左遷太守と不遜補佐 ―柳は青、花は赤―

佐竹梅子

文字の大きさ
上 下
36 / 42

赤髪の花婿・10

しおりを挟む
『太守さま! 私の体に足を乗せないでください!』
『はは、いいだろ。こうしてると安心するんだ』

寝台の上で逃げようとする青明に、じゃれるようにしつこく足を絡める。やめろと言うなら、青明こそ本当に振り払えばいいのだ。

『意味が分かりませんよ……それ以上くっつかないでくださいね』

そう言われながらも、赤伯はその体を抱き寄せて、どこもかしこも触れ合わせる。

『もう、知りません。寝ます』
『おい青明、せーいめーい』

嘘寝をする青明に構われたくて、わざとらしく名前を呼ぶ。それでも、青明は涼しい顔をして瞼を閉じていた。

『そっちこそ、もう知らないからな……』

赤伯は顔を傾けると、嘘寝令息の――唇に触れたのだった。

「っ……!」

自分の行動に驚いた赤伯は、慌てて体を起こす。しかし、そこに青明はいなかった。
天蓋の幕が落ち、薄暗い一人きりの寝台を認めて、赤伯は深く息を吐いた。先ほどの出来事はすべて、夢想の産物のようだ。

「……そっか……俺って、……青明のこと、好きなんだよな」

ぽつりと、自然と言葉が零れる。始めから分かっていたかのような、安らぎが胸に広がる。

はじめはきっと、支えてくれる頼もしさが心地よかった。窘められることさえも嬉しくて――けれどいつの間にか、共に在ることを心の底から望むようになっていた。

その感情を突き動かす言動の心がなんなのか、今の今まで分かっていなかったのだが。

「青明……」

窓を見ると、朝焼けが広がる夜明けだった。
太守としての一日が始まる前……翠佳が起こしに来る前に、この気持ちを彼に伝えなければならない。赤伯は寝巻の上に羽織を一枚だけかぶると、寝室を飛び出した。

門に向かって駆け寄ったところで、ふと人の走る音が背後に聞こえた。当直の見廻りか、とそちらを向く。

「ん?」

その視線が捉えたものは、まったく予想外のものだった。よく見慣れた薄水色の紗の布がひらめいて、館の裏手に消えていったのだ。

「あれって……青明の?」

件の人が、常に肩からかけている、飾りの羽織布に相違ない。
しかしこんな時間の太守館、それも裏手の方に、用事があるとはとうてい思えないが。かといって、迷い込んだわけでも、自分に会いにきたわけでもないだろう。

(どうして? 青明、来てたのか……?)

不審に思っていると――まだ薄暗い庭に、悲鳴が響き渡った。それは甲高く細い女性の悲鳴だった。嫌な空気が一瞬で頬をなぶっていく。

赤伯はとっさに、声のした方へ駆け出した。

「――っ! 青明っ?」

太守館の裏手側、人の目につかないところに倒れているのは、現補佐である翠佳だった。
早朝に咲く淡い蓮の色をした衣が、まるで散った花のように見えた。

「なっ……! 何があったんだ!」

慌ててその影に駆け寄ると、翠佳はうめき声をあげる。額には汗がにじみ、いつもは綺麗に整えられている結い髪は解けかけていた。

「おい! 翠佳、なにが……」
「……太守、様?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜

𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。 だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。 そこで出逢った簫 完陽に料理人を料理を教えてもらうことに。 そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?! 料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...