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7,部屋割り
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「はーい。ではバスを降りる際に、封筒を一枚受け取ってくださいねー」
練習生たちはバスのステップを降りたところで、スタッフの指示通りにそれを受け取る。特に宛名もない真っ白な封筒は、厳重に封をされることもなく、簡単にぺらりと開いた。中には一枚、簡素なカードが入っている。
「なんて書いてあります? あ、声には出さないでください」
カメラクルーが、おのおの封筒を開ける練習生の姿を捉える。そうして、カードに書かれた文字にカメラレンズを向けたり、練習生の顔を写したりした。
「えーこの後、一旦部屋で荷解きしてから、また集合してください。というわけで、その数字は部屋番号です」
部屋番号、と聞き、練習生はそれぞれ顔を見合ったり、場合によってはこっそりとカードを見せ合ったりしている。
(7……だから、7号室かな)
ソルセはカードに視線を落とした。7と書かれた同じ紙を持つ誰かが、ほかに何人かいる筈だ。
いままでも練習生として共同生活を送ったことはあるし、デビュー後は宿舎でメンバーと暮らしを共にしていた。誰と一緒でもうまくやっていく自負はある。
……ただ一人、ジュヌを除いて。
(ジュヌだってそう思ってるはずだよね。……別の部屋でありますように)
心の中で手を合わせて、いよいよ合宿所のエントランスへと向かった。
この企画のために建てられたのだという合宿所は、それはそれは立派なものだった。関わる全てを、ジアンがその私財を投じたらしい。練習生たちの居室にラウンジ、鏡を張った練習室、そして調理師駐在の食堂まであった。
皆ざわざわと感想を口にしながら、自分の部屋に向かう。廊下を歩きながら他の部屋を覗き見ると、どうやら部屋は四人部屋、三人部屋、二人部屋とランダムらしい。
「ここだね」
7と書かれた部屋を見つけ、ドアノブに手を置いた。
「あ、ソルセさん……お隣りですね」
と、同時に声をかけられる。言葉の組み立てや意味の違和感はないが、発音がわずかに不慣れな印象だ。そういえばバスに乗り込む際に数人、異邦の練習生がいたことを思い出す。
「えっと、君は……ミナガワくん、だっけ」
「すみません、自己紹介がまだでした。お隣の8号室になった皆川です。よろしくお願いします」
彼はきっちりと礼をすると、部屋へ入っていく。瞬時に室内から彼を歓迎する先客の歓声が聞こえた。
その賑やかで楽しそうな声に、ソルセの口元が思わず微笑む。さて、と気を取り直すと、ドアノブを引いた。
「お邪魔します」
室内にはベッドが二つ見えた。どうやら二人部屋にあたったようだ。あとは同室者が誰か――。
「……すごい。もうこれ、運命なのかもしれません」
ドアを開いた先に立っていたのは、件のシム・ジュヌだった。そう、紛れもないあのシム・ジュヌである。
「……お、お邪魔しましたー……」
ソルセの口をついて出たのは、そんな言葉だった。言いながら閉めようとすると、ジュヌが咄嗟に手でそれを止める。
「どうして逃げるんですか? せっかく同室になれたんですよ! それも二人部屋で二人きりです!」
「なっ、君ね……というかそもそも! どうしてオーディション番組に!?」
そうだ。バスで再会してからというもの、聞きたいことは山のようにあったのだ。さまざまな疑問を思い出すと、衝動的に扉を開いて、ジュヌの眼前へ食い入るように迫る。
「ねえどうしてなの……!?」
「わあ、ソルセさん今日も積極的ですね」
「ちょっ……! そういう変なこと言うのやめて、本当に!」
思わずジュヌの唇を手のひらで覆う。勢い余って、手のひらにしっとりと唇が触れた。けれどいまは、そこにときめきなどはなかった。
「……分かってるよ。あんなことに誘った俺が悪い。……でも、俺は今度こそ人生を変えたくて」
だからどうか。あの一夜のことは黙っていてほしい。なかったことには出来ない。だからせめて、心の奥深くにしまって。
真摯な瞳をジュヌに向けると、彼もまた真っ直ぐにソルセを見つめていた。
練習生たちはバスのステップを降りたところで、スタッフの指示通りにそれを受け取る。特に宛名もない真っ白な封筒は、厳重に封をされることもなく、簡単にぺらりと開いた。中には一枚、簡素なカードが入っている。
「なんて書いてあります? あ、声には出さないでください」
カメラクルーが、おのおの封筒を開ける練習生の姿を捉える。そうして、カードに書かれた文字にカメラレンズを向けたり、練習生の顔を写したりした。
「えーこの後、一旦部屋で荷解きしてから、また集合してください。というわけで、その数字は部屋番号です」
部屋番号、と聞き、練習生はそれぞれ顔を見合ったり、場合によってはこっそりとカードを見せ合ったりしている。
(7……だから、7号室かな)
ソルセはカードに視線を落とした。7と書かれた同じ紙を持つ誰かが、ほかに何人かいる筈だ。
いままでも練習生として共同生活を送ったことはあるし、デビュー後は宿舎でメンバーと暮らしを共にしていた。誰と一緒でもうまくやっていく自負はある。
……ただ一人、ジュヌを除いて。
(ジュヌだってそう思ってるはずだよね。……別の部屋でありますように)
心の中で手を合わせて、いよいよ合宿所のエントランスへと向かった。
この企画のために建てられたのだという合宿所は、それはそれは立派なものだった。関わる全てを、ジアンがその私財を投じたらしい。練習生たちの居室にラウンジ、鏡を張った練習室、そして調理師駐在の食堂まであった。
皆ざわざわと感想を口にしながら、自分の部屋に向かう。廊下を歩きながら他の部屋を覗き見ると、どうやら部屋は四人部屋、三人部屋、二人部屋とランダムらしい。
「ここだね」
7と書かれた部屋を見つけ、ドアノブに手を置いた。
「あ、ソルセさん……お隣りですね」
と、同時に声をかけられる。言葉の組み立てや意味の違和感はないが、発音がわずかに不慣れな印象だ。そういえばバスに乗り込む際に数人、異邦の練習生がいたことを思い出す。
「えっと、君は……ミナガワくん、だっけ」
「すみません、自己紹介がまだでした。お隣の8号室になった皆川です。よろしくお願いします」
彼はきっちりと礼をすると、部屋へ入っていく。瞬時に室内から彼を歓迎する先客の歓声が聞こえた。
その賑やかで楽しそうな声に、ソルセの口元が思わず微笑む。さて、と気を取り直すと、ドアノブを引いた。
「お邪魔します」
室内にはベッドが二つ見えた。どうやら二人部屋にあたったようだ。あとは同室者が誰か――。
「……すごい。もうこれ、運命なのかもしれません」
ドアを開いた先に立っていたのは、件のシム・ジュヌだった。そう、紛れもないあのシム・ジュヌである。
「……お、お邪魔しましたー……」
ソルセの口をついて出たのは、そんな言葉だった。言いながら閉めようとすると、ジュヌが咄嗟に手でそれを止める。
「どうして逃げるんですか? せっかく同室になれたんですよ! それも二人部屋で二人きりです!」
「なっ、君ね……というかそもそも! どうしてオーディション番組に!?」
そうだ。バスで再会してからというもの、聞きたいことは山のようにあったのだ。さまざまな疑問を思い出すと、衝動的に扉を開いて、ジュヌの眼前へ食い入るように迫る。
「ねえどうしてなの……!?」
「わあ、ソルセさん今日も積極的ですね」
「ちょっ……! そういう変なこと言うのやめて、本当に!」
思わずジュヌの唇を手のひらで覆う。勢い余って、手のひらにしっとりと唇が触れた。けれどいまは、そこにときめきなどはなかった。
「……分かってるよ。あんなことに誘った俺が悪い。……でも、俺は今度こそ人生を変えたくて」
だからどうか。あの一夜のことは黙っていてほしい。なかったことには出来ない。だからせめて、心の奥深くにしまって。
真摯な瞳をジュヌに向けると、彼もまた真っ直ぐにソルセを見つめていた。
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