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六,月宵の逢瀬
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かくて、彼らの逢瀬は始まった。
湖のほとりにただ並んで座り、他愛のない話しをして心を解きほぐし、時には舞い心を慰める。
穏やかに、優雨が渇いた大地に染み込むように、彼らの心は互いに染み入った。
或る小望月の晩。
柔かな草の上に寝転がる竺董の頭を膝に乗せ、結われた頭髪を崩さぬように撫でる。あまりにも落ち着くひととき。この湖畔だけ時が止まっているような気さえさせる。
額から前髪にかけて指先を滑らせながら、鶴皙は歌うごとくに唇を開いた。
「殿下、あなた様は本当に清いお方です。わたくしのような世から脱落した者にも、こんなにもお優しい……」
竺董は静かに耳を傾けながらも、真っ直ぐに鶴皙を見上げる。
「俺は、そのような聖君ではない…………皆、俺を凡愚というのだ」
「……それもやはり、お優しいがゆえではありませんか」
「っ――!」
「殿下は、人の言葉をきちんと受け止めようとなさる。そしてそれを解して、真っ直ぐに返される……」
あまりにも的の中央を射る鶴皙の言葉に、竺董は起き上がり、彼の両手を取った。握る指に、思わず力がこもっていく。
「そうだ! だというのに、人心が分からない、などと侮蔑され……」
「ああ……あまりにもお労しい、お優しい殿下……わたしくだけは、本当のあなた様を見失うことはありません」
鶴皙はするりと太子を抱き寄せると、耳元へ甘やかな言葉を吹き込んだ。深く沈んだ竺董の心を掬いあげる、救済にも似た台詞であった。
「鶴皙……」
「少し、舞いますか?」
「いや、いい。このままで。なにか話してくれ。そうだ、鶴皙のことをもっと知りたい」
胸元へもたれる竺董の頭を再び撫でながら、ゆったりと腕を回す。王太子のつける高貴な香が、鶴皙の腕の中いっぱいに貴く薫った。
「実は……弟が、後宮にいるのです」
「そうだったのか?」
「瓜二つの双子です。夫人たちの衣服を整えたりしているそうですよ。気の利くよい弟と存じます……よろしければ訪ねてみては――」
それは、『そういう』誘導なのだろうか。
鶴皙はいま最も太子の近くにありながら、その身分が最も遠いことを悔いて、瓜二つという弟に託そうとしているのでは……。
「……だが、俺はお前がいい」
「えっ?」
起き上がると、竺董は触れるだけの口付けを贈った。夜風が、やけに冷たく頬を撫でてていく。
「――そなたを、改めて太子《おれ》付きの宦官として迎えたい」
「……そんな! そんな……わたくしには、身に余るほどの……」
「嫌か?」
問えば、鶴皙はふるふると首を振る。月明かりを受けた黒髪が、はらりと揺れた。
「嫌だなどと、滅相もございません……あまりにも、嬉しくて」
「では、決まりでいいな」
こたびは、鶴皙の首は縦に一つ振られるばかりだった。竺董は破顔して、妖とまで噂された愛おしい人の肩を抱き寄せる。
変わらぬ月が、煌煌と湖を照らしていた。
湖のほとりにただ並んで座り、他愛のない話しをして心を解きほぐし、時には舞い心を慰める。
穏やかに、優雨が渇いた大地に染み込むように、彼らの心は互いに染み入った。
或る小望月の晩。
柔かな草の上に寝転がる竺董の頭を膝に乗せ、結われた頭髪を崩さぬように撫でる。あまりにも落ち着くひととき。この湖畔だけ時が止まっているような気さえさせる。
額から前髪にかけて指先を滑らせながら、鶴皙は歌うごとくに唇を開いた。
「殿下、あなた様は本当に清いお方です。わたくしのような世から脱落した者にも、こんなにもお優しい……」
竺董は静かに耳を傾けながらも、真っ直ぐに鶴皙を見上げる。
「俺は、そのような聖君ではない…………皆、俺を凡愚というのだ」
「……それもやはり、お優しいがゆえではありませんか」
「っ――!」
「殿下は、人の言葉をきちんと受け止めようとなさる。そしてそれを解して、真っ直ぐに返される……」
あまりにも的の中央を射る鶴皙の言葉に、竺董は起き上がり、彼の両手を取った。握る指に、思わず力がこもっていく。
「そうだ! だというのに、人心が分からない、などと侮蔑され……」
「ああ……あまりにもお労しい、お優しい殿下……わたしくだけは、本当のあなた様を見失うことはありません」
鶴皙はするりと太子を抱き寄せると、耳元へ甘やかな言葉を吹き込んだ。深く沈んだ竺董の心を掬いあげる、救済にも似た台詞であった。
「鶴皙……」
「少し、舞いますか?」
「いや、いい。このままで。なにか話してくれ。そうだ、鶴皙のことをもっと知りたい」
胸元へもたれる竺董の頭を再び撫でながら、ゆったりと腕を回す。王太子のつける高貴な香が、鶴皙の腕の中いっぱいに貴く薫った。
「実は……弟が、後宮にいるのです」
「そうだったのか?」
「瓜二つの双子です。夫人たちの衣服を整えたりしているそうですよ。気の利くよい弟と存じます……よろしければ訪ねてみては――」
それは、『そういう』誘導なのだろうか。
鶴皙はいま最も太子の近くにありながら、その身分が最も遠いことを悔いて、瓜二つという弟に託そうとしているのでは……。
「……だが、俺はお前がいい」
「えっ?」
起き上がると、竺董は触れるだけの口付けを贈った。夜風が、やけに冷たく頬を撫でてていく。
「――そなたを、改めて太子《おれ》付きの宦官として迎えたい」
「……そんな! そんな……わたくしには、身に余るほどの……」
「嫌か?」
問えば、鶴皙はふるふると首を振る。月明かりを受けた黒髪が、はらりと揺れた。
「嫌だなどと、滅相もございません……あまりにも、嬉しくて」
「では、決まりでいいな」
こたびは、鶴皙の首は縦に一つ振られるばかりだった。竺董は破顔して、妖とまで噂された愛おしい人の肩を抱き寄せる。
変わらぬ月が、煌煌と湖を照らしていた。
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