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赤髪の花婿・7
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「……だけど、俺に商いができるかなー。効率のいい特産品の洗い出しとか、結構苦手なんだよなあ」
「え? ですが前の都市ではうまくなさっていたと、うかがっておりますが」
「いやぁ、それはさ、青明がいたから」
赤伯は気まずそうに苦笑しながら、頭をかいた。適当に切られた前髪が揺れる。
「……青明様、ですか」
「そうそう。青明はそういうの得意だったから。まあそれだけじゃなくて、茶を淹れるのもうまいし、着替えも……って、あ、着替えは、出来てるけど!」
それを主張するように、赤伯はわざと衿元をぎゅっと直した。ここでこれ以上、翠佳に手伝う隙を与えるわけにはいかない。
「ふふ、太守様って本当に面白い方ですわね。ふふふっ」
「ええ? そうか? 面白いって……」
翠佳が笑えば、通りすがりの妙齢の男たちは釘付けだ。
しかし赤伯は特に気にも留めず――彼自身も妙齢の男ではあるが――店先に並んだ商品を指さした。
「おっ。なあ翠佳、これはなんだ?」
「はい。こちらは、この辺りでよく作られる組紐細工です。良質の絹を染めて――」
美しく編まれた飾り紐は、この都市では若者に人気らしい。やはり心芹に比べて、栄えている。
若者が装飾品に気を回せるということなのだから。
そのすばらしさを噛みしめながら、着任一日目は、こうしてあっという間に過ぎていったのだった。
◆ ◆ ◆
「なあ青明、あのさ……あ」
いないんだった。――と赤伯は寝台の上で寝返りを打つ。
新たな寝床は広々としていて、天蓋の幕までついている。
なんだか仰々しくて赤伯の趣味ではないが、派手好みの青明が気に入りそうな雰囲気だ。
「これなら余裕あるし、青明も寝られそうなのになー……って言っても、来ないか」
青明が言う通り、この都市の官吏ではない彼を、ここに迎えるのが不自然だということは理解できる。とはいっても、だ。
「立場って……こんなに私生活にまで関わってくるのか……」
地位と気持ちがうまく噛み合わない。彼らが本当の主従であったころ、寝食を共にすることは少なくなかった。
青明の住む鈴氏の邸宅は太守館の隣に並べられていたが、執務の詰まっていたときなどは、よく共寝をしたものだ。
『太守さま! 私の体に足を乗せないでください!』
寝相が悪くて、そんな風に怒られることもしばしば。
けれど寝相が悪いだけではなかった気がする。青明にくっついているとどこか安心して、よく眠れるのだ。
『なんだよ~、もうちょっとこっち寄れって』
『もう! あなたには節度というものはないん……うぐ』
わめき始めたら、益々腕と足を絡め引き寄せる。すると不思議と青明は静かになるのだ。
『おやすみ、青明』
そして穏やかな眠りへと、互いに落ちていくのだった。
「青明が……こんなに遠く感じるなんて」
もっと青明と一緒にいられると思ったのに。
新しい地で、珍しい食べ物を食べたり、きれいな物を見たり――笑って、怒って……人としての喜びも悲しみも、ともに分かち合えると信じていた。
「俺の考えが甘かったのかな。一緒にいる道って、本当に残されてないのか……?」
明日、朝いちばんに青明と話がしたい。そう願って、大きな寝返りを再び打つと、夜具に深々と包まり瞼を落とした。
「え? ですが前の都市ではうまくなさっていたと、うかがっておりますが」
「いやぁ、それはさ、青明がいたから」
赤伯は気まずそうに苦笑しながら、頭をかいた。適当に切られた前髪が揺れる。
「……青明様、ですか」
「そうそう。青明はそういうの得意だったから。まあそれだけじゃなくて、茶を淹れるのもうまいし、着替えも……って、あ、着替えは、出来てるけど!」
それを主張するように、赤伯はわざと衿元をぎゅっと直した。ここでこれ以上、翠佳に手伝う隙を与えるわけにはいかない。
「ふふ、太守様って本当に面白い方ですわね。ふふふっ」
「ええ? そうか? 面白いって……」
翠佳が笑えば、通りすがりの妙齢の男たちは釘付けだ。
しかし赤伯は特に気にも留めず――彼自身も妙齢の男ではあるが――店先に並んだ商品を指さした。
「おっ。なあ翠佳、これはなんだ?」
「はい。こちらは、この辺りでよく作られる組紐細工です。良質の絹を染めて――」
美しく編まれた飾り紐は、この都市では若者に人気らしい。やはり心芹に比べて、栄えている。
若者が装飾品に気を回せるということなのだから。
そのすばらしさを噛みしめながら、着任一日目は、こうしてあっという間に過ぎていったのだった。
◆ ◆ ◆
「なあ青明、あのさ……あ」
いないんだった。――と赤伯は寝台の上で寝返りを打つ。
新たな寝床は広々としていて、天蓋の幕までついている。
なんだか仰々しくて赤伯の趣味ではないが、派手好みの青明が気に入りそうな雰囲気だ。
「これなら余裕あるし、青明も寝られそうなのになー……って言っても、来ないか」
青明が言う通り、この都市の官吏ではない彼を、ここに迎えるのが不自然だということは理解できる。とはいっても、だ。
「立場って……こんなに私生活にまで関わってくるのか……」
地位と気持ちがうまく噛み合わない。彼らが本当の主従であったころ、寝食を共にすることは少なくなかった。
青明の住む鈴氏の邸宅は太守館の隣に並べられていたが、執務の詰まっていたときなどは、よく共寝をしたものだ。
『太守さま! 私の体に足を乗せないでください!』
寝相が悪くて、そんな風に怒られることもしばしば。
けれど寝相が悪いだけではなかった気がする。青明にくっついているとどこか安心して、よく眠れるのだ。
『なんだよ~、もうちょっとこっち寄れって』
『もう! あなたには節度というものはないん……うぐ』
わめき始めたら、益々腕と足を絡め引き寄せる。すると不思議と青明は静かになるのだ。
『おやすみ、青明』
そして穏やかな眠りへと、互いに落ちていくのだった。
「青明が……こんなに遠く感じるなんて」
もっと青明と一緒にいられると思ったのに。
新しい地で、珍しい食べ物を食べたり、きれいな物を見たり――笑って、怒って……人としての喜びも悲しみも、ともに分かち合えると信じていた。
「俺の考えが甘かったのかな。一緒にいる道って、本当に残されてないのか……?」
明日、朝いちばんに青明と話がしたい。そう願って、大きな寝返りを再び打つと、夜具に深々と包まり瞼を落とした。
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