上 下
26 / 30

24,公園デート?③

しおりを挟む
「大丈夫ですか? 兄さん」
「うん。ごめんね、走らせて」
「いえ、とんでもないです。……ん?」

 頭部への収まりを整えながらバケットハットをいじるソルセは、ジュヌの視線を追いかける。彼の双眸を引き付けるなんて珍しいこともあるものだ。そんなことを考えながら。

「あれって……」

 その先には、ピクニックを楽しむ老夫婦がいた。レジャーシートの上に座しながら、手を叩いて拍子をとる男性……そしてその隣には、立って歌う女性の姿がある。彼らは時折、目を合わせながら互いの拍子を楽しんでいた。

「パンソリかな」
「みたいですね。確かに、こういうところで歌うのって気持ちよさそうでいいですよね」

 ――パンソリ。それはこの国の伝統芸能であり、オペラに近い口承文芸ともいわれている。歌い手と太鼓奏者それぞれ一名で構成され、歌・語り・振りによって紡がれていく。
 風にのって、歌声が響き渡る。女性は歳を思わせぬほどのびのびと歌う。それに惹かれ、少数のギャラリーが集いはじめていた。

「ああ……そうか」

 ぽつり、とソルセの口から納得したような声がもれる。

「兄さん?」
「俺のおばあさん、パンソリやってたんだ。だから俺にとっては、馴染みのあるジャンルかも」
「そうだったんですか。……あ、もしかして」
「うん……『そう』しようかな」

 ジュヌを見て、ソルセは明るく笑った。

「こうしてついてきて正解だったよ。……俺のこと、連れ出してくれてありがとう」
「兄さん……」

 ようやく、ようやくソルセの役に立てた。そんな気がした。

(俺はただ、デートだなんて……不純な動機だったけど)

 だとしても、いま目の前に立つソルセの笑みは本物なのだ。

「俺も、兄さんと公園デートできてラッキーでしたよ」
「ああもう。それさえなければいいのに……」

 残念なことにソルセの瞳は、一瞬の間にじとっとした表情に変色してしまった。しかしそうなるであろうことは、ジュヌは既に理解していた。理解した上で、彼はそう口にしたのだ。

「宿舎に帰ったら、またみんなの兄さんに戻ってしまうので」
「ジュヌ……」
「だから、兄さんがこういうことを聞けるのも今だけですよ?」
「はあ……なに言ってるんだか」

 再び呆れる彼が溜息をもらす。その刹那、ソルセのポケットのなかでスマートフォンが震えた。

「あ……そろそろ時間だね。肝心の写真は大丈夫?」
「はい。いい写真、たくさん撮れましたよ。あとはどう発表するか、宿舎で詰めようと思います」


 そうして彼らはスタッフの車と合流し、帰路についた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

処理中です...