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1巻
1-3
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二階の奥の部屋に入ると、ギルマスさんは扉の鍵を閉め、机の上にある四角い箱のようなものにポンと触れる。その瞬間、体の中を何かが通り抜けていくような感覚がして、少しビクッとした。
「……チナ、今のは防音結界張っただけ。だから、大丈夫」
その言葉と同時に、外套のフードを取られる。防音結界……じゃあ、あの箱は魔道具?
キラキラした目で箱を見ているのに気づかれ、みんなに笑われてしまった。また全部顔に出ていたらしい。恥ずかしい……。
◇◇◇
私はライくんの膝の上、その両隣にカイルさんとアルトさん、正面にギルマスさんが座る。
外套を脱いだ私は、緊張の面持ちで目の前のギルマスさんをまっすぐ見つめた。
「ダングルフ、この子はチナ。ルテール森林を横断する川の近くで出会った。チナ、このおじさんはダングルフ。一応、このギルドで一番偉い人だ」
「チナです。よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げて挨拶する。礼儀、大事。
「チナちゃん、こんにちは。しっかり挨拶できて偉いな~。俺はダングルフだ。ダン爺って呼んでくれ」
……え、初対面ですよね? なんだか私を見る目が完全に孫を見る目なんですが? なんでも買ってあげるよ~って顔してるんですが?
思っていたのと違って少し困惑するが、邪険にされるよりは断然いい。少し微笑んでおいた。
「おい、あんたまだ爺さんって年齢じゃないだろ」
「俺と同い年の知り合いに、この間孫ができたんだよ。俺も孫欲しい」
「孫の前に嫁さん貰って子供を作れ」
「お前が俺の子供みたいなもんだろ、カイル。そのお前が連れてきた子なんだから、俺の孫でもいいだろ」
「良くねえよ! それに、あんたみたいな親父がいてたまるか!」
突然、カイルさんとダングルフさん――ダン爺が言い合いを始めた。
置いてけぼりの私に気づいたアルトさんが、呆れ顔で口を挟む。
「……二人とも、チナちゃんがポカーンってしてるよ……チナちゃん、これ、いつものことだから気にしなくていいからね?」
え、いつものことなんだ……。アルトさんが止めなかったらいつまでも言い合ってそうだった。二人とも、あからさまに「しまった」という顔をしてこちらを見ている。そっくりだ。
ダン爺は、全然お爺ちゃんに見えないくらい若々しい。けど、それ以外の表情とか雰囲気がお爺ちゃんっぽいので、本人の希望通りダン爺って呼ばせてもらうことにする。
「まあ、ふざけるのもこれくらいにして」
やっぱりふざけてたのか……。ダン爺はキリッとした真面目な顔をして話し始めた。
「チナちゃんに、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん。だいじょうぶだよ」
お爺ちゃん扱いをお望みのダン爺に従って、私は子供らしさ全開で返事をした。優しいまなざしで、私を気遣ってくれていることが分かる。
「ありがとう……チナちゃんはいくつかな?」
「……たぶん、ごさいくらい?」
「チナちゃんが生まれたのは何ていうところか分かる?」
「わかんない」
「チナちゃんのお父さんとお母さんの名前は?」
「わかんない」
「どうやって森に入ったのか覚えてる?」
「おぼえてない。めがさめたら、あそこにいて、どうしよっかなってかんがえてたらアルトさんたちがきたの。それよりまえのことはわかんないよ」
さすがに、私が異世界転生者であることは言えない。言ったとして、信じる信じないの前に理解できるかどうか……。嘘をつくのは心苦しいが、これは必要な嘘だと自分を納得させて質問に答えた。
どんどんみんなの顔が辛そうに歪んでいったから、何も気にしてない、と伝えるように元気いっぱい答える。ただ、あまり効果はなかったみたいだ。
「そうか……。答えてくれてありがとう。また聞きたいことができたら、聞いてもいいかな?」
「うん、いいよ」
「よし! じゃあ、俺たちはまだ話があるから、ライとチナは下で飯でも食ってこい。ギルドの飯は美味いぞ!」
そう言いながら、カイルさんは私にフードをかぶせた。ライくんは私のおもり係に任命されたようだ。まあ、ここに来るまでの間もずっとそうだったけど。苦労をかけてすまんな。
そのまま、私はライくんに抱かれ食堂へ向かう。ライくんの肩越しにダン爺と目が合ったので、小さく手を振ってみると、ものすごくデレデレした顔で手を振り返してくれた。その反応に、アルトさんとカイルさんはちょっと引いていた。
私とライくんは、二人で食堂のカウンターに座った。
最初、私は椅子に一人で座ろうと思って降ろしてもらったのだが、私の目線が机と同じ高さだった。これじゃあ、ごはんは食べられない。ライくんはそっと私を持ち上げ、膝の上に乗せてくれた。
今は優しく頭をなでられている。なんだか、憐れまれているような気がするんだけど、気のせいだよね……?
メニューを見てみると、そこに書かれていたのは見たこともない文字だった。不思議なことにその文字はスラスラと読めたのだが、それがどんな料理か全く分からなかった。五歳くらいの子供が文字を完璧に読めるのもどうかな? と思い、ライくんのおすすめをお願いした。
二人でボーッとしながら待っていると、ドンッと大きなどんぶりが目の前に置かれた。見た目は完全に牛丼だ。ただ、これは……。
「ライくん、ライくん。わたし、こんなにたべられない」
どう見ても子供が食べきれる量じゃなかった。前世の大人な私であっても少し厳しいかもしれない。
「……大丈夫。残った分は、俺が食べる」
「え、けっこうりょうあるけど、そんなにはいるの?」
「……いつもは大盛り。今日は普通」
この量で普通盛りだなんて。さすが、冒険者ギルド。それにしても、私が残すことを見越していつもより少ない量を頼むなんて。この男、やるな。
「そっか。ありがと。じゃあ、いただきます」
「……いただきます」
牛丼もどきは、見た目だけでなく味も完璧に牛丼だった。社畜時代、週三で食べていたこの味……。懐かしい。それに、米! 米がある!! 異世界のお米といえば、家畜の餌っていうのが定番だと思ってたから、これは嬉しい。牛丼の味を再現できてるってことは、醤油もあるよね。ごはんに困ることはなさそうだな。良かった。
私はやっぱり半分食べたところでおなかがいっぱいになり、残りはライくんのおなかの中に収まった。
「ふぅ。おいしかった。ごちそうさまでした!」
「……ごちそうさま」
おなかがいっぱいになって眠くなってきた私は、ライくんと会話することもなく、ボーッとカイルさんたちを待つのだった。
4 ――カイル視点――
ライとチナが出ていった部屋の中で、俺たち三人は真剣な表情で話し合っていた。
「どうしよう。チナが可愛すぎる」
「さっきのチナちゃん見たか? ライの肩からチラッとこっちを見て、俺に向かってあの小さな手を振ってくれたんだぞ。思わず昇天するところだった」
「チナちゃんに可愛くないところなんてないんじゃないか? 顔をグチャグチャにして大泣きしている姿まで可愛かったからな」
「なんだそれは。聞いてないぞ。あんなに可愛いチナちゃんが泣いていたなんて。事と次第によってはお前に消えてもらうことになる」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! チナちゃんが泣いていたのは、初めに会った時です。人に会ってびっくりしたのか、急いで逃げようとして転んで。僕の顔を見たら、人に会えた安心感からか、さらに泣き出しちゃったんですよ」
「そうか、つまりお前が泣かせたんだな。よし! 歯ァ食いしばれ!!」
いや、最初にチナが可愛いと言い出したのは俺なんだが……なんだこれは。チナには過保護な保護者が多いな。ライだって、チナのそばから離れたがらないし。それに、ダングルフがチナのことをここまで気に入るのは、予想外だった。
しかし、今はこんな無駄話をしている場合ではない。チナについてちゃんと話し合わなければ。――あの子は、守らなければならない子だ……。
「二人とも落ち着け。今はそれよりも話し合うことがあるだろ」
「……ああ、そうだったな。すまん」
「ギルマス……あの子は『精霊王の愛し子』で間違いないですよね?」
チナは、ひと目で分かるほどに美しかった。顔立ちや格好もそうなんだが、あの子の「色」には本当に驚かされたのだ。
「そうだろうな。愛し子の色が、あんなに綺麗だとは……。風の緑に、水の青、そして闇の紫か。……三百年ぶりに現れた愛し子が、まさか三人もの精霊王に愛されているなんてな」
「それだけじゃないぞ、ダングルフ。よく見ないと分からないが、チナの目には光の金も入っている」
「な!? 嘘だろ。闇だけではなく、光まで……」
精霊王の愛し子とは、その名の通り精霊王に愛された魂を持って生まれてきた子のことだ。精霊王は、風、水、火、土、闇、光の六人。魔法属性はこれに加え、無属性魔法がある。
風の緑、水の青、火の赤、土の橙、闇の紫、光の金。アルトやライのように、これらの色を持って生まれてくる者は時々いる。このような人は、その色の属性魔法が人よりうまく扱えると言われている。アルトは水属性と光属性、ライは風属性が得意だ。
アルトやライと、チナの決定的な違いはその色だ。精霊王の愛し子であるチナの色は、輝く光を纏っている。チナ自身が光っているわけではないのに、どこかキラキラしているように見えるのだ。神々しいとさえ言えるほどに。
そして、愛し子となるとその色の属性魔法が得意なことに加え、危機が迫った時には精霊たちが手助けしてくれると言われている……チナが森に一人でいた時は、精霊王にとって危機とは言えなかったのだろうか? それとも、すでに助けられたから、俺たちと出会えた……?
「なあ、ダングルフ。複数の精霊王に愛された子なんて、精霊姫以外にいたことはあるか?」
「……俺の知る限りじゃ、いないな」
精霊姫とは、この世界に初めて生まれた存在で、全ての精霊王に愛され、世界を整えたと言われている者。
この世界が造られたのは、三千年以上前と言われている。つまり、チナは三千年ぶりに現れた精霊姫と近い存在ということか? 全ての精霊王ではないにしろ、四人もの精霊王に愛されている存在など、この三千年間、誕生したという記録はないのだから。
「まあ、チナちゃんにどんな秘密が隠されていたとしても、チナちゃんを守っていくことには変わりない。そうだろ?」
「ああ」
「はい」
精霊王の愛し子というだけでも守るべき存在だ。正直、チナがチナじゃなければ王宮に連れて行くことだって考えただろう。あそこにいれば、チナが傷つけられることはない。しかし、政治に利用される可能性は十分にある。そんなところには連れて行きたくないと思うほどに、俺は……俺たちは、チナのことが好きになっていた。チナ自身の魅力が、俺たちをここまで惹きつける。大切にしたい。この手で守りたい。その思いが消えない。俺たちはチナが幸せに暮らしていけるように、全力で守っていく。俺たちの手で、チナの一番の幸せを願って……。
しかし、チナのあの目立つ容姿では自由に外を歩くことさえままならない。少しでも危険を減らすために、せめて見た目だけでも普通の女の子のようにならないだろうか……。
「ずっと顔を隠させているのはかわいそうですよね。そのあたり、精霊王本人がどうにかできたりしないんでしょうか? チナちゃんを守るためだと言えば、納得してくれそうですし」
アルトも考えていることは同じようだった。その何気ない一言にダングルフが反応する。
「精霊王本人に……そうか! それがあったか!」
「……? それができればいいが、そんなこと不可能だろう? 今までの愛し子だって、精霊王本人には会ったことがないって言われているじゃないか」
そうだ。精霊王本人に会おうだなんて、夢のまた夢。ダングルフは何をそんなに興奮しているんだ?
「いや、可能性は限りなく低いが、ゼロじゃないぞ。これを見ろ」
突然部屋を出たダングルフが、扉が閉まる間もなく戻ってくる。古臭い、小さな木箱を持って。
「……なんだ、それは」
「昨日、ギルドの使われてない倉庫を整理していたら出てきたんだ。とりあえず、見てみろ」
その中に入っていたのは、ボロボロの紙が紐で綴じられただけの、古い絵本だった。
◇◇◇
――むかしむかし、神様が世界を造ったばかりの頃、神様は六人の精霊王に使命を与えました。
「私の造った世界を整え、生き物が住み、繁栄できる地を作りなさい」
精霊王たちは困りました。今までは、空の上でのんびりと暮らしていただけだったのです。いきなりそんなことを言われても、どうすればいいか分かりません。
そこで、一人の精霊王が提案します。
「まずは一人、生き物を生活させてみよう。その子が必要とするものを、我々が作り出せばいい」
その提案に皆が納得し、精霊王たちは一人の女の子を作り出しました。それが後の精霊姫です。
精霊姫は、神の作った地に降り立ち、言いました。
「私一人では寂しいわ。お友達が欲しいの」
精霊王たちはそれぞれ、精霊姫のお友達を作ることにしました。
風の精霊王は、白虎を。
水の精霊王は、フェンリルを。
火の精霊王は、フェニックスを。
土の精霊王は、九尾の狐を。
闇の精霊王は、ユニコーンを。
光の精霊王は、ペガサスを。
それらが、後の神獣となる者たちです。
それから、精霊姫は神獣たちとともに生活し、足りないものを精霊王たちに作ってもらいました。
光の精霊王は朝を。
闇の精霊王は夜を。
土の精霊王は森を。
水の精霊王は湖を。
火と風の精霊王は季節を。
こうして、精霊王たちは生き物が住みやすい世界を造っていきました。
完成した世界に、神様は次々と生き物を生み出していきました。生き物たちが繁栄していった世界を見届けた精霊姫は、神獣たちに見守られながら、安らかにその生を終えました。
精霊姫がいなくなり、悲しみに暮れた神獣たちはやがて、それぞれが精霊姫と過ごした思い出の場所に赴き、その地を守る神獣となったのです。
神獣たちが守るその地には、今でも時折、精霊王たちが降り立ち、世界の繁栄を静かに見守っています――
◇◇◇
その絵本には、精霊姫も神獣たちも、精霊王が作り出した存在と記されていた。
「でも、この話は作り話じゃないのか? こんな話、一度も聞いたことがないぞ」
ダングルフが真剣なまなざしで答える。
「いや、俺は作り話ではないと思っている……実はその箱は、ここの初代ギルドマスターが王家から賜ったものなんだ。ずっと開かなかったはずなんだが、昨日ふと開けてみようと思って触ったら、すんなり開いてな。不思議なこともあるもんだと思っていたんだが……」
まさか、チナが現れたから開いた、とでも言いたいのか……?
「神獣が守っていたものは、精霊姫との思い出の場所……ですか」
ルテール森林を横断する川の、向こう側にある樹海。その奥には神獣の守る地があると、ずっと昔から言われていた。これは、この町に住んでいる者なら誰でも知っていることだ。
しかし、その神獣がどんな姿をしているか、そこには何があるのか、神獣は何を守っているのか、知る者はいなかった。神獣の姿をひと目見ようと樹海の奥へ入っていった者は皆、気づいた時には樹海の入り口に戻ってきてしまうのだ。
「俺は、行ってみる価値はあると思う。……森の奥で迷い、気がついたら森の入り口まで戻ってきていたという話はよく聞く。俺はそれが、神獣がその地を守っている証拠だと思うんだ。もし神獣に接触することができれば、精霊王に辿り着く近道になるだろう。お前たちなら森の奥の魔物にも対処できるだろうし、チナちゃんを守れるだけの力もある」
ダングルフのその言葉に、あることを思い出した。
「入り口に戻されるっていうのは本当だ。実際に体験してきた。そう考えると、一理あるな」
「ああ、そういえば」と、のんきな反応をするアルトとは反対に、ダングルフは目を見開いて叫ぶ。
「お前ら、そういうことは早く言えよ! そんな奥まで行く必要はないって言っただろうが!!」
「うっかりだよ、うっかり。俺たちもそこまで行くつもりはなかった。まあ、帰ってこれたんだからいいじゃねぇか」
「報告はちゃんとしとけよ」と、恨みがましい目を向けてくるダングルフは、脱力して一気に老け込んだようだ。
それはそれとして、これからの方針は決まった。チナがどう反応するかは分からないが、どっちにしても俺はもう一度、樹海の奥に行ってみようと思う。
「よし。じゃあ、今日は一旦解散だな。チナちゃんにはちゃんと話をして、しっかりと考えてもらえよ」
ダングルフはそう言って部屋を出ていった。
俺たちも部屋を出て食堂に向かうと、チナはライの膝の上でスヤスヤと眠っていた。ライはチナを起こさないようにそっと抱き上げて、こちらへ近づいてくる。
「とりあえずの方針は決まった。……この様子じゃ朝まで起きないだろうし、話は明日にするか。今日はもう宿に帰ろう」
宿に戻った俺たちは、チナを寝室に寝かせると、隣の部屋でライに話し合ったことを説明した。ライも森の奥へ行くのに賛成してくれたので、あとはチナの気持ち次第だ。
森から戻ってそのまま話し合いをしていたので、さすがの俺でも疲れが出てきた。少し早めの晩ごはんを食べ、ベッドに潜ると、久しぶりのふわふわの感触に自然とまぶたが下りていた。
5
暖かい日差しがカーテンの隙間から差し込み、目が覚める。どうやら昨日はごはんを食べた後、そのまま眠ってしまったらしい。スッキリとした気持ちでベッドから出る。
今は、日本でいうと春くらいの気温なので、朝は少し肌寒い。腕をさすっていると、隣のベッドがもぞもぞと動き出した。誰だ? と思い覗き込むと、寝ぼけ眼のライくんが布団から顔を出す。
「……ライくん、おはよう?」
「……ちな。……さむい」
隣で寝ていたのはライくんだった。そっと布団がめくれ、起きるのかな、と思ったらいきなり腕を掴まれ、布団の中に引きずり込まれた。そのまま私は、ライくんに抱きすくめられる。
「……あったかい」
……びっくりした! びっくりした!! うん、あったかいよね。私、子供だしね。体温高いもんね。でも、私、元大人だよ? ライくん、イケメンだよ? 散々おんぶも抱っこもされて、かなり子供らしさを取り戻した気でいたけど、いきなりは駄目だよ! 心臓に悪いよ!
「ライくん、あさだよ」
なんとか落ち着きを取り戻し、ライくんを起こそうと頑張るが効果がない。私はライくんの腕の中から抜け出すのを諦めた。
そのまま、カイルさんとアルトさんが起き出すのを待っていると、隣の部屋から物音が聞こえた。
――コンコン。
「ライ~、チナ~、朝だぞ~」
「カイルさんたすけてー!」
その瞬間、バンッ!! と大きな音を立てて扉が開く。
「どうしたチナ!?」
「ぐえっ……カイルさん……たすけて」
助けて、と言うのは良くなかった。カイルさんはめちゃくちゃ焦ってるし、ライくんは大きな音が不快だったのか、私が潰れそうな勢いで腕を締めてくる。
状況を理解したカイルさんは呆れ顔で、容赦なく布団をめくり、私を助け出してくれた。布団も、私という湯たんぽも失ったライくんの眉はしかめられている。
「ライは寝起きが悪いんだ。昨日はチナと同じ部屋がいいって譲らなかったから許したが、やっぱり別にした方が良さそうだな」
「うん。そうしてくれるとありがたい」
「ライはこのまましばらくすれば起きるから、先に顔を洗ってこい。アルトは朝飯を買いに行っているから、アルトが帰ってくるまでは自由にしてろ」
カイルさんに洗面台の場所を教えてもらって顔を洗った。使い方は、前世の洗面台と変わらないようだ。魔石に触れて水を出す、とかやってみたかったのに。ちょっと残念だ。
自由時間ができたので、私は部屋の中を探検した。寝室が二部屋、リビング、お風呂、トイレ、簡易キッチンまである。かなり広い。高級そうな宿だ。
「……チナ、今のは防音結界張っただけ。だから、大丈夫」
その言葉と同時に、外套のフードを取られる。防音結界……じゃあ、あの箱は魔道具?
キラキラした目で箱を見ているのに気づかれ、みんなに笑われてしまった。また全部顔に出ていたらしい。恥ずかしい……。
◇◇◇
私はライくんの膝の上、その両隣にカイルさんとアルトさん、正面にギルマスさんが座る。
外套を脱いだ私は、緊張の面持ちで目の前のギルマスさんをまっすぐ見つめた。
「ダングルフ、この子はチナ。ルテール森林を横断する川の近くで出会った。チナ、このおじさんはダングルフ。一応、このギルドで一番偉い人だ」
「チナです。よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げて挨拶する。礼儀、大事。
「チナちゃん、こんにちは。しっかり挨拶できて偉いな~。俺はダングルフだ。ダン爺って呼んでくれ」
……え、初対面ですよね? なんだか私を見る目が完全に孫を見る目なんですが? なんでも買ってあげるよ~って顔してるんですが?
思っていたのと違って少し困惑するが、邪険にされるよりは断然いい。少し微笑んでおいた。
「おい、あんたまだ爺さんって年齢じゃないだろ」
「俺と同い年の知り合いに、この間孫ができたんだよ。俺も孫欲しい」
「孫の前に嫁さん貰って子供を作れ」
「お前が俺の子供みたいなもんだろ、カイル。そのお前が連れてきた子なんだから、俺の孫でもいいだろ」
「良くねえよ! それに、あんたみたいな親父がいてたまるか!」
突然、カイルさんとダングルフさん――ダン爺が言い合いを始めた。
置いてけぼりの私に気づいたアルトさんが、呆れ顔で口を挟む。
「……二人とも、チナちゃんがポカーンってしてるよ……チナちゃん、これ、いつものことだから気にしなくていいからね?」
え、いつものことなんだ……。アルトさんが止めなかったらいつまでも言い合ってそうだった。二人とも、あからさまに「しまった」という顔をしてこちらを見ている。そっくりだ。
ダン爺は、全然お爺ちゃんに見えないくらい若々しい。けど、それ以外の表情とか雰囲気がお爺ちゃんっぽいので、本人の希望通りダン爺って呼ばせてもらうことにする。
「まあ、ふざけるのもこれくらいにして」
やっぱりふざけてたのか……。ダン爺はキリッとした真面目な顔をして話し始めた。
「チナちゃんに、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん。だいじょうぶだよ」
お爺ちゃん扱いをお望みのダン爺に従って、私は子供らしさ全開で返事をした。優しいまなざしで、私を気遣ってくれていることが分かる。
「ありがとう……チナちゃんはいくつかな?」
「……たぶん、ごさいくらい?」
「チナちゃんが生まれたのは何ていうところか分かる?」
「わかんない」
「チナちゃんのお父さんとお母さんの名前は?」
「わかんない」
「どうやって森に入ったのか覚えてる?」
「おぼえてない。めがさめたら、あそこにいて、どうしよっかなってかんがえてたらアルトさんたちがきたの。それよりまえのことはわかんないよ」
さすがに、私が異世界転生者であることは言えない。言ったとして、信じる信じないの前に理解できるかどうか……。嘘をつくのは心苦しいが、これは必要な嘘だと自分を納得させて質問に答えた。
どんどんみんなの顔が辛そうに歪んでいったから、何も気にしてない、と伝えるように元気いっぱい答える。ただ、あまり効果はなかったみたいだ。
「そうか……。答えてくれてありがとう。また聞きたいことができたら、聞いてもいいかな?」
「うん、いいよ」
「よし! じゃあ、俺たちはまだ話があるから、ライとチナは下で飯でも食ってこい。ギルドの飯は美味いぞ!」
そう言いながら、カイルさんは私にフードをかぶせた。ライくんは私のおもり係に任命されたようだ。まあ、ここに来るまでの間もずっとそうだったけど。苦労をかけてすまんな。
そのまま、私はライくんに抱かれ食堂へ向かう。ライくんの肩越しにダン爺と目が合ったので、小さく手を振ってみると、ものすごくデレデレした顔で手を振り返してくれた。その反応に、アルトさんとカイルさんはちょっと引いていた。
私とライくんは、二人で食堂のカウンターに座った。
最初、私は椅子に一人で座ろうと思って降ろしてもらったのだが、私の目線が机と同じ高さだった。これじゃあ、ごはんは食べられない。ライくんはそっと私を持ち上げ、膝の上に乗せてくれた。
今は優しく頭をなでられている。なんだか、憐れまれているような気がするんだけど、気のせいだよね……?
メニューを見てみると、そこに書かれていたのは見たこともない文字だった。不思議なことにその文字はスラスラと読めたのだが、それがどんな料理か全く分からなかった。五歳くらいの子供が文字を完璧に読めるのもどうかな? と思い、ライくんのおすすめをお願いした。
二人でボーッとしながら待っていると、ドンッと大きなどんぶりが目の前に置かれた。見た目は完全に牛丼だ。ただ、これは……。
「ライくん、ライくん。わたし、こんなにたべられない」
どう見ても子供が食べきれる量じゃなかった。前世の大人な私であっても少し厳しいかもしれない。
「……大丈夫。残った分は、俺が食べる」
「え、けっこうりょうあるけど、そんなにはいるの?」
「……いつもは大盛り。今日は普通」
この量で普通盛りだなんて。さすが、冒険者ギルド。それにしても、私が残すことを見越していつもより少ない量を頼むなんて。この男、やるな。
「そっか。ありがと。じゃあ、いただきます」
「……いただきます」
牛丼もどきは、見た目だけでなく味も完璧に牛丼だった。社畜時代、週三で食べていたこの味……。懐かしい。それに、米! 米がある!! 異世界のお米といえば、家畜の餌っていうのが定番だと思ってたから、これは嬉しい。牛丼の味を再現できてるってことは、醤油もあるよね。ごはんに困ることはなさそうだな。良かった。
私はやっぱり半分食べたところでおなかがいっぱいになり、残りはライくんのおなかの中に収まった。
「ふぅ。おいしかった。ごちそうさまでした!」
「……ごちそうさま」
おなかがいっぱいになって眠くなってきた私は、ライくんと会話することもなく、ボーッとカイルさんたちを待つのだった。
4 ――カイル視点――
ライとチナが出ていった部屋の中で、俺たち三人は真剣な表情で話し合っていた。
「どうしよう。チナが可愛すぎる」
「さっきのチナちゃん見たか? ライの肩からチラッとこっちを見て、俺に向かってあの小さな手を振ってくれたんだぞ。思わず昇天するところだった」
「チナちゃんに可愛くないところなんてないんじゃないか? 顔をグチャグチャにして大泣きしている姿まで可愛かったからな」
「なんだそれは。聞いてないぞ。あんなに可愛いチナちゃんが泣いていたなんて。事と次第によってはお前に消えてもらうことになる」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! チナちゃんが泣いていたのは、初めに会った時です。人に会ってびっくりしたのか、急いで逃げようとして転んで。僕の顔を見たら、人に会えた安心感からか、さらに泣き出しちゃったんですよ」
「そうか、つまりお前が泣かせたんだな。よし! 歯ァ食いしばれ!!」
いや、最初にチナが可愛いと言い出したのは俺なんだが……なんだこれは。チナには過保護な保護者が多いな。ライだって、チナのそばから離れたがらないし。それに、ダングルフがチナのことをここまで気に入るのは、予想外だった。
しかし、今はこんな無駄話をしている場合ではない。チナについてちゃんと話し合わなければ。――あの子は、守らなければならない子だ……。
「二人とも落ち着け。今はそれよりも話し合うことがあるだろ」
「……ああ、そうだったな。すまん」
「ギルマス……あの子は『精霊王の愛し子』で間違いないですよね?」
チナは、ひと目で分かるほどに美しかった。顔立ちや格好もそうなんだが、あの子の「色」には本当に驚かされたのだ。
「そうだろうな。愛し子の色が、あんなに綺麗だとは……。風の緑に、水の青、そして闇の紫か。……三百年ぶりに現れた愛し子が、まさか三人もの精霊王に愛されているなんてな」
「それだけじゃないぞ、ダングルフ。よく見ないと分からないが、チナの目には光の金も入っている」
「な!? 嘘だろ。闇だけではなく、光まで……」
精霊王の愛し子とは、その名の通り精霊王に愛された魂を持って生まれてきた子のことだ。精霊王は、風、水、火、土、闇、光の六人。魔法属性はこれに加え、無属性魔法がある。
風の緑、水の青、火の赤、土の橙、闇の紫、光の金。アルトやライのように、これらの色を持って生まれてくる者は時々いる。このような人は、その色の属性魔法が人よりうまく扱えると言われている。アルトは水属性と光属性、ライは風属性が得意だ。
アルトやライと、チナの決定的な違いはその色だ。精霊王の愛し子であるチナの色は、輝く光を纏っている。チナ自身が光っているわけではないのに、どこかキラキラしているように見えるのだ。神々しいとさえ言えるほどに。
そして、愛し子となるとその色の属性魔法が得意なことに加え、危機が迫った時には精霊たちが手助けしてくれると言われている……チナが森に一人でいた時は、精霊王にとって危機とは言えなかったのだろうか? それとも、すでに助けられたから、俺たちと出会えた……?
「なあ、ダングルフ。複数の精霊王に愛された子なんて、精霊姫以外にいたことはあるか?」
「……俺の知る限りじゃ、いないな」
精霊姫とは、この世界に初めて生まれた存在で、全ての精霊王に愛され、世界を整えたと言われている者。
この世界が造られたのは、三千年以上前と言われている。つまり、チナは三千年ぶりに現れた精霊姫と近い存在ということか? 全ての精霊王ではないにしろ、四人もの精霊王に愛されている存在など、この三千年間、誕生したという記録はないのだから。
「まあ、チナちゃんにどんな秘密が隠されていたとしても、チナちゃんを守っていくことには変わりない。そうだろ?」
「ああ」
「はい」
精霊王の愛し子というだけでも守るべき存在だ。正直、チナがチナじゃなければ王宮に連れて行くことだって考えただろう。あそこにいれば、チナが傷つけられることはない。しかし、政治に利用される可能性は十分にある。そんなところには連れて行きたくないと思うほどに、俺は……俺たちは、チナのことが好きになっていた。チナ自身の魅力が、俺たちをここまで惹きつける。大切にしたい。この手で守りたい。その思いが消えない。俺たちはチナが幸せに暮らしていけるように、全力で守っていく。俺たちの手で、チナの一番の幸せを願って……。
しかし、チナのあの目立つ容姿では自由に外を歩くことさえままならない。少しでも危険を減らすために、せめて見た目だけでも普通の女の子のようにならないだろうか……。
「ずっと顔を隠させているのはかわいそうですよね。そのあたり、精霊王本人がどうにかできたりしないんでしょうか? チナちゃんを守るためだと言えば、納得してくれそうですし」
アルトも考えていることは同じようだった。その何気ない一言にダングルフが反応する。
「精霊王本人に……そうか! それがあったか!」
「……? それができればいいが、そんなこと不可能だろう? 今までの愛し子だって、精霊王本人には会ったことがないって言われているじゃないか」
そうだ。精霊王本人に会おうだなんて、夢のまた夢。ダングルフは何をそんなに興奮しているんだ?
「いや、可能性は限りなく低いが、ゼロじゃないぞ。これを見ろ」
突然部屋を出たダングルフが、扉が閉まる間もなく戻ってくる。古臭い、小さな木箱を持って。
「……なんだ、それは」
「昨日、ギルドの使われてない倉庫を整理していたら出てきたんだ。とりあえず、見てみろ」
その中に入っていたのは、ボロボロの紙が紐で綴じられただけの、古い絵本だった。
◇◇◇
――むかしむかし、神様が世界を造ったばかりの頃、神様は六人の精霊王に使命を与えました。
「私の造った世界を整え、生き物が住み、繁栄できる地を作りなさい」
精霊王たちは困りました。今までは、空の上でのんびりと暮らしていただけだったのです。いきなりそんなことを言われても、どうすればいいか分かりません。
そこで、一人の精霊王が提案します。
「まずは一人、生き物を生活させてみよう。その子が必要とするものを、我々が作り出せばいい」
その提案に皆が納得し、精霊王たちは一人の女の子を作り出しました。それが後の精霊姫です。
精霊姫は、神の作った地に降り立ち、言いました。
「私一人では寂しいわ。お友達が欲しいの」
精霊王たちはそれぞれ、精霊姫のお友達を作ることにしました。
風の精霊王は、白虎を。
水の精霊王は、フェンリルを。
火の精霊王は、フェニックスを。
土の精霊王は、九尾の狐を。
闇の精霊王は、ユニコーンを。
光の精霊王は、ペガサスを。
それらが、後の神獣となる者たちです。
それから、精霊姫は神獣たちとともに生活し、足りないものを精霊王たちに作ってもらいました。
光の精霊王は朝を。
闇の精霊王は夜を。
土の精霊王は森を。
水の精霊王は湖を。
火と風の精霊王は季節を。
こうして、精霊王たちは生き物が住みやすい世界を造っていきました。
完成した世界に、神様は次々と生き物を生み出していきました。生き物たちが繁栄していった世界を見届けた精霊姫は、神獣たちに見守られながら、安らかにその生を終えました。
精霊姫がいなくなり、悲しみに暮れた神獣たちはやがて、それぞれが精霊姫と過ごした思い出の場所に赴き、その地を守る神獣となったのです。
神獣たちが守るその地には、今でも時折、精霊王たちが降り立ち、世界の繁栄を静かに見守っています――
◇◇◇
その絵本には、精霊姫も神獣たちも、精霊王が作り出した存在と記されていた。
「でも、この話は作り話じゃないのか? こんな話、一度も聞いたことがないぞ」
ダングルフが真剣なまなざしで答える。
「いや、俺は作り話ではないと思っている……実はその箱は、ここの初代ギルドマスターが王家から賜ったものなんだ。ずっと開かなかったはずなんだが、昨日ふと開けてみようと思って触ったら、すんなり開いてな。不思議なこともあるもんだと思っていたんだが……」
まさか、チナが現れたから開いた、とでも言いたいのか……?
「神獣が守っていたものは、精霊姫との思い出の場所……ですか」
ルテール森林を横断する川の、向こう側にある樹海。その奥には神獣の守る地があると、ずっと昔から言われていた。これは、この町に住んでいる者なら誰でも知っていることだ。
しかし、その神獣がどんな姿をしているか、そこには何があるのか、神獣は何を守っているのか、知る者はいなかった。神獣の姿をひと目見ようと樹海の奥へ入っていった者は皆、気づいた時には樹海の入り口に戻ってきてしまうのだ。
「俺は、行ってみる価値はあると思う。……森の奥で迷い、気がついたら森の入り口まで戻ってきていたという話はよく聞く。俺はそれが、神獣がその地を守っている証拠だと思うんだ。もし神獣に接触することができれば、精霊王に辿り着く近道になるだろう。お前たちなら森の奥の魔物にも対処できるだろうし、チナちゃんを守れるだけの力もある」
ダングルフのその言葉に、あることを思い出した。
「入り口に戻されるっていうのは本当だ。実際に体験してきた。そう考えると、一理あるな」
「ああ、そういえば」と、のんきな反応をするアルトとは反対に、ダングルフは目を見開いて叫ぶ。
「お前ら、そういうことは早く言えよ! そんな奥まで行く必要はないって言っただろうが!!」
「うっかりだよ、うっかり。俺たちもそこまで行くつもりはなかった。まあ、帰ってこれたんだからいいじゃねぇか」
「報告はちゃんとしとけよ」と、恨みがましい目を向けてくるダングルフは、脱力して一気に老け込んだようだ。
それはそれとして、これからの方針は決まった。チナがどう反応するかは分からないが、どっちにしても俺はもう一度、樹海の奥に行ってみようと思う。
「よし。じゃあ、今日は一旦解散だな。チナちゃんにはちゃんと話をして、しっかりと考えてもらえよ」
ダングルフはそう言って部屋を出ていった。
俺たちも部屋を出て食堂に向かうと、チナはライの膝の上でスヤスヤと眠っていた。ライはチナを起こさないようにそっと抱き上げて、こちらへ近づいてくる。
「とりあえずの方針は決まった。……この様子じゃ朝まで起きないだろうし、話は明日にするか。今日はもう宿に帰ろう」
宿に戻った俺たちは、チナを寝室に寝かせると、隣の部屋でライに話し合ったことを説明した。ライも森の奥へ行くのに賛成してくれたので、あとはチナの気持ち次第だ。
森から戻ってそのまま話し合いをしていたので、さすがの俺でも疲れが出てきた。少し早めの晩ごはんを食べ、ベッドに潜ると、久しぶりのふわふわの感触に自然とまぶたが下りていた。
5
暖かい日差しがカーテンの隙間から差し込み、目が覚める。どうやら昨日はごはんを食べた後、そのまま眠ってしまったらしい。スッキリとした気持ちでベッドから出る。
今は、日本でいうと春くらいの気温なので、朝は少し肌寒い。腕をさすっていると、隣のベッドがもぞもぞと動き出した。誰だ? と思い覗き込むと、寝ぼけ眼のライくんが布団から顔を出す。
「……ライくん、おはよう?」
「……ちな。……さむい」
隣で寝ていたのはライくんだった。そっと布団がめくれ、起きるのかな、と思ったらいきなり腕を掴まれ、布団の中に引きずり込まれた。そのまま私は、ライくんに抱きすくめられる。
「……あったかい」
……びっくりした! びっくりした!! うん、あったかいよね。私、子供だしね。体温高いもんね。でも、私、元大人だよ? ライくん、イケメンだよ? 散々おんぶも抱っこもされて、かなり子供らしさを取り戻した気でいたけど、いきなりは駄目だよ! 心臓に悪いよ!
「ライくん、あさだよ」
なんとか落ち着きを取り戻し、ライくんを起こそうと頑張るが効果がない。私はライくんの腕の中から抜け出すのを諦めた。
そのまま、カイルさんとアルトさんが起き出すのを待っていると、隣の部屋から物音が聞こえた。
――コンコン。
「ライ~、チナ~、朝だぞ~」
「カイルさんたすけてー!」
その瞬間、バンッ!! と大きな音を立てて扉が開く。
「どうしたチナ!?」
「ぐえっ……カイルさん……たすけて」
助けて、と言うのは良くなかった。カイルさんはめちゃくちゃ焦ってるし、ライくんは大きな音が不快だったのか、私が潰れそうな勢いで腕を締めてくる。
状況を理解したカイルさんは呆れ顔で、容赦なく布団をめくり、私を助け出してくれた。布団も、私という湯たんぽも失ったライくんの眉はしかめられている。
「ライは寝起きが悪いんだ。昨日はチナと同じ部屋がいいって譲らなかったから許したが、やっぱり別にした方が良さそうだな」
「うん。そうしてくれるとありがたい」
「ライはこのまましばらくすれば起きるから、先に顔を洗ってこい。アルトは朝飯を買いに行っているから、アルトが帰ってくるまでは自由にしてろ」
カイルさんに洗面台の場所を教えてもらって顔を洗った。使い方は、前世の洗面台と変わらないようだ。魔石に触れて水を出す、とかやってみたかったのに。ちょっと残念だ。
自由時間ができたので、私は部屋の中を探検した。寝室が二部屋、リビング、お風呂、トイレ、簡易キッチンまである。かなり広い。高級そうな宿だ。
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