいと思う。そんな演奏だった。
そんな、演奏、だったのに。
「…やっぱ夏目の姉は凄いな」
「本当だよ…姉は、な」
悪意のある言い方が、また耳に入ってくる。男に嫉妬を向けるのは男とでも決まっているのだろうか。全て男の声だった。
「眞里阿」
「…えっ、あ、何?」
「この後どうする?次のホール演奏は…さんって書いてあるけど」
「え!?嘘!」
プログラムを眞里阿に差し出すと、凄い勢いで掴んで泣きそうな表情を浮かべた。
「…もう1つ、聴きたい…」
「良いよ?でも私もちょっと見たいものがあるから、次の演奏が終わったら戻ってくるね。ごめん」
「う、うん。大丈夫。ありがとう!」
眞里阿の表情の意味は分からない。けれど、次の演奏者も知っている人なのだろう。
「…さて、と…」
ホールの革張りのドアを出て、人気の無い場所を目指して歩く。出演者控え室には、関係者以外立ち入り禁止の文字が貼ってあったし、私は他人にバレない姿になるのが手っ取り早いと思った。人の流れに逆らって、人のいない物置のような場所に隠れる。そして、念じながら腕を振り下ろす。
"恋使"
私の姿は恋使に変わっていた。狐をかたどった巫女服姿。稲荷様に仕える為の姿に。
ヒトには見えないから、と動き回る。関係者入り口のドアが開いたタイミングで侵入し、出演者控え室前まで来た。蓮乃くんが心配だった。だから、私は来てしまった。どこにいるか分からないから、探そうと思って。1曲というタイムリミットの中でどれだけ本心が聞けるか、心配もあったが自信もあった。だから、予想外のことが起こるなんて思わなかった。
「…稲森…?」
「…え…」
蓮乃くんが、"恋使"姿の私のことが見えるなんて、思いもしなかった。
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