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14,集中して②
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ビボクはタブレットで振り付けのデモビデオを流し、丁寧なケアの施された指先を向ける。
「ここ。私だけみんなよりワンテンポ遅れてる気がするの」
「ああ……この動きから胸のウェーブって、難しいよね。ここは……」
彼を悩ませている振りをゆっくりと、しかし正確に見せる。そんなソルセたちの居残り練習を、ジュヌは床に座ってじっと見ていた。
「少しいいか、ジュヌ――」
シュマが声をかける。ソルセには丁寧に話す彼だが、一つ年下のジュヌにはいくらか砕けて話す。そのあたり、言葉の使い分けができるのはすごいことだ。
ソルセもシュマの母国語を学んではいるが、丁寧語と尊敬語の使い分けが難しくてまだ中途半端な知識しかない。シュマのストイックさを言語の端々からも感じられた。
「ん?」
「……見すぎじゃないか?」
「なにを?」
「だから、ソルセさんのこと」
聞き耳を立てたつもりはないものの、シュマの発言が耳に入ってしまい、ソルセの振りが狂う。
「……っああ、ごめん。もう一度やるね」
「ええ」
平静を保ち、再び動く。
「見すぎかな……まあ、見てるのは事実だけど」
「……ソルセさんのこと、練習中も見ているだろう?」
「うん」
「それは、これからも続けるのか?」
部屋の空気が、微かに凍てつく。ソルセも思わず動きを止めて、そちらを見る。
そのやりとりはさすがにビボクの耳にも届いていたようで、視線を同じくした。
「え?」
「アイドルになるとしたら……それはあまりよくない。いや、絶対によくないことだ」
シュマの瞳は真剣だ。異国から海を越え、単身不慣れな生活をおくりながら過酷な練習生を生きてきた重みが見えた。誰よりもアイドルという称号を欲している瞳が語っている。
「僕はアイドルになりたい。だから練習中は、自分の姿の向こうに……いつか僕のことを見つけてくれる人の姿を見ている」
「見つけてくれる人……?」
「僕は、まだ見ぬその人たちに恥じないように……励んでいきたい」
さらりと、宵闇色の髪が揺れる。
「ジュヌは確か、アイドルがどんなものか知りたいと言ってたけれど……それは、ソルセさんのことを知りたいだけなんじゃないか? その気持ちが……これからの練習にどう作用するか、正直なところ僕は不安なんだ。誰か一人でもバランスを崩せば、パフォーマンスは簡単に崩壊してしまうから」
力強くなるシュマの声色。
――デビュー審査で落ちたので再挑戦です。自己紹介で言っていた姿が蘇る。誰より悔しい思いをして、誰より貪欲に挑んだオーデション番組。そのチーム内に、覚悟の揃わないメンバーがいるかもしれないことを案じているのだ。
(やっぱりこうなったか……俺、リーダー失格だな)
対するシュマとジュヌに向って、ソルセが唇を開きかけた刹那――ビボクが人差し指を立てる。そして軽くウィンクをして……。
「シューマ。ちょっとだけ、夜風にあたりにいきましょうよ」
熱くなったシュマの肩を抱くと、彼を外へ連れ出した。去り際、頼んだというような視線が注がれるのを、ソルセは見逃さなかった。
「……ジュヌ」
「兄さん……俺、は」
ふう、と軽く溜息をつくと、ジュヌの両手を掬いあげる。
「そうだよ。みんな、本当にアイドルになりたいんだ」
ジュヌは何かを言いたいけれど、言えない様子で口を微かに開いては、閉じる。
「仕事を辞めて、学校を休学して。人生を、今この瞬間も賭けてる」
「……うん」
「俺も気にはなってたけど、君にうまく言えなかった。だって、君の人生を曲げたのは俺なんでしょう?」
「それは……兄さんがあんなに苦しむことになったアイドルって、どんなものなのか知りたくて」
「そっか……だけどね、ジュヌ。たとえ俺を追いかけてオーディションを受けたんだとしても、ここまで来られたのは君の才能なんだよ」
ジュヌの両手を握るソルセの手に、力がこめられる。
「だから……それを活かそう、みんなと一緒に」
「あ……」
ソルセの視線が真っ直ぐ、ジュヌを捉えた。それを受けて、ジュヌは息を呑む。
(あの夜みたいな、兄さんの視線……)
けれどあの時とは違う美しさを、今日の瞳は持っている。
「ありがとう……兄さん。俺、やってみるから」
――ジアン氏は語る。
『まったくの未経験だと言いますが、シム・ジュヌという彼には天性のダンスの才があると思います。それを開花させることができるかは、彼自身にかかっています』、と。
「ここ。私だけみんなよりワンテンポ遅れてる気がするの」
「ああ……この動きから胸のウェーブって、難しいよね。ここは……」
彼を悩ませている振りをゆっくりと、しかし正確に見せる。そんなソルセたちの居残り練習を、ジュヌは床に座ってじっと見ていた。
「少しいいか、ジュヌ――」
シュマが声をかける。ソルセには丁寧に話す彼だが、一つ年下のジュヌにはいくらか砕けて話す。そのあたり、言葉の使い分けができるのはすごいことだ。
ソルセもシュマの母国語を学んではいるが、丁寧語と尊敬語の使い分けが難しくてまだ中途半端な知識しかない。シュマのストイックさを言語の端々からも感じられた。
「ん?」
「……見すぎじゃないか?」
「なにを?」
「だから、ソルセさんのこと」
聞き耳を立てたつもりはないものの、シュマの発言が耳に入ってしまい、ソルセの振りが狂う。
「……っああ、ごめん。もう一度やるね」
「ええ」
平静を保ち、再び動く。
「見すぎかな……まあ、見てるのは事実だけど」
「……ソルセさんのこと、練習中も見ているだろう?」
「うん」
「それは、これからも続けるのか?」
部屋の空気が、微かに凍てつく。ソルセも思わず動きを止めて、そちらを見る。
そのやりとりはさすがにビボクの耳にも届いていたようで、視線を同じくした。
「え?」
「アイドルになるとしたら……それはあまりよくない。いや、絶対によくないことだ」
シュマの瞳は真剣だ。異国から海を越え、単身不慣れな生活をおくりながら過酷な練習生を生きてきた重みが見えた。誰よりもアイドルという称号を欲している瞳が語っている。
「僕はアイドルになりたい。だから練習中は、自分の姿の向こうに……いつか僕のことを見つけてくれる人の姿を見ている」
「見つけてくれる人……?」
「僕は、まだ見ぬその人たちに恥じないように……励んでいきたい」
さらりと、宵闇色の髪が揺れる。
「ジュヌは確か、アイドルがどんなものか知りたいと言ってたけれど……それは、ソルセさんのことを知りたいだけなんじゃないか? その気持ちが……これからの練習にどう作用するか、正直なところ僕は不安なんだ。誰か一人でもバランスを崩せば、パフォーマンスは簡単に崩壊してしまうから」
力強くなるシュマの声色。
――デビュー審査で落ちたので再挑戦です。自己紹介で言っていた姿が蘇る。誰より悔しい思いをして、誰より貪欲に挑んだオーデション番組。そのチーム内に、覚悟の揃わないメンバーがいるかもしれないことを案じているのだ。
(やっぱりこうなったか……俺、リーダー失格だな)
対するシュマとジュヌに向って、ソルセが唇を開きかけた刹那――ビボクが人差し指を立てる。そして軽くウィンクをして……。
「シューマ。ちょっとだけ、夜風にあたりにいきましょうよ」
熱くなったシュマの肩を抱くと、彼を外へ連れ出した。去り際、頼んだというような視線が注がれるのを、ソルセは見逃さなかった。
「……ジュヌ」
「兄さん……俺、は」
ふう、と軽く溜息をつくと、ジュヌの両手を掬いあげる。
「そうだよ。みんな、本当にアイドルになりたいんだ」
ジュヌは何かを言いたいけれど、言えない様子で口を微かに開いては、閉じる。
「仕事を辞めて、学校を休学して。人生を、今この瞬間も賭けてる」
「……うん」
「俺も気にはなってたけど、君にうまく言えなかった。だって、君の人生を曲げたのは俺なんでしょう?」
「それは……兄さんがあんなに苦しむことになったアイドルって、どんなものなのか知りたくて」
「そっか……だけどね、ジュヌ。たとえ俺を追いかけてオーディションを受けたんだとしても、ここまで来られたのは君の才能なんだよ」
ジュヌの両手を握るソルセの手に、力がこめられる。
「だから……それを活かそう、みんなと一緒に」
「あ……」
ソルセの視線が真っ直ぐ、ジュヌを捉えた。それを受けて、ジュヌは息を呑む。
(あの夜みたいな、兄さんの視線……)
けれどあの時とは違う美しさを、今日の瞳は持っている。
「ありがとう……兄さん。俺、やってみるから」
――ジアン氏は語る。
『まったくの未経験だと言いますが、シム・ジュヌという彼には天性のダンスの才があると思います。それを開花させることができるかは、彼自身にかかっています』、と。
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