上 下
3 / 30

3,蜘蛛の罠①

しおりを挟む
 バーからさほど離れていないシティホテルの一室に、現実から逃げるように転がり込む。
 ドアを閉めてすぐさま、バーテンダーの彼の背を扉に押し当てる。180センチメートルという長身のソルセと、青年の視線はさほど変わらない。だが、少しだけ見上げてくるその瞳がいじらしかった。
 どちらからともなく顔を寄せて、唇を深く重ねる。温かい人の体温、わずかな呼吸、知らない匂い……なにもかもが、寂しい心を埋めようとするように、情欲をわきおこさせた。

「んっ、んん……」

 重ねた唇の狭間から舌を差し込むと、ぬらぬらと絡められる。
 もしもの醜聞を避け、デビューしたこの二年間は、恋愛はもちろんのこと、触れ合いも自制していた。ソルセのなかで、それが一気に沸騰したように衝動的に、名も知らぬ彼に触れる。

「はっ、ん……」

 しかし意外にも、バーテンダーの彼も積極的だ。とはいえどこか不慣れで、探るように抱いてくる。ぎこちなく腰に巻き付く腕に、やはり可愛らしいという感情が募った。

「んん……君、キスうまいね」
「気持ちよかった、ですか?」
「うん。久しぶりで、たまらない……もっとちょうだい」

 もう一度重ね合わせて、今度はソルセから彼の舌を吸う。ちゅう、と吸い上げてから、ソルセの口内へ導くように粘膜で扱く。はしたない水音が立ち、背筋に昂ぶりの波がぞくぞくと走った。

「うっ、んんっ、ふ……」

 青年の首筋が震え、くぐもった吐息がもれる。
 ゆっくり顔を離すと、ゆるく肩を上下させ、乱れた呼吸を整える。

「……ベッドいこうよ」

 そうしてベッドに座ると、青年は思いがけず積極的に、首から鎖骨にかけて唇を触れた。濡れた唇が、ただ這うように触れるだけだというのに、堪えきれない吐息が漏れる。
 その心地よさに流されながら、ソルセは髪を束ねたゴムを解いた。はらはらと、秋に降る葉のように、背中を長髪が流れていく。

「……お客さん、髪、綺麗ですよね。こんなに長くて、染めてるのにさらさらしてる」

 青年の手が背中に回り、髪に触れながらも、背骨のくぼみをそっと撫でる。

「うん、気を遣ってるからね。……まあ、もういいんだけど」

 この長い金髪がトレードマークのようになっていたが、もう保つ必要がない。切っても構わないし、色を変えても、パーマをかけても、惜しむ者はいない。
 余計なことを考えはじめた理性を振り払って、青年の額にひとつ口づけを落とす。

「ねえ、お客さんじゃなくてソルセって呼んで」
「ソルセ、……さん。あ……俺はジュヌっていいます」

 名乗る青年の髪を手ぐしで梳く。仕事用なのか、ワックスでかためられた前髪がざくざくと手応えを返した。

「ジュヌか。いい名前だね」

 名前を呼び、弟を可愛がるかのごとく、頭を撫でる。
 ジュヌと名乗った青年は、少し照れくさそうに笑った。

「あの……失礼かもしれませんが、ソルセさんってすごく奇麗ですよね。店入ってきたときに驚きました。こんな美人がいるんだって」
「そう? ありがとう。あ、言葉遣いも楽にしてくれていいよ。べつに怒らないから」

 仮にも……いや、仮ではなく正しくアイドルだったのだ。見てくれは悪くはないだろう。女性のファンたちも、ソルは美人、と持て囃していたくらいなのだから。

「モデルが店にきたのかと思って。もしかして、当たってますか?」

 美人といわれたその小顔に、一八〇センチの長身だ。すらりと伸びた腕に脚……ジュヌがそう問うのもおかしいことはない。

「ふふ、外れ。俺はね、アイドルだよ」
「えっ」

 答えを与えながら甘やかに微笑めば、ジュヌが目を見開いて、驚きを隠そうともしない。

「アイドルって……アイドルが男漁りなんてしていいわけ?」
「……男漁りか、まあそうかもね。でも安心して、君が初めてだし、アイドルは今日辞めちゃったし」
「辞めた?」
「そう。お別れのイベントもなく、SNSでひっそり告知されるだけの脱退……だから……いろんなしがらみから解放された俺を、好きにしてくれて構わないから」

 ジュヌを抱き締めて、背中に重心を傾ける。
 そのままゆっくりと後ろへ倒れ、押し倒されたような形を作る。下ろした髪がシーツに零れて、蜘蛛の糸のように広がった。

「ね。細かいことは忘れてさ、楽しもうよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

旦那様、お仕置き、監禁

夜ト
BL
愛玩ペット販売店はなんと、孤児院だった。 まだ幼い子供が快感に耐えながら、ご主人様に・・・・。 色々な話あり、一話完結ぽく見てください 18禁です、18歳より下はみないでね。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

公開凌辱される話まとめ

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 ・性奴隷を飼う街 元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。 ・玩具でアナルを焦らされる話 猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。

ノンケの俺がメス堕ち肉便器になるまで

ブラックウォーター
BL
あこがれの駅前タワマンに妻と共に越した青年。 だが、実はそこは鬼畜ゲイセレブたちの巣窟だった。 罠にはめられ、ノンケの青年は男たちに陵辱される悦びに目覚めさせられていく。 多数の方に読んでいただき、心よりお礼申し上げます。 本編は完結ですが、番外編がもう少し続きます。 ご期待ください。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

処理中です...