敗北魔王の半隠遁生活

久守 龍司

文字の大きさ
上 下
3 / 40

3.依頼完了した魔王

しおりを挟む
知らない天幕だ。
ここはどこだと状況を確認するうちに、意識が急速に覚醒する。
そうだ、たしかゴブリンの巣穴を殲滅して……そのまま寝てしまったんだった。

しまった。
素手で狩っていたんだから返り血が物凄かった筈だ。それを全く落とさずに眠るなんて、髪も服も乾いた血でガビガビに固まっているに違いない。
手を伸ばして髪を触るが、想定していた不快な硬さはなく、いつも通りの手触りに逆に驚く。

実は返り血を浴びていなかったかと考えたが、あれだけ暴れていてあり得ないだろう。

洗ってくれたんだ、アレーナが。
魔力の痕跡が残っているから、水属性の魔法を使って洗ったようだ。
長身の俺の腰まである髪を洗うのはさぞ大変だっただろう。
後でお礼を言っておかないと。

髪だけではない。
勇者の服を着て城から出てきた俺だったが、服も髪と同じく返り血を大量に浴びていた。
今は下に着ていたチュニック一枚になっているが、天幕の内側に張られたロープには洗われた外套がかかっている。

つまり、洞窟の目の前で血塗れになって呑気に寝ている俺の外套を脱がせ、髪と一緒に洗って俺を天幕に寝かせてくれたということだ。
最初はグイグイ来て怖いと思ってしまったが、今では感謝しかない。俺の角にも引かなかったし。
そういえば、彼女はどこだ。

天幕の端にある靴を発見し、履いて天幕の外に出る。
昨日日が沈む頃に寝たからか、まだ夜が白み始めたくらいの時間帯だった。

アレーナはすぐに見つかった。
天幕の近くで石に座り、何かを焼きながら焚き火をしている。

「おはよ」
「おはよう」
焚き火の近くにあったもう一つの石に座り、アレーナの方を見る。

「その、髪と上着……ありがとう。運んでくれたのも。あと突然突撃して申し訳ない」
アレーナは焚き火から顔を上げて笑った。

「返り血、似合ってたけどね。あのままなら髪の毛が大変なことになってたかも」
「それは……」
「いいって。アタシもシェミハザ様の寝顔を堪能したし。同じ空間で寝てると思ったら全然寝付けなかったよ」
やっぱり、いい人だ。
それにしても……同じ空間で寝る、とは。

「変なことはしてないから安心して。だって仕方ないでしょ? 天幕は一つしかなかったんだし」
困惑が顔に出ていたのか、また笑顔で返された。

「あーでも、結構大仕事だったからいっこ我儘いい?」
断る必要もない。頷いた。
アレーナの目がキラリと光ったような気がした。

「角触らせて」
「……わかった」
魔王に二言はないので何も言わなかったが、かなり神妙な顔をしていたと思う。



存分に角を触られた後、村に帰って報告をするため後片付けを始めた。
天幕を片付け始めたところ、内側の柱を外して倒壊させてから片付けようとしたら、やり方がまずかったのかすぐに交代させられてしまい、俺は穴を掘って焚き火の炭と灰を埋めた。

角がアレーナ以外にバレては困るのでまた例のとんがり帽子を被り、荷物を背負う。
アレーナは持ってきたのは自分だからと言って持とうとしたが、食い下がって俺が持つことになった。

勝手に突入する、途中で寝るなど俺としては反省点が山のようにあるが、初仕事は成功ということでいいのだろうか。
アレーナに聞いたら「生きて帰ってくるだけでも成功だよ」と太鼓判を押された。



「にいちゃんすごいな。ほとんど一人で殲滅したんだって? とんでもない奴をギルドに入れちまったかもな!」
冒険者ギルドで報告すると、受付のグレアムさんは金属片の時よりずっと多くの貨幣を報酬で出してくれた。アレーナに迷惑をかけたからそんなに貰わなくてもいいと言ったが、討伐個体数が多いからと半分以上は俺の報酬になった。

討伐したかどうかなんて誰がわかるんだろうと思ったが、ゴブリンロードの石斧が討伐の証明として必要だったらしい。
俺は倒したまま出てきてしまったんだが、寝ている間にアレーナが拾ってきてくれたようだった。
何から何まで申し訳ない。

「シェミハザ様のその時の表情といったら……顔が良すぎて意識がなくなるかと思ったくらい」
「お前、誰に口説かれても一切靡かなかったのに急に白馬の王子様が出てきてよかったなあ」
アレーナはグレアムさんに俺のことについて長々と語っていた。角のことについてはまったく言う気配がない。信用してよかった。

「にいちゃん、この後はどうするんだ。どっからきたかもわからんが、まだこの村にはいるのか?」
実は金属片を売るところまでしか考えていなかったことを伝えると、グレアムさんは顎に手を当てて提案した。

「お前さん次第だが、戦闘の才能があるようだし、このまま冒険者を続けるのもありなんじゃないか? 方向音痴だか知らないが、アレーナは読図と索敵にかけては一流だ。固定で組むのも悪くないと思うぞ」
「でも、彼女がどう思うか。異性ですし……」
なんとなく大丈夫な気もするが、不安を口にするとグレアムさんは堪え切れないとばかりに笑い出した。

「アレーナは全く気にしないと思うぞ。寧ろにいちゃんをみすみす逃すとは到底考えられないな。そうだろ?」
アレーナは頷き、力強く答えた。

「もとよりそのつもりよ。一目見てアタシの理想のタイプだって分かったし、なんだか放っておけない」
こうして俺はアレーナと組むことになった。
とんとん拍子に話が進むな。
しばらく他の人からの評価を聞いていて感じたのだが、もしかして俺は天然キャラだと思われているのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ポリゴンスキルは超絶チートでした~発現したスキルをクズと言われて、路地裏に捨てられた俺は、ポリゴンスキルでざまぁする事にした~

喰寝丸太
ファンタジー
ポリゴンスキルに目覚めた貴族庶子6歳のディザは使い方が分からずに、役に立たないと捨てられた。 路地裏で暮らしていて、靴底を食っている時に前世の記憶が蘇る。 俺はパチンコの大当たりアニメーションをプログラムしていたはずだ。 くそう、浮浪児スタートとはナイトメアハードも良い所だ。 だがしかし、俺にはスキルがあった。 ポリゴンスキルか勝手知ったる能力だな。 まずは石の板だ。 こんなの簡単に作れる。 よし、売ってしまえ。 俺のスキルはレベルアップして、アニメーション、ショップ、作成依頼と次々に開放されて行く。 俺はこれを駆使して成り上がってやるぞ。 路地裏から成りあがった俺は冒険者になり、商人になり、貴族になる。 そして王に。 超絶チートになるのは13話辺りからです。

奴隷商貴族の領地経営〜奴隷を売ってくれ? 全員、大切な領民だから無理です

秋田ノ介
ファンタジー
王位継承権一位の王子ロッシュは、幼馴染で公爵令嬢の婚約者がおり、順風満帆の学生生活を送っていた。 だが、一晩で全ての地位を失ってしまった。 学園に入学してきた庶民出の特待生と関係を持ってしまった……と疑いを掛けられた。 その発端は弟の第二王子だった。 証拠はすべて不利に働き、ついに処刑を待つだけとなった。 しかし、さらなら苦しみを与えようと第二王子は王に進言する。 『奴隷商貴族』への降格。 奴隷商を生業とする貴族は、国内で扱う奴隷の全てを一手に引き受ける大商人。 だが、奴隷商は人々から蔑みを受け、貴族の間でも汚物のような扱いを受ける。 さらに奴隷の売買の全てにルールがあり、奴隷商が儲けられないように作られていた。 八方塞がりの中、なんとか与えられた領地に向かうべく、金策に走る。 奴隷商として奴隷を売って稼げないロッシュは、奴隷を使って稼ごうと画策する。 ロッシュは果たして、領地に戻れるのか…… その間に様々な者を奴隷として買い、その者たちを家臣として未開の地の開発に乗り出す。 陥れた弟は次々と難題が降り注ぎ、苦しめられるのだが……物語には関係のない話…… 小説家になろう様、カクヨム様にも投稿しております。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

処理中です...