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4,兆し

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 ◇ ◇ ◇

 結局後ろに挿入までして、明け方に差し掛かるまで彼らは絡み合っていた。
 少しばかりの仮眠をとってから、二限目から授業だというジュヌを見送った。当然ながら慣れないことをした体はだるい。さすが学生というべきか、ジュヌは若くよく持つのだ。
 快楽に溺れて、望み通りめちゃくちゃにされて……心地よさはあるものの疲労感が募る。

 シャワーを浴びてから、ベッドに戻る。今日から一般人、それも無職の一般人だ。
 一人になると、途端にさまざまなことが不安になる。

「あーあ、これから何者になればいいんだろうね」

 やりたいことはなにも思い浮かばない。
 ジュヌと耽っていたときはよかった。あれこそ現実逃避だった。
 なによりジュヌは自分への、性的興奮を包み隠さず真っ直ぐにぶつけてくれる。それが必要と求められているみたいで、このベッドというステージで、たった一人のジュヌという観客のために踊るみたいで、この上なく心地よかった。
 ……とはいえ、身を売るような仕事に走ろうとは思わないけれど。しかしいざとなったら、それさえも視野にいれなければならないのかもしれない。
円満に辞めたアイドルには第二のステージや人生があり、その未来さえも明るい。それまでの実績や信頼があるからだろう。
 しかしソルセには、なにもない。

(……目、冴えちゃったか)

 もう一眠りするつもりがぐるぐると考えてしまい、眠れる気配がない。ゆっくり手を伸ばすと、冷たいシーツを撫でる。

「ジュヌ……。可愛い子だった」

 抱かれる立場として、抱いてきた相手を可愛いとは矛盾しているような気もしたが、ささいな反応から全てがいじらしい。
 あのバーへ行くのもやめよう。若い彼の道をこれ以上荒らしてはいけない。たった一夜の出会いとして、これで終わりだ。

 なんとかもう一度眠ろう。
 そう仕切り直すように、コンフォーターをかぶり直す。それと同時にスマートフォンの画面が光り、電話の着信画面を見せつけてくる。

「寝ようと思ったのに……、あれ」 

 よくよく見ると、実の姉からの着信だった。そういえば家族の誰にも脱退のことは知らせていない。その余裕がなかったからだ。
 両親はSNSを使えないが、姉は見たのだろう。ソル卒業のお知らせとやらを。
 まずい。もともと恐妻家ならぬ恐姉家なところがあるのだ。人一倍応援してくれているが、その反面で人一倍、厳しくソルセの活動を見守っているのが彼の姉だった。

「あー……困ったなこれ」

 出ることに怯えながら、着信ボタンをタップする。

『ソルセ!』

 間髪入れずに、高い怒鳴り声が耳をつんざいた。

『ソルセ! あんた卒業ってどういうこと!? というかこれって実質脱退でしょ!?』
「お、おはよう、姉さん。朝から元気だね」
『おはようじゃないわよ! これってちょっと前から話題になってる年齢のせい!? というかそういうことからアイドル守るのが事務所じゃないの!?』

 ほぼ息継ぎもしないで、姉は矢継ぎ早に疑問と想いをぶつける。
 そもそも恐姉であり、彼女は熱心なアイドルファンなのだ。いわゆる姉の『推し』は、SayUとは比べられないほどに知名度も人気もあるグループで、それを追いかける彼女は当然、そういう背景に関しても詳しい。

「はは……まあ、天罰だよね。年齢に関しては俺が承諾しちゃったわけだし」
『ああもう腹立つ。だから弱小事務所じゃだめなのよ。推しみたいな大きな事務所……って、ああそっちが本題だった!』

 なんと。弟のグループ脱退、アイドル引退がメイントピックスではないなんて。その上にそっち、とは。推しの所属する大きな事務所の話を、辞めたばかりの弟にするなんて。

『いまココアトークでURL送るから、すぐに見なさいよ!』
「え? なに? URL……?」
『動画の! いいから見てよね!』

 予想外の単語に戸惑っているうちに、姉との通話が切れる。そうしてすぐに、ココアトークというメッセージアプリの通知が表示された。
 姉からのメッセージには、ただ一行のURLが貼られているだけだ。

「動画……って、一体なんの」

 ソルセは思いきり怪訝な表情を浮かべながらも、その文字列を押す。紐づけられた動画アプリが立ち上がり、URL先の画面を表示した。

「あれ、これってジアン? ……どうして――」

 動画の中、壇上にのぼる女性――かつてアイドルであった歌手・ジアンが、華やかな笑顔を浮かべる。そしてポピーレッドに塗った唇を、溌溂と開いた。

 ――『もう一度、夢を見てみませんか。いいえ、見るだけではなく現実とするために、私と足を踏み出してみませんか』
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