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1巻
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――バシャン!
耳元で水が跳ねる音がした。
それと同時に、背中からひんやりと冷えていくのを感じる。
どういう訳か、私は川の浅瀬で仰向けになっていた。
え、ここはどこ? 私は誰? ……会社勤めの社畜、二十八歳、女、名前は七瀬千那。……うん。自分のことは分かる。じゃあ、この状況は?
確か私は、さっきまで街中にいたはず。いつものように残業をして、会社を出たのは終電ギリギリの時間。走って駅まで向かう途中、大きく表示されているゲームの広告に気を取られ、気づいた時にはもう遅かった。目の前に迫る眩しい光。体を襲う大きな衝撃。初めて見る走馬灯は、これまでの人生を早送りに流したようなものだった。「ああ、さっきの広告のゲーム、昔好きだったやつに似てて面白そうだったな」「あのラノベ、まだ完結してなかったのに。最後まで読みたかったな」なんてことを呆然と思い浮かべ、そのまま私は気を失った。
自分はトラックに轢かれたんだ――と思い出す。それでも不思議と冷静でいられる今の状況に乾いた笑いが漏れた。最後に思い浮かべたのが、家族や友人のことではなく、ラノベやゲームのことだったなんて……。なんだか虚しくなる。
しかし、この記憶が正確なものなら私はもう死んでいるはずだ。トラックにぶつかった後、私の体は確かに宙に浮いていた。あそこまで撥ね飛ばされて死んでない方が怖い。
それなのに、はっきりと意識があるし、川の水に奪われる体温もある。
どういうこと……?
「くしゅんっ」
冷たい風に濡れた体が冷やされ、私はブルリと震えた。
とりあえず起き上がろう。このままでは風邪をひいてしまう。
立ち上がっても足首ほどまでしか水位がない川から出て、岸に上がった。
濡れた服と髪が気持ち悪い。着替えなんて持っているはずないし、服を脱いで固く絞って乾くのを待つしかなさそうだ。
外で服を脱ぐことに抵抗を感じながらも、濡れたままでいるのは気持ち悪い、と周りに人がいないか確認する。
目の前にはさっきまで自分が浸かっていた川。浅くて流れはゆっくりだが川幅はかなりある。対岸まで百メートルほどありそうだ。
対岸は鬱蒼とした木々が生い茂る深い森。樹海と言ってもいいかもしれない。背の高い樹木によって日光が遮られ、なんだか怖い雰囲気だ。
そして私の背後。こちら側は樹海よりも圧倒的に木が少ない、穏やかな草原が広がっていた。私の目線よりも少し低いくらいの、背の高い草が生い茂り、周囲を見渡すことは難しい。ただ、こちらには木が少ない分、日がよく差して明るい雰囲気である。
私がいたのがこちら側で良かった。向こう岸はいかにも何かがいそうな雰囲気で背筋が震える。私はこういったホラー的なものは大の苦手なのだ。
なんにせよ、周囲には生き物の気配は感じられなかった。風が吹く度にかさかさと揺れる葉の音と、流れる川の音。それ以外に何かが動く気配はない。
最悪、何かあっても草むらに飛び込んでしまえば大丈夫だろうと考え、肌に張りついた服を脱ぐ。
そこでようやく気がついた。私が着ている服は、いつものスーツではなかったのだ。見たこともない真っ白なワンピース。可愛らしいそれは、アラサーの私が着られるようなものではない。
何これ……と思いながらも、今の状況自体が普通ではないことから、一旦それは置いておくことにする。
サラッとした生地のそれは、日が出ている今なら、広げて置いておけばそのうち乾くだろう。
これまた見たこともない茶色のブーツは、防水加工が施されているのか、何故かあまり濡れていない。靴はそのままに、下着を脱ぐのはさすがに気が引けて髪を絞ろうと思い立つ。
背中の真ん中辺りまで伸びた髪を左側で一つにまとめ、いざ絞ろうとしたところで、さらなる違和感が私を襲った。
やけに髪質が良くないか……?
長いこと手入れがされていない私の髪は、かなり傷んでおり、濡れた状態では手ぐしすらまともに入らなかったはずだ。それが今、軽くまとめただけでも分かるほどにサラサラつやつやになっている。引っかかりが全くないそれに、私は反射的に手の中にある髪を見た。その瞬間、私の思考は完全に停止した。
ここまでも意味の分からないことだらけだったが、これはさらに意味が分からない。
無意識のままに私はその髪を一房握って引っ張ってみる。
……うん。痛い。
意味が分からない。意味が分からないが、どうやら私の髪の色が変わってしまったらしいことは理解した。一度も染めたことのない私の黒髪が、グレーに……。ついでに髪質改善もされているという事実に、もう訳が分からなくて若干泣きそうである。
とりあえず無心でギュッギュッと髪を絞る。全ての髪をまとめて絞るのは難しかったので、少しずつに分けて固く絞った。
最後の一束になったところで気づいた。
どうして、まとめて絞るのが難しいんだ……?
さほど量が多いとも言えない私の髪。
何故か傷みが改善されていたことは置いておいて、細く柔らかい髪質も量も、元のものとほとんど変わっていないように思う。
お風呂から出る前に軽く絞る時も、私はいつも一束にまとめて絞っていた。それがどういう訳か難しかった。
……なんだ、この違和感は。
無意識に見ないようにしていた髪をもう一度手に取って、恐る恐る見てみる。
サラサラつやつやなグレーの髪。おかしい。確かにおかしいが、今考えるのはそこじゃない。
その時、強い風が吹いて私の手から髪を攫われた。そして目に入ったのは……。
子供のように小さな私の手のひらだった。
シワの少ない手のひら。短くてぷにぷにした指。紅葉のよう、という表現がぴったりな小さな手。明らかに子供のものであるそれが、私の意思によって思い通りに動く。まごうことなき、私自身の手である。
ハッとして、広げて置いておいたワンピースを見た。
……やっぱり、小さい。
何故気がつかなかったのか。さっきまで私が着ていたワンピースは、どこからどう見ても子供服のサイズじゃないか。
呆然と自分の体を見下ろせば、ぺたんこの胸に少しぽっこりとしたおなか。ちょこんとした小さな足が見える。
……あぁ、密かに自慢だったのに。
なくなってしまった胸のふくらみにそっと手を添える。ストン、となんの抵抗もなく下まで落ちていった両手が私の気持ちを表しているようだ。
ほんと、何これ……。
落ち込んだ気分のまま、私は川岸に座り込む。両膝を抱え、ボーッと川の流れを見つめる。
どうせ、服が乾くまでここから動くことはできない。これからのことも考えなければいけないが、今は感傷に浸っていたかった。
どのくらい時間が経っただろうか。
私はふと顔を上げ、何とはなしに手元にあった小石を川面に投げつける。パシャッと小さな音を立てて小石は水に沈んだ。
次は平たい石を拾って横から石を投げつけた。パシャッパシャッと小石が川を跳ねて沈む。
私は無心になって、ただひたすらに石を探し、投げ続ける。最初は一回しか跳ねなかったものが、二回になり、三回になる。繰り返すほどに上達していく水切りは、頭を空っぽにして夢中になれた。
石が水面を跳ねるのが五回を超えたところで、私は気持ちのいい疲労感を覚える。
ふぅっと額の汗を拭い、そこで私は、自分が笑みを浮かべていることに気がついた。
なんの生産性もない、ただの遊びにここまで夢中になったのはいつぶりだろうか。大好きだったゲームも、読書も。いつの間にか仕事に追われ、趣味の時間を取ることすらできていなかったことに、今さらながら気がつく。
ここがどこかも、自分がどうなってしまったのかも、何一つ理解していないが、なんだか私の気分はスッキリしていた。
いつの間にかすっかり乾いていたワンピースを着直して背筋を伸ばす。何一つ解決していないけど、もうすでに私の気持ちは前を向いていた。
私に必要なのは現状の把握。ここがどこなのか。私はどうなっているのか。それを知らないと何も始まらない。
とりあえずの目標は人に会うことだ。
よし! と気合を入れ直して私は前を向いた。
とはいっても、今の私にはなんの手がかりもない。対岸の樹海には近づかない、と決めたものの、どの方向に向かったらいいのかすら分からない。ここは人工物の一切ない自然の中だ。近くに人が住んでいる様子はない。
手がかりが一切ない状況で、私はどう行動したらいいのだろう……?
状況は悪くなる一方で、日も暮れてきた。私がグダグダしていたせいで、かなり時間が経っていたらしい。ゆっくりと茜色に染まっていく空に、焦りが出てくる。太陽が出ている昼間でもほんのり肌寒かったのだ。夜になればさらに冷え込むことだろう。
今着ているワンピース以外に、衣類は何もなかった。衣類どころか、荷物は何も持っていない。ポケットに入っていたスマホも、もちろんなくなっている。現状を理解するごとに不安が募っていく。
不安と焦りで取り乱しそうになったその瞬間、ガサッと大きな音が鳴った気がした。風が木の葉を揺らす音とは何かが違う。
私は恐る恐る周囲に視線を巡らせる。
そして見つけたのは、突如対岸に現れた人の影だった。
突然の出会いに、私は一瞬ガチンと固まり、反射的に背を見せて逃げ出していた。
が、その逃亡も失敗してしまう。まだしっかりと馴染んでいない子供の体で突然走り出すなんて器用なこと、私にはできなかったのである。
バランスを崩した私の体は、盛大に正面から転がった。手のひらと膝を擦り、ゴチンと額が地面にぶつかる。
私の目線の高さほどの草むらの一歩手前。草地の地面に転がった私の瞳からは、ボロボロと静かに涙が溢れる。
突然、なんの心の準備もなく人と出会ってしまったことへの焦り。そして、転んだことによる痛み。そんな感情の揺れが、なんの抵抗もなく涙として溢れ出した。
後ろから、バシャバシャと川を渡ってくる足音が聞こえる。こちらに迫ってくる足音がなんだか怖くて、逃げたいのに痛くて体を動かすこともできずに、ただただ焦りが募る。
止まらない涙。動かない体。バクバクとうるさい心臓の音。
ついに川を渡りきり、すぐそばまでやってきた足音。私はギュッと両目を瞑り、体を硬くした。
「――ねぇ、君、大丈夫……!?」
柔らかい声音の男性の声が頭上から聞こえてきた。
そっと背中に添えられた手は大きくて、優しさを感じる。
私は恐る恐る顔を上げた。涙で濡れた視界はぼやけて、うまく焦点が合わない。まばたきを繰り返し涙を散らすと、そこにいたのは困り顔をした金髪のお兄さんだった。
私と目が合ったお兄さんは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべ、私に手を差し出す。
「立てる?」
無意識にその手を取り、ようやく力が入った体を起こす。
そして、目の前のお兄さんの優しい微笑みを見て、私の中の何かが決壊した。
「うっ……うぇえええぇぇえん……!!」
焦りや痛みといった感情を忘れ、私はただ目の前の人の温もりに安心していた。
突然大きな泣き声を上げた私に驚いたお兄さんは、慌てて私の背中に両手を回し、優しく抱きしめてくれる。
そっと背中を擦りながら「大丈夫、怖いことは何もない」と優しく声をかけ続けてくれるお兄さん。そのおかげで落ち着きを取り戻してきた私は、グスグスとすすり上げながら顔をお兄さんに向けた。
「落ち着いた? お兄さんと少し、お話できる?」
眉尻を下げ、微笑みながらそう問いかけてくるお兄さんの瞳は、綺麗な青色だった。
一瞬、見惚れかけ、私は慌てて頷く。
「良かった。……僕はアルトっていうんだ。君のお名前は?」
「……ちな」
お兄さん――アルトさんは膝をついて、私と視線を合わせてくれている。
それなのにまだ僅かに彼を見上げる形になること、また、彼の私に対する態度から、やはり今の私は子供の姿なのだと確信した。それも、かなり幼く見られているようだ。
「チナちゃんか。可愛い名前だね。……それで、ここにはどうやって来たのか分かるかな?」
私はフルフルと首を横に振る。
一瞬、トラックに撥ね飛ばされたことが頭をよぎったが、アルトさんが言っているのはそういうことじゃないだろう。
「そっか……。他に、一緒にいた人はいなかった?」
もう一度、首を横に振る。そんな人がいれば、私はここまで困っていなかった。
「……分かった。じゃあ、僕と一緒に町まで下りよっか? 近くに僕の仲間がいるんだけど、呼んでもいいかな? 二人いるんだけど、二人とも優しい人だから安心していいよ」
「うん」
アルトさんが川向こうに大きく手を振ると、二つの人影がこちらに向かって歩いてくる。
本格的に日が暮れてきた。このタイミングでアルトさんたちと出会えたことは奇跡だった。彼らがどんな人たちかはまだ分からないけど、今の私にとっては唯一の希望だ。少なくとも、アルトさんは悪い人には見えなかった。とりあえずは、アルトさんたちを信じてついていこう。
2
パシャパシャと川を渡って近づいてきたのは、二人の男性だった。
一人は黒髪に黒目のワイルド系。二十代後半くらい。服の上からでも分かるくらい、しっかりと筋肉がついている。でも、つきすぎているわけではなく、スラッとしている。いかにもリーダーって感じの雰囲気だ。
もう一人は、茶髪に緑色の目の高校生くらいの男の子。無表情だけど、不思議と怖い感じがしない。やわらかい雰囲気。確実に癒やし枠だろう。
そして、アルトさん。細い金髪に薄い青色の目。すごく綺麗で王子様みたい。
三人とも、外見は外国人のように見える。かっこいい。
「チナちゃん、この二人が僕のお友達だよ。二人とも、この子はチナちゃん。気づいたらここに一人でいたらしい」
アルトさんが紹介してくれると、黒髪のお兄さんがしゃがんで目を合わせて挨拶してくれた。
「俺はカイルだ。よろしくな、チナ」
「よろしくおねがいします、カイルさん」
「おお! いい子だな!」
二人を待っている間に私も落ち着いてきたようで、さっきの子供みたいな話し方ではなく、しっかりと挨拶できた。
次に茶髪のお兄さんもかがんで目を合わせて……いきなり頭をなでてきた!
「……可愛い」
びっくりして固まっていると、スパァンといい音がして、茶髪のお兄さんがうずくまっていた。
「バカ! いきなりなでるやつがあるか! まずは名乗れ!」
どうやらカイルさんがお兄さんの頭を叩いたらしい。……そこまでしなくても。
「……ごめん。可愛かったからつい。……ライです。よろしく。……頭、なでていい?」
「ライさん、よろしくおねがいします。……どうぞ」
私はライさんになでられながら、何故かライさんと見つめ合っている。その間にアルトさんとカイルさんはこれからの行動について話し合っていた。私という保護対象を見つけてしまったから、予定が変わってしまったのだろう。申し訳ないなと思いながら、私は他のことに気を取られていた。
今見つめ合っているライさんの目。緑色だ。どう見てもカラコンではない。天然の緑だ。緑色の瞳って本当に存在するんだ……と、なんとなく感動した気持ちになる。
そんなことを考えていると、アルトさんとカイルさんの会話に気になる言葉が出てきた。
珍しい髪と目。誘拐。奴隷商。魔物。
奴隷商に、魔物……? 二人の会話によると、おそらく私は奴隷商に誘拐されたところ、この森で魔物と遭遇。このままでは全滅すると考えた奴隷商の人たちが私を囮にして逃げた。そして私は何故か魔物に襲われず、奇跡的に生き延びて、三人と出会った……と、思われているらしい。なんか、どこかで聞いたことのあるような話だな。
奴隷商という言葉から、日本のことだとは思えない。え、私の知らないところで奴隷制度ってあったりするの? ないよね? それに魔物って、まさか……? でも、三人の話している言葉は日本語だった。顔立ちは、日本人とはほど遠いが。たまたま、日本育ちの外国人だったとか? ……訳が分からん。
考えても分からないことは置いておいて、私は、もう一つ気になっていることを確認することにした。
「あの、かがみとかってありますか?」
「……? あるよ。……どうぞ」
「ありがとうございます」
ライさんはようやく私の頭から手を離して鏡を渡してくれた。……ていうか、今までずっとなでてたのか。結構な時間があったけど、飽きなかったのかな?
三人の話を聞くと、私はどうやら髪だけではなく、目も珍しい色をしているらしい。少しドキドキしながら、ライさんに借りた鏡で自分の姿を確認してみた。
…………は????
まず、目に入ったのは、キラキラしたグレーの髪。その中に交じった一房の薄緑色の髪。顔の横、右側に一束、透き通った薄緑色の毛束が混ざっていた。何故気がつかなかった私。これは確かに不思議な色だ。一束だけ色が違うなんて。
次は目の色。まさかのオッドアイだった。右が濃い紫。左が濃い青。しかも、よく見ると金色の光が散っている。まるで、星が煌めく夜空のように綺麗だ。
顔立ちも庇護欲をそそる、可愛い顔立ちをしている。今までの私の面影が一欠片もない。少し垂れた丸くて大きな目に、小さな鼻、ぷっくりしたピンク色の唇、胸の下辺りまで伸びたまっすぐでサラサラの髪。……誰だこれは。
「……チナ、怪我してる。……【ヒール】」
ライさんがそう言った瞬間、私の膝が淡い光に包まれ、光が消えると膝の傷が綺麗さっぱりなくなっていた。
「……まほう?」
「……そう。初めて見た?」
「……うん」
ここまで来たらさすがに分かる。これはあれだ。……異世界転生だ。薄々そうじゃないかとは思ってたけど、まさか本当にそうだったなんて……。さすがに現実味がなさすぎて気が遠くなる。
トラックと衝突して転生。その後冒険者に拾われる……。髪とか目とか、このかなり目立つ容姿も、もしかしたら神様の影響ってやつなんじゃないだろうか……?
うん、好きだったよ。こういう話。よく読んでたもん。でも、実際自分がなるなんて聞いてないよっ!?
「……チナ? 大丈夫?」
遠い目をして固まっていたら、ライさんが心配して声をかけてくれた。
「あっ。うん。だいじょうぶです。これ、ありがとうございました」
ライさんを見ていると何故か心が落ち着いてくる。……マイナスイオンでも出てる?
また二人で見つめ合ってぼんやりしている間に、アルトさんとカイルさんの話し合いが終わったようだ。
◇◇◇
「ちょうどいいし、今日はここで野営するか」
カイルさんの合図で三人はそれぞれ動き出す。
カイルさんは周辺の見回り、ライさんはテントの準備、アルトさんは食事の準備を始めた。
手持ち無沙汰になった私は、一番手伝えることがありそうなアルトさんのところへ行くことにした。
水を汲んでいるアルトさんの方にパッと駆け出すと、私はそのまま足をもつれさせて正面から地面に倒れ込んだ。
「チナちゃん!?」
私に気づいたアルトさんが駆け寄ってきた。恥ずかしくて顔が熱くなる。さっきもやったのに……っ! こんな短時間で二回もコケるなんて、恥ずかしすぎるっ!
「あー、血が出ちゃってるね。痛かったねぇ。大丈夫だよ、すぐに治るからね。【ヒール】」
痛みを必死に堪えて半泣きの私は、再び淡い光に包まれた。一瞬で痛みが消える。まぶたのフチでギリギリ耐えていた涙が、瞬きと同時に一粒ポロッとこぼれた。
涙を拭って本来の目的を果たす。
「アルトさん、おてつだいできることはありますか?」
アルトさんは驚いたように軽く目を見開いた。
「えっ、お手伝いしてくれるの? 疲れてるでしょ? 休んでてもいいんだよ?」
「だいじょぶです。おてつだいしたい」
「そっか、ありがとう。じゃあ……このきのこをバラバラにして、このお鍋に入れてくれるかな?」
「はい! わかりました!」
渡されたきのこは、見慣れているものと変わらない茶色いきのこだった。しめじに似ている。
赤と白の水玉模様とか、緑と白の水玉模様のなんだか強くなれそうなきのことかないかな。……あっても食欲の湧かなそうな色合いだけど。
まな板代わりの板の上で、きのこをむしる。今の私の小さな手では、片手できのこを掴むことすらできなかった。こんなところで子供の体の不便さを実感するなんて……。
私がバラバラにしたきのこはスープに入れるようだ。料理が完成に近づき、いい匂いが漂ってくる。
この世界に来て初めてのごはんは、きのこのスープに、豚に似たお肉の串焼き、黒くて硬いパンだった。味付けは塩だけだったけど、意外にも美味しい。アルトさんは料理上手だ。
黒パンは硬くて噛み切れなかったので、スープに浸してふやかしながら食べた。半分くらい食べたところでおなかがいっぱいになったので、残りはライさんが食べてくれた。
……ちなみにきのこは、見た目だけじゃなく味もしめじだった。
おなかがいっぱいになるとすぐに眠くなってきた。こんなところまで子供に戻ってるんだな、と実感する。
気が張ってて疲れてないと思ってたけど、おなかが膨れてホッとすると一気に疲れが出てきたな。
今日は、トラックに轢かれたと思ったら転生してて、しかも幼女になってて、いっぱい泣いて。髪と目の色もすごくてびっくりしたし、身体的にも精神的にも疲れていたらしい。
……いや、これだけいろいろあれば大人のままだったとしても眠くなってたな。
そんなことを考えながら、私は睡魔に抗えず、そのまま夢の世界に旅立った。
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