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六,行方

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 クラルテの甲斐甲斐しい看病により、マテウスの体調は快方へ向かった。
 熱は下がり、喉には食事が通るようになった。体力の回復はもう間もなくだろう。
 とはいえ、さすがに骨がすぐにくっつくということはなく、療養を余儀なくされている。

「ほら、クラルテ。食べてみるかい?」

 ……しかし、クラルテとの生活は悪くない。
 人間と人魚、当然ながら考えや見ているものが違う。その差を知ることが、マテウスにとって、今は一番の喜びとなっていた。

『何度見ても、それは不思議』

 獲れたての魚を、燃やした木材で焼く。
 火を起こすのはルーペがあれば難しいことではない。これを無くさなかったことは幸い以外でなかった。

 夕陽のごとくゆらゆらと揺れる火が、透明なクラルテの被膜に反射する。まるでクラルテの中で、火が燃えているようだった。

「君、いつも食べていないけど、大丈夫なのか?」
『海へ帰って食べてるから』

 焼けた魚を食べるマテウスの口元を、クラルテは興味深く見遣る。考えてみれば、焼き魚なんてものは人魚にとっては未知の食事のはずだ。

『マテウスは、どうして海に?』

 魚を平らげ、火の処理をするマテウスの横顔に問う。
 形のいい眉が一瞬歪んだ気がして、クラルテは微かに肩を狭めた。

「ああ、言っていなかったか……父を、探してるんだ」
『父君……』
「海のどこかでいなくなって、もう三年も戻らない」

 答えると、クラルテの首が傾けられる。

『……さんねん?』
「そうだな、人間でいう時間の単位……長い間、って言えばいいかな」

 長い間。そう言ったマテウスを案じるように、クラルテはその膝にそっと指先をのせる。
 クゥ……と小さく鳴き声が耳に届く。それが胸を痛めるクラルテのものだと気付くまで、そう時間はかからない。

「……心配はしてるけど、大丈夫さ。覚悟もしてるし」

 透明な頭を撫でる。長い髪はさらさらとしているような、つるつるとしているような、不思議な感触だ。
 しばし撫でてやると、落ち着くのか気持ちがいいのか、クラルテは懐くような顔をする。透明な顔は眉も目も鼻も口も、凹凸で象られているが、それでもその心情をうかがうに充分だ。
 ……そもそも、クラルテの表情や感情の表現が豊かであるのが、その所以かもしれない。

『そうだ、マテウス。少し待っていて』

 はたと思い出したように言うと、クラルテはするりと海に潜っていく。
 透き通る尾ヒレの先が波間に吸い込まれる瞬間に、いまだに彼が人魚であることを再認識する。

 さほど時間をかけずに、クラルテは岸へ戻った。海水の雫をちらちらとダイアモンドのようにまとって、マテウスに寄る。
 何やら両手を二枚貝のように重ねて、大切そうに差し出す。

「なんだい?」

 ゆっくりと開かれた手の中には、海の色をしたクルミの大きさほどの宝石が一粒置かれていた。
 いや、宝石、なのだろうか。時折それは、穏やかな波を立てているかのように見えた。

『これは、海の記憶の結晶。父君を想いながら、握ってみて』

 そうしてそっと、マテウスの両手にのせる。
 ――海の記憶の結晶。波を立てるこの宝石が、父の手がかりを教えてくれるのだろうか。

 迷っているマテウスの両手に、クラルテも手のひらを重ねて優しく握る。
 マテウスは励まされた気がして、小さく微笑んだ。

 ……そして、言われた通りに父を想って瞼を閉じた。

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