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☆18.緑色の女をまわせ(2)

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※この「お話」は薬物の乱用を推奨するものではありません。
 あくまでも「フィクション」としてお楽しみください。
※また、ドラッグ描写を受け付けない方は「緑色の女をまわせ」を飛ばしてください。





 Aは受話器を取り落とした。そのまま壁伝いにへたり込む。

「?」

 受話器がコードに吊り下げられてゆらゆらと揺れている。揺れている。揺れて、いる。

「? あれ……?」

 目が眩んでいるらしい。
 壁に手を添えて立ち上がろうとするが、上手くいかない。後頭部が妙に重たいのだ。まるで赤ん坊のように倒れてしまいそうになる。

「効いてきたね」
「……ヴィクトル、」

 彼はうたた寝を始めた仔犬をケージに運んでやるような素振りで、Aを悠々と抱き上げ、ラグへ戻った。

「うっ」

 Aは思わずナイトランプから目を背ける。
 眩しすぎる。
 さっきは手元を照らすだけの弱い光源だった筈だ。なのに今は眼球の裏側が痛くなるほど、光が強い。
 思わずヴィクトルの胸に顔を押し付けてしまう。

「ごめんごめん。少し光を落とすから」

 彼に抱き上げられたまま、Aは身体を震わせた。

 顔にヴィクトルの服が擦れただけなのに、肌が服の縦糸と横糸の織り目を感じ取った。ざっくりと編まれたセーターならともかく、普通の素材でそんなことがある筈がない。
 なのに、糸の織り目の凹凸がやけに気持ちが良く感じる。
 頬を服に摺り寄せた。ぞわぞわ……、と背中の産毛が逆立つ。

「ぁ、ぁ、ぁ……、」

 光源が絞られた。
 ラグに下ろしたAを、ヴィクトルは背後から抱き留める。

「……な、なんかヘンだ、……おおい、」

 Aは素足の裏でラグの毛束を撫でながら、困惑した。
 何故か瞬きができない。勝手にまぶたが開きっぱなしになってしまう。

「多い?」

 ヴィクトルの声がAの耳にかかった。

「っ?!」

 反射的に身体が強ばり、仰け反る。
 足の裏にはラグの繊維の一本一本を感じるし、声は耳にぶつかった途端に細かく砕けて辺りに散らばっていくのが視えた。背に感じるヴィクトルの胸板さえ、筋肉の一筋一筋、骨の形、静脈と動脈を巡る血液の一滴、一滴の動きまで感じる。
 全身で受け取る情報量が、あまりにも多い。

 視界の端で、髪の毛が一本、抜けた。
 それは光を反射し、キラキラと落下して、Aの腕にぶつかった。リィィン、と高い音を上げながら放物線を描き、髪の毛はラグの中へ着地する。
 着地の瞬間、ふわっ、とラグの毛束がそよぎ、空気が動いて、Aの顎先に触れた。

 全てがスローモーションだった。Aは全てを見ていた。
 本当に全て・・を知覚しているのか、ドラッグのせいで知覚していると誤認させられているのか、判断できない。

「あ、Aは貞操帯のこと気にしてたけど、これは育たない・・・・やつだから大丈夫」
「ぁっ!?」

 ヴィクトルの手が服の上から肋骨の辺りを撫でた。
 堪らず、咽喉が跳ね上げる。素肌に布のヤスリを掛けられたようだ。異常なほど敏感になった皮膚が、全ての感覚を拾い上げてしまう。
 頭で処理しきれない。

「産毛を逆向きに撫でるだけで、気持ち良いだろ」
「あっ、あっ、……んんっ、ぅん!」

 耳元で囁かれて、Aは背を弓なりに反らせた。腰から下は骨が融けてしまったようなのに、それより上は与えられる情報量に緊迫させられている。

「自分で良いとこ探してごらん」

 両手を一纏めにされて胸の高さまで持ち上げられる。
 たったそれだけがAを啜り泣かせた。肩の可動域が動いたことで、服が擦れたのだ。
 動けば良すぎて身悶えさせられるし、動かなければ好奇心が募る。
 Aは眩む視界の中で、ゆっくり十本の指を首に這わせた。

「っふ、」

 指先の荒れて堅くなった部分が、首筋の皮膚にひっかかってむず痒い疼きをもたらす。Aは何度も首筋を撫で上げた。
 繰り返しているうちに、後頭部の重みが増してきた。ヴィクトルの肩口に頭を押し付ける。
 もう何度、首筋を撫でたのか、自分でも分からない。

「A、こっち見て」
「?」

 力の入らない首を後ろ向きに倒すと、

「ひっ!」

 ヴィクトルに眼球を舐められた。

 ぐわん、と脳がブレる音がした。ブレの軌道が〇・〇〇一秒ごとに描かれては、コマ送りを一定の間隔を保って斜めにずらしたように重なっていく。それぞれの軌道はネオンカラーに輝いており、気まぐれにハレーションを起こした。

 明らかに皮膚感覚とは一線を隔す衝撃だった。
 眼球は脳に近いから響き方・・・が違うのだ。

 そんなことを考えた。身体は酩酊した時のように力が入らないのに、頭は皮膚感覚と同じように、目まぐるしく活動している。様々なイメージが波のように絶え間なく打ち寄せてくる。

 ぴちゃ、とまた眼球が舐められた。
 ぬめった舌先の味蕾の一粒一粒が、つるりとした球体を這っていく。やがて味蕾はそれぞれカタツムリのツノのように伸びていき、無数の脚が生えた。
 Aの眼球は脳そのものになっていた。脳のシワの合間に無数の脚が踏み込んでいく。脳が巨大な軟体生物に犯されていく。

「あっ、あっ、」

 それが呼び水となって、百も二百もの思考が脳を駆け巡った。そのループがあまりにも早いので、時間の感覚が曖昧になってくる。
 一秒が無限の長さにまで拡張されている。

「あ、あ、あー」

 Aの眼から涙がボロボロと零れた。犯された、という言葉がいくつにも増えて渦を巻き、悲しくなってきた。

「あれ、不安になっちゃった?
 こっち見てごらん」

 ヴィクトルがナイトランプの首に何かを引っ掛けた。

「…………、」

 薄暗い部屋に七色の光の粒が散らばる。
 Aは光の洪水に眼を見張った。見入ってしまうほど綺麗だ。
 教会のステンドグラスの光を全身に浴びている。
 かくり、とAは首を曲げた。曲げさせられたのだ。
 眼だけをぎょろつかせて端を見れば、ほの蒼い光が見えた。

「……天使がわらってる……、」

 思わず呟けば、背後で柔らかい笑い声が耳を打った。

「……は、」

 ヴィクトルの指がAの服の中に潜り込み、胸を優しく揉んだ。弛緩しきった身体は、指先に圧されるままくにゃりとたわんだ。
 乳暈のふちをなぞられると、咽喉が震える。
 くぅんと仔犬めいた、くぐもった息が鼻先から抜けた。

「もっと、」

 視界がチカチカする。ガラス玉が弾く無数のプリズムを、眼の端に塗り付けられたかのようだ。

「触って欲しい?
 じゃあ、気持ちいいって言って」
「きもちいい、」

 口にすると、与えられる刺激にただざわめくばかりだった皮膚が、性感へと向きを変えた。
 下腹部が熱を持ち、腰が落ち着かなくなってくる。
 Aは投げ出していた脚を自分の方へ引き寄せた。ラグの毛が纏わりつく。ぺたりと座り込んだ形になる。
 内腿に力を入れると、貞操帯の錠前が硬質な音を発てた気がした。

「もっと」
「きもちい、
 ……、っあぁん!」

 身体がバネのように跳ねる。乳首をしたたかに抓られたのだ。
 頭のてっぺんから快感が吹き上がる。それがトンネルで大声を出した時のように、小さくなりながら何度も何度も体内に響く。

「はーっ、はーっ、」
「Aは痛いのも好きなんだね」
「ひぃ……っ、」

 両方の乳首を捩じり上げられ、眼を見引く。涙が迸った。
 なおも胸を責めながら、ヴィクトルがAの耳の外側に噛みついた。軟骨が噛み締められる振動が脳に響く。耳の内側の薄い部分に舌を這わされ、とうとう穴の中に入り込んできた。
 たっぷりと唾液を纏った舌だった。
 じゅくじゅくと直接水音を響かせては、腰が浮いてしまいそうになるほど強く耳たぶを噛んで、また穴を犯される。

「……へ、んになる、それ、へんになる、」

 もうAは自分のどこから音がしているのか、分からなくなってきた。全ての音が自分の体内で反響している。
 じゅく、じゅくっ。
 舐めまわされているのが、自分のどの穴なのかさえ、胡乱になってきた。

 Aはひいひい善がりながら、ボトムの中に手を突っ込む。貞操帯は先走りでヌルついていたが、かまわずに温く熱を持った金属のカゴを扱きあげた。
 腰がへこへこと無様に動く。直接的な快感を生むわけでもないのに、それが止められない。

「ごめんね、イかせてあげられなくて」

 眼前に、大きく広げられた口が現れた。真っ赤なうろのようだった。上と下に綺麗に並んだ歯列の中で、一本だけが犬歯で長い。

「っっ────!!」

 Aは声にならない叫び声を上げた。
 ぷつ、と首筋の皮膚が破れ、血が珠を作る。噛みつかれたのだった。骨が砕ける。

「脚上げちゃうんだ。いいよ、手伝ってあげる」

 噛みつかれた衝撃で跳ね上がった片脚が、力強く持ち上げられる。膝が胸に付いてしまいそうだ。

「次にイくときも、脚を開こうね」

 持ち上げられた脚を、更に外側に広げられる。
 いつの間にか下げられたのか、それとも自分で下げたのか、ボトムが足首で絡まっていた。
 すう、と妙に冷たい空気が両腿の内側を撫でた。

 返事など出来るわけがなかった。
 Aは瀕死の小動物のように、身体を痙攣させることしかできない。
 もう一度、とヴィクトルが優しく囁き、再びAの首に喰い付いた。
 血液の臭いと肉の裂ける感触。

 ドパァっ、と派手な音を発てて、エンドルフィンが頭のてっぺんから排出された。
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