表紙へ
上 下
17 / 19
来訪者編

69 胸騒ぎ。

しおりを挟む
 転移魔道具を使ってルテール町に帰ってきた夜。
 私は、自室のベッドでぐっすりと眠っていた。


――ふわふわ、さわさわ、ぷにぷに。

 ひっきりなしに、私の肌が刺激されているのを感じる。
 優しく頬を撫でるそれが少しくすぐったい。

 深いところに沈んでいた意識が、ほんの少しだけ浮上した。

「……ナ。……チナ」

 暖かくて大好きな声に呼ばれているような気がした。

 それでも私は、今の心地よさを手放したくなくてその声を無視する。

 ――ふわふわ、さわさわ、ぷにぷに。

 頬をムニッと押してくるのは、柔らかくてぷにぷにした何か。
 ペタペタと顔中をつつかれ、少し鬱陶しい。
 無意識にそれを手で払い、寝返りを打って無視を決め込む、

 少しして、再び意識が深いところまで沈み始めた時、ぽすんと枕が沈んで意識を引き戻された。

「チナ。……起きてください、チナ」

 諦める気のなさそうなその声に、私はようやくまぶたを開いた。

 目を開いて初めに飛び込んできたのは、薄暗い世界に浮かぶ2つの光。
 よく見ればそれはオレンジ色の瞳だと分かり、私は驚いて体をのけぞらせる。

「うわぁっ!びっくりした……」

 そこには、ギリギリまで顔を近づけたミカンの姿があった。

「ミカン?」

 いつもと何か違うミカンの様子に、私はじんわりと不安を感じる。

 私の目が覚めたことを確認したミカンは、顔を引いてじっと窓の外を見つめた。

「チナ。何か来ますわ」

 ミカンのその、真剣味を帯びた小さなつぶやきに、私はベッドから降りて窓に近づく。
 しかし、そこから見えるのはいつもと変わらない裏庭で、その少し奥には静かな森が見えるだけだ。

 薄暗闇に浮かぶ静かな森。
 深夜とも早朝とも言える時間帯にこの森を見ることはめったにないが、改めてよくよく見てみると、その静けさが不気味に感じる。

 様子のおかしいミカンの姿も相まってなんだか怖くなってきた私は、ミカンを抱き上げてカイルさんの部屋の扉を叩いた。

「……どうした?」

 少しして出てきてくれたカイルさんは、寝起きだとはわからない程にいつもと変わらない様子で安心する。

「ミカンが、『なにかくる』って……」

 私自身もわけのわからないままに、カイルさんにすがりついた。

 黙って私を抱きとめたカイルさんは、私の腕からするりと抜け出したミカンに説明を求めたが、ミカンは説明する気はない様子だ。

 とにかく外を気にしているミカンを横目に、カイルさんは私を抱き上げてアルトさんを起こしに向かった。

 部屋の扉をノックしても出てこないアルトさんに、カイルさんは何のためらいもなく扉を開いてズカズカと部屋に入っていく。
 鍵はしめていなかったらしい。

「アルト。起きろ」

 軽く肩を叩いて呼びかければ、すぐに返事が返ってきた。

「んー。なに、まだ暗いよ……」

 まだ眠たそうなアルトさんの声。
 目をこすりながら起き出してくるアルトさんに、カイルさんは軽く説明をする。

 怪訝な顔をしながらも、話を聞いている間に完全に目が覚めたらしいアルトさんは、すぐに準備を整えて腰に剣をさした。

 そのままライくんとところにも向かう。
 カイルさんはライくんの部屋の扉をノックすることなく乱暴に開く。

「ライ、起きろ」

 容赦なく布団を剥いでできるだけ顔を近づけて叫ぶ。
 端から見れば少しかわいそうに思うが、しょうがない。
 ライくんはこのくらいしないと本当に起きないのだ。

 現に今も、スピスピと鼻息を鳴らしながらライくんは未だに夢の中だ。
 最近は夜でも暖かくなってきているからか、布団を剥いでも全く気づかない。
 耳元で手を打ち鳴らしてみたり、体を大きく揺すってみたりしても効果は無い。

 やっぱり起きないかと困っていたところに、わたしたちの隣を何か大きなものが通り過ぎていった。
 びっくりして一瞬固まったが、その正体はすぐに分かる。

「しょうがありませんわね」

 呆れたようにつぶやいたその大きなものは、元の姿に戻ったミカンだった。
 久しぶりに見るその神々しい姿に、私は目が釘付けになる。

 九本の尻尾をフサっと揺らしたミカンは、うつ伏せになっているライくんの首根っこを咥えて、ズルっとベッドから引きずり下ろした。

「えぇ……」

 そうつぶやいたのは誰だったか。
 誰もがその光景にあっけにとられているうちに、ミカンはライくんをズルズルと引っ張って出ていってしまった。



 雲一つ無い夜空には、爛々と輝く星が一面に広がっている。
 ミカンを追って外に出た私達は、庭の真ん中で呆然と佇んでいた。

 大きな姿のままのミカンの隣には、半分目が覚めてフラフラしながらも自分の足で立っているライくん。
 真っ白だった寝間着のシャツは、茶色く薄汚れている。

 シンと静まり返ったこの周囲に、他の生き物の気配は感じられない。
 索敵にも何の反応もない。

 いったい、何が来るというのだろう?

 ミカンはじっと空を見つめていた。


 四人と一匹でじっとその場に佇んでいると、しばらくして夜が明けてきた。

 ゆっくりと登り始める太陽。
 消えていく星。

 依然として変わらない、静まり返る周囲に眠気を誘われる。

「……なんだ、あの星」

 ふわぁっとあくびをしたところで聞こえてきたのは、呆然としたカイルさんの声だった。

「近づいてきてる……?」

 続いたアルトさんの声に、私は二人の視線を追う。

 そこには、薄く見えなくなっていく他の星たちとは対象的に、徐々に大きく、強く輝く一つの星があった。

 あまりの異質さに、私はたじろぐ。
 一歩後ずさりしたところで、背中がモフッとしたものに包まれた。

 後ろを振り向けば、私はミカンの尻尾に包まれており、ミカンの視線はその異質な星へまっすぐに注がれている。

 ミカンが言っていたのは、あの星のこと……?

 じっとその星を見てみると、それはやはり、こちらに近づいてきているものだと感じられた。

 距離が近づくほどに、その姿もはっきりしてくる。

 それからさほど時間もかかってないうちに、それは目の前まで現れた。

 ブワッと風を巻き起こしながら目の前に降り立ったそれは、


 轟々と燃え盛る真っ赤な炎をまとった、見上げるほどに大きな鳥の姿だった。
しおりを挟む
表紙へ
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,125pt お気に入り:7

【完結】転生先で婚約者の自爆を待つ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:617pt お気に入り:3,222

妹は、かわいいだけで何でも許されると思っています。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,948pt お気に入り:2,389

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:257

【完結】あなたにすべて差し上げます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,563pt お気に入り:5,697

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。