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9月20日 噂
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閉会式も終わって、片付ける人もおらず、物で溢れている学校。衣装も着替えて持って帰った人が多いので、昨日の帰り際にあった服はもうない。そんな学校で私は何をしているか、というと。
「…蝶野さん」
利羽の名前を呼ぶ声が聞こえる。暗い校舎の中で、向き合う男女の姿が、ぼやけた月光に照らされていた。
「…蒼くん?」
向き合っている男子の、蒼くんの真剣な声のトーンに戸惑いを隠せない利羽。
「…俺、は…」
言葉を考えてなかったらしい。蒼くんが言葉に詰まる。何で私がこの2人の会話を聞いているのか。それは、少し前に遡る。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
帰ろうとした。文化祭に名残惜しさを残しながら、この場から去ろうとした時、ふと激しい頭痛に襲われた。頭が割れそうなくらいに痛かった。そしてその頭痛は、重なり合うようにいくつかのリズムで刻まれていることに気付いた。感覚的に、誰かの恋が動き出そうとしていることに気付いた。
私は人目のない場所に隠れて、念じながら手を振り下ろし自分の姿を"恋使"の姿へと変えた。狐を模した耳と尾が敏感に痛みの正体を感知する。その方向に進むと、2年3組の教室で2人が向き合っていた、というわけだ。
文化祭の出し物で姫と王子役をしていた2人。幼少期に助けて貰った記憶を取り戻し、また再会する日を夢見て別れた2人。
「…ねぇ、噂、知ってる?」
先に口を開いたのは利羽だった。静かに窓の外を眺めながら、そう言った。
「…噂…?」
「蝶野利羽は林蒼が好きなんじゃないか、利羽と蒼は付き合ってるんじゃないか、ってやつ」
蒼くんが戸惑って心を動かす。振動が私に伝わってくる。
「ねぇ、蒼くん」
静かな声。優しい、震えた声。私に伝わってくる心まで、震えている。
怖い。もし駄目だったら?今までの関係をリセットするなんて。でも、私は。
私は、蒼くんの隣を少しの間独占出来たんだから。
だから、一歩踏み出して、駄目だったら距離を置かなきゃ。他の子だって、一緒に居たかったはずなのに。それを何の関係も持たない私が独占し続けるのは、ずるいから。
「…噂通りに、なってみない?」
利羽のその言葉に、蒼くんは咄嗟に反応が出来なかったようだった。えっ、と言葉にならない言葉を発して、考えを巡らせ、そして答えようと口を開く。
「…俺はなりたいな。ねぇ、利羽ちゃん」
前に呆然としたまま呟いた声とは違う、しっかりした呼び方。
「俺と、付き合ってください」
「…言われちゃった。こちらこそ、宜しくお願いします」
照れ笑いを浮かべながら、2人はそのまま会話を始めた。私は見えないとはいえ、邪魔だろうとその場から立ち去る。少し歩くと、泣きそうな顔をして背中を壁に預けている女の子が見えた。私が蒼くんに気付かせてしまった時、突っかかってきた女の子。赤いアネモネの花の女の子。
私が慰めることも出来たけれど、しなかった。私が姿を変えて戻って来ようと考えた時、彼女が「おめでとう」と小さく呟いたから。
この子は、前に進もうとしている。なら、私が出る幕はない。
そう信じて、そのまま立ち去った。
「…蝶野さん」
利羽の名前を呼ぶ声が聞こえる。暗い校舎の中で、向き合う男女の姿が、ぼやけた月光に照らされていた。
「…蒼くん?」
向き合っている男子の、蒼くんの真剣な声のトーンに戸惑いを隠せない利羽。
「…俺、は…」
言葉を考えてなかったらしい。蒼くんが言葉に詰まる。何で私がこの2人の会話を聞いているのか。それは、少し前に遡る。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
帰ろうとした。文化祭に名残惜しさを残しながら、この場から去ろうとした時、ふと激しい頭痛に襲われた。頭が割れそうなくらいに痛かった。そしてその頭痛は、重なり合うようにいくつかのリズムで刻まれていることに気付いた。感覚的に、誰かの恋が動き出そうとしていることに気付いた。
私は人目のない場所に隠れて、念じながら手を振り下ろし自分の姿を"恋使"の姿へと変えた。狐を模した耳と尾が敏感に痛みの正体を感知する。その方向に進むと、2年3組の教室で2人が向き合っていた、というわけだ。
文化祭の出し物で姫と王子役をしていた2人。幼少期に助けて貰った記憶を取り戻し、また再会する日を夢見て別れた2人。
「…ねぇ、噂、知ってる?」
先に口を開いたのは利羽だった。静かに窓の外を眺めながら、そう言った。
「…噂…?」
「蝶野利羽は林蒼が好きなんじゃないか、利羽と蒼は付き合ってるんじゃないか、ってやつ」
蒼くんが戸惑って心を動かす。振動が私に伝わってくる。
「ねぇ、蒼くん」
静かな声。優しい、震えた声。私に伝わってくる心まで、震えている。
怖い。もし駄目だったら?今までの関係をリセットするなんて。でも、私は。
私は、蒼くんの隣を少しの間独占出来たんだから。
だから、一歩踏み出して、駄目だったら距離を置かなきゃ。他の子だって、一緒に居たかったはずなのに。それを何の関係も持たない私が独占し続けるのは、ずるいから。
「…噂通りに、なってみない?」
利羽のその言葉に、蒼くんは咄嗟に反応が出来なかったようだった。えっ、と言葉にならない言葉を発して、考えを巡らせ、そして答えようと口を開く。
「…俺はなりたいな。ねぇ、利羽ちゃん」
前に呆然としたまま呟いた声とは違う、しっかりした呼び方。
「俺と、付き合ってください」
「…言われちゃった。こちらこそ、宜しくお願いします」
照れ笑いを浮かべながら、2人はそのまま会話を始めた。私は見えないとはいえ、邪魔だろうとその場から立ち去る。少し歩くと、泣きそうな顔をして背中を壁に預けている女の子が見えた。私が蒼くんに気付かせてしまった時、突っかかってきた女の子。赤いアネモネの花の女の子。
私が慰めることも出来たけれど、しなかった。私が姿を変えて戻って来ようと考えた時、彼女が「おめでとう」と小さく呟いたから。
この子は、前に進もうとしている。なら、私が出る幕はない。
そう信じて、そのまま立ち去った。
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