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赤髪の花婿・5
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「それで? ……前補佐の方は、わざわざここまでお見送りに?」
穏やかな香りのする茶で唇を湿らせて、まっさきに問うたのは漣緋だった。
「いや、青明は俺が連れてきたんだ」
「太守様が……?」
首をかしげる翠佳と、微笑んで耳を傾けている漣緋。母子でも、反応は異なるらしい。
「あらあら! 新しい太守様はご友人を大切になさるお方なのですね。仁徳に満ちていらして、大変安心いたしましたわ」
漣緋の言葉と声色が、青明に刺々しく向かっていることを、赤伯は気付けていなかった。
ただ、ありがとうございます、と。いつものように、素直に破顔するばかりだ。
「おお、前のとこよりちょっと広めだな」
太守館の私室に、さほどない荷物を運び入れる。調度品の説明を簡単にしてくれたのは翠佳だった。
「太守様、本日はお疲れでしょうし、お休みされますか?」
「うーん。疲れてねえし、この辺見ておきたいかな。青明、荷物片付けたら一緒に……」
「――赤伯さま」
「ん?」
「わたし、宿をとりますので」
「え? なんで?」
「なんでと聞かれましても……わたしは補佐でもこの都市の官吏でもありませんので。こちらに滞在するわけにはまいりません」
はっきりとした口調で青明が言い切ると、彼らの視線は棘のようにぶつかった。
「青明……」
「ご安心なさって、青明様」
不穏な空気が流れ始めたそのとき、可愛らしい声が風を通すようにすり抜ける。
翠佳は瞳を輝かせ、青明に向かった。
「太守様は、わたくしがしっかりお支えします! そのために、母から任を継いだんですもの!」
おっとりとした娘は、奮起するように胸の前で小さな拳を握った。その様子は、年頃にしてはどこか幼い。
「青明様のようにはいかないかもしれませんが……わたくし、しっかり務めますわ、ふふっ」
希望に満ちた補佐の顔を見て、青明は静かに微笑むと、軽く頭を下げる。
「……補佐さま。どうぞよろしくお願いいたします」
「青明っ」
話を進める青明と翠佳に対し声を上げるものの、彼らは聞く耳を持たないようだった。
「あ、ちなみにこの人、たまにさぼって馬に乗りたがるので厳しく見張ってください」
「まあ……!」
「では、太守さま。失礼します」
青明はさっさと自分の荷物を持つと、外へ出ていってしまった。呆気なく閉まった戸が空しく瞳に映される。
「……さあ、では太守様。官服のお着替え、お手伝いいたしますわ」
「えっ! いや! 自分でできる! ……から!」
やる気に満ち溢れた補佐の言葉に、ぎょっとした赤伯は彼女を部屋の外へ追い出した。
そして諦めて、一人で着替えを始める。
「……なあ、この結び方で合ってるか? 青明……」
結び目が、みにくく歪んでいる。
「――俺、なんか、間違えたのか?」
その答えが返るはずもなく、着替えの衣擦れだけが響いた。
穏やかな香りのする茶で唇を湿らせて、まっさきに問うたのは漣緋だった。
「いや、青明は俺が連れてきたんだ」
「太守様が……?」
首をかしげる翠佳と、微笑んで耳を傾けている漣緋。母子でも、反応は異なるらしい。
「あらあら! 新しい太守様はご友人を大切になさるお方なのですね。仁徳に満ちていらして、大変安心いたしましたわ」
漣緋の言葉と声色が、青明に刺々しく向かっていることを、赤伯は気付けていなかった。
ただ、ありがとうございます、と。いつものように、素直に破顔するばかりだ。
「おお、前のとこよりちょっと広めだな」
太守館の私室に、さほどない荷物を運び入れる。調度品の説明を簡単にしてくれたのは翠佳だった。
「太守様、本日はお疲れでしょうし、お休みされますか?」
「うーん。疲れてねえし、この辺見ておきたいかな。青明、荷物片付けたら一緒に……」
「――赤伯さま」
「ん?」
「わたし、宿をとりますので」
「え? なんで?」
「なんでと聞かれましても……わたしは補佐でもこの都市の官吏でもありませんので。こちらに滞在するわけにはまいりません」
はっきりとした口調で青明が言い切ると、彼らの視線は棘のようにぶつかった。
「青明……」
「ご安心なさって、青明様」
不穏な空気が流れ始めたそのとき、可愛らしい声が風を通すようにすり抜ける。
翠佳は瞳を輝かせ、青明に向かった。
「太守様は、わたくしがしっかりお支えします! そのために、母から任を継いだんですもの!」
おっとりとした娘は、奮起するように胸の前で小さな拳を握った。その様子は、年頃にしてはどこか幼い。
「青明様のようにはいかないかもしれませんが……わたくし、しっかり務めますわ、ふふっ」
希望に満ちた補佐の顔を見て、青明は静かに微笑むと、軽く頭を下げる。
「……補佐さま。どうぞよろしくお願いいたします」
「青明っ」
話を進める青明と翠佳に対し声を上げるものの、彼らは聞く耳を持たないようだった。
「あ、ちなみにこの人、たまにさぼって馬に乗りたがるので厳しく見張ってください」
「まあ……!」
「では、太守さま。失礼します」
青明はさっさと自分の荷物を持つと、外へ出ていってしまった。呆気なく閉まった戸が空しく瞳に映される。
「……さあ、では太守様。官服のお着替え、お手伝いいたしますわ」
「えっ! いや! 自分でできる! ……から!」
やる気に満ち溢れた補佐の言葉に、ぎょっとした赤伯は彼女を部屋の外へ追い出した。
そして諦めて、一人で着替えを始める。
「……なあ、この結び方で合ってるか? 青明……」
結び目が、みにくく歪んでいる。
「――俺、なんか、間違えたのか?」
その答えが返るはずもなく、着替えの衣擦れだけが響いた。
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