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3,蜘蛛の罠①
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バーからさほど離れていないシティホテルの一室に、現実から逃げるように転がり込む。
ドアを閉めてすぐさま、バーテンダーの彼の背を扉に押し当てる。180センチメートルという長身のソルセと、青年の視線はさほど変わらない。だが、少しだけ見上げてくるその瞳がいじらしかった。
どちらからともなく顔を寄せて、唇を深く重ねる。温かい人の体温、わずかな呼吸、知らない匂い……なにもかもが、寂しい心を埋めようとするように、情欲をわきおこさせた。
「んっ、んん……」
重ねた唇の狭間から舌を差し込むと、ぬらぬらと絡められる。
もしもの醜聞を避け、デビューしたこの二年間は、恋愛はもちろんのこと、触れ合いも自制していた。ソルセのなかで、それが一気に沸騰したように衝動的に、名も知らぬ彼に触れる。
「はっ、ん……」
しかし意外にも、バーテンダーの彼も積極的だ。とはいえどこか不慣れで、探るように抱いてくる。ぎこちなく腰に巻き付く腕に、やはり可愛らしいという感情が募った。
「んん……君、キスうまいね」
「気持ちよかった、ですか?」
「うん。久しぶりで、たまらない……もっとちょうだい」
もう一度重ね合わせて、今度はソルセから彼の舌を吸う。ちゅう、と吸い上げてから、ソルセの口内へ導くように粘膜で扱く。はしたない水音が立ち、背筋に昂ぶりの波がぞくぞくと走った。
「うっ、んんっ、ふ……」
青年の首筋が震え、くぐもった吐息がもれる。
ゆっくり顔を離すと、ゆるく肩を上下させ、乱れた呼吸を整える。
「……ベッドいこうよ」
そうしてベッドに座ると、青年は思いがけず積極的に、首から鎖骨にかけて唇を触れた。濡れた唇が、ただ這うように触れるだけだというのに、堪えきれない吐息が漏れる。
その心地よさに流されながら、ソルセは髪を束ねたゴムを解いた。はらはらと、秋に降る葉のように、背中を長髪が流れていく。
「……お客さん、髪、綺麗ですよね。こんなに長くて、染めてるのにさらさらしてる」
青年の手が背中に回り、髪に触れながらも、背骨のくぼみをそっと撫でる。
「うん、気を遣ってるからね。……まあ、もういいんだけど」
この長い金髪がトレードマークのようになっていたが、もう保つ必要がない。切っても構わないし、色を変えても、パーマをかけても、惜しむ者はいない。
余計なことを考えはじめた理性を振り払って、青年の額にひとつ口づけを落とす。
「ねえ、お客さんじゃなくてソルセって呼んで」
「ソルセ、……さん。あ……俺はジュヌっていいます」
名乗る青年の髪を手ぐしで梳く。仕事用なのか、ワックスでかためられた前髪がざくざくと手応えを返した。
「ジュヌか。いい名前だね」
名前を呼び、弟を可愛がるかのごとく、頭を撫でる。
ジュヌと名乗った青年は、少し照れくさそうに笑った。
「あの……失礼かもしれませんが、ソルセさんってすごく奇麗ですよね。店入ってきたときに驚きました。こんな美人がいるんだって」
「そう? ありがとう。あ、言葉遣いも楽にしてくれていいよ。べつに怒らないから」
仮にも……いや、仮ではなく正しくアイドルだったのだ。見てくれは悪くはないだろう。女性のファンたちも、ソルは美人、と持て囃していたくらいなのだから。
「モデルが店にきたのかと思って。もしかして、当たってますか?」
美人といわれたその小顔に、一八〇センチの長身だ。すらりと伸びた腕に脚……ジュヌがそう問うのもおかしいことはない。
「ふふ、外れ。俺はね、アイドルだよ」
「えっ」
答えを与えながら甘やかに微笑めば、ジュヌが目を見開いて、驚きを隠そうともしない。
「アイドルって……アイドルが男漁りなんてしていいわけ?」
「……男漁りか、まあそうかもね。でも安心して、君が初めてだし、アイドルは今日辞めちゃったし」
「辞めた?」
「そう。お別れのイベントもなく、SNSでひっそり告知されるだけの脱退……だから……いろんな柵から解放された俺を、好きにしてくれて構わないから」
ジュヌを抱き締めて、背中に重心を傾ける。
そのままゆっくりと後ろへ倒れ、押し倒されたような形を作る。下ろした髪がシーツに零れて、蜘蛛の糸のように広がった。
「ね。細かいことは忘れてさ、楽しもうよ」
ドアを閉めてすぐさま、バーテンダーの彼の背を扉に押し当てる。180センチメートルという長身のソルセと、青年の視線はさほど変わらない。だが、少しだけ見上げてくるその瞳がいじらしかった。
どちらからともなく顔を寄せて、唇を深く重ねる。温かい人の体温、わずかな呼吸、知らない匂い……なにもかもが、寂しい心を埋めようとするように、情欲をわきおこさせた。
「んっ、んん……」
重ねた唇の狭間から舌を差し込むと、ぬらぬらと絡められる。
もしもの醜聞を避け、デビューしたこの二年間は、恋愛はもちろんのこと、触れ合いも自制していた。ソルセのなかで、それが一気に沸騰したように衝動的に、名も知らぬ彼に触れる。
「はっ、ん……」
しかし意外にも、バーテンダーの彼も積極的だ。とはいえどこか不慣れで、探るように抱いてくる。ぎこちなく腰に巻き付く腕に、やはり可愛らしいという感情が募った。
「んん……君、キスうまいね」
「気持ちよかった、ですか?」
「うん。久しぶりで、たまらない……もっとちょうだい」
もう一度重ね合わせて、今度はソルセから彼の舌を吸う。ちゅう、と吸い上げてから、ソルセの口内へ導くように粘膜で扱く。はしたない水音が立ち、背筋に昂ぶりの波がぞくぞくと走った。
「うっ、んんっ、ふ……」
青年の首筋が震え、くぐもった吐息がもれる。
ゆっくり顔を離すと、ゆるく肩を上下させ、乱れた呼吸を整える。
「……ベッドいこうよ」
そうしてベッドに座ると、青年は思いがけず積極的に、首から鎖骨にかけて唇を触れた。濡れた唇が、ただ這うように触れるだけだというのに、堪えきれない吐息が漏れる。
その心地よさに流されながら、ソルセは髪を束ねたゴムを解いた。はらはらと、秋に降る葉のように、背中を長髪が流れていく。
「……お客さん、髪、綺麗ですよね。こんなに長くて、染めてるのにさらさらしてる」
青年の手が背中に回り、髪に触れながらも、背骨のくぼみをそっと撫でる。
「うん、気を遣ってるからね。……まあ、もういいんだけど」
この長い金髪がトレードマークのようになっていたが、もう保つ必要がない。切っても構わないし、色を変えても、パーマをかけても、惜しむ者はいない。
余計なことを考えはじめた理性を振り払って、青年の額にひとつ口づけを落とす。
「ねえ、お客さんじゃなくてソルセって呼んで」
「ソルセ、……さん。あ……俺はジュヌっていいます」
名乗る青年の髪を手ぐしで梳く。仕事用なのか、ワックスでかためられた前髪がざくざくと手応えを返した。
「ジュヌか。いい名前だね」
名前を呼び、弟を可愛がるかのごとく、頭を撫でる。
ジュヌと名乗った青年は、少し照れくさそうに笑った。
「あの……失礼かもしれませんが、ソルセさんってすごく奇麗ですよね。店入ってきたときに驚きました。こんな美人がいるんだって」
「そう? ありがとう。あ、言葉遣いも楽にしてくれていいよ。べつに怒らないから」
仮にも……いや、仮ではなく正しくアイドルだったのだ。見てくれは悪くはないだろう。女性のファンたちも、ソルは美人、と持て囃していたくらいなのだから。
「モデルが店にきたのかと思って。もしかして、当たってますか?」
美人といわれたその小顔に、一八〇センチの長身だ。すらりと伸びた腕に脚……ジュヌがそう問うのもおかしいことはない。
「ふふ、外れ。俺はね、アイドルだよ」
「えっ」
答えを与えながら甘やかに微笑めば、ジュヌが目を見開いて、驚きを隠そうともしない。
「アイドルって……アイドルが男漁りなんてしていいわけ?」
「……男漁りか、まあそうかもね。でも安心して、君が初めてだし、アイドルは今日辞めちゃったし」
「辞めた?」
「そう。お別れのイベントもなく、SNSでひっそり告知されるだけの脱退……だから……いろんな柵から解放された俺を、好きにしてくれて構わないから」
ジュヌを抱き締めて、背中に重心を傾ける。
そのままゆっくりと後ろへ倒れ、押し倒されたような形を作る。下ろした髪がシーツに零れて、蜘蛛の糸のように広がった。
「ね。細かいことは忘れてさ、楽しもうよ」
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