25 / 42
左遷太守と不遜補佐・25
しおりを挟む
青明は太守館の一文官となり、二度と赤伯の前に姿を現わそうとはしなかった。
赤伯が執務室へ会いに行っても、拒絶するように、うまい具合に逃げられた。
くやしいことに、太守に補佐指名の権限はない。それは都合のいい人事とされ、不正であるという決まりであった。
補佐もまた世襲制をとっている場合がほとんどで、そちらも表向きは王が管理をしている。
……ようやく、ようやく青明と手を取り合い、前へ進めたと思っていたのに。
「ねえ、君が直接、僕にお茶を飲ませてくれたら嬉しいのだけど?」
「わ、私は太守様のお茶をかえにきただけで、補佐様のためにきたわけでは……!」
新しい補佐は終日、女官や、下手をすれば若い男の文官にまで声をかけては色を振りまいていた。
書簡の分類や墨の交換も、今の赤伯はすべて自分でしていた。多少は不便であったが、それでも政策の土台は既に出来ているため、仕事が滞ってしまうことはない。
しかし何よりも、赤伯は――。
「寂しいよ、青明」
本来は補佐を伴う視察も、一人で執り行っている。
一人で農場へ赴き、民に声をかけ、また一人で太守館に戻る。なんて寂しい道程だろう。決して遊んでいる訳ではないが、たどたどしい蹄の音と、それをからかうと冷たくあしらう声がもう聞けないのかと思うと、張り合いがない。
「はあ……戻ったよ」
「おかえり~」
本日も、紫明は執務室に持ち込んだらしい長椅子に横になり、だらだらと過ごしている。
こんな姿が灰明の耳に入ったらどうなるのだろう、と一瞬過ったが、それこそ野暮だと、胸の奥底にしまい込んだ。
「あっ、そういえば左遷太守君に、これを渡すのを忘れていたよ」
「なんだ? 異国の土産じゃないだろうな」
「ん~……惜しい、かもしれないね?」
懐から巻物を取り出すと、突き出すように赤伯に差し出した……ところで、赤伯はその巻物を見て固まった。これは王室で使われている柄だ。
「えっ……?」
慌てて開き、その文字を追う。
「異動? ひと月後に、太守異動?」
「はは。君もよほど忙しいねえ」
紫明の声は耳に入っていないのか、机に巻物を放りだすと、赤伯は官服が乱れるのも構わずに走り出した。
「おやおや……王の勅命を、乱暴にするなんて。いけないな」
彼もまた赤伯の同行は気にもせず、巻物をきれいに整えると、それに一つ、口づけを落とした。
「ふふ、僕の弟も面白いことになりそうですよ……陛下」
囁く紫明の瞳は、楽し気に揺れていた。
赤伯が執務室へ会いに行っても、拒絶するように、うまい具合に逃げられた。
くやしいことに、太守に補佐指名の権限はない。それは都合のいい人事とされ、不正であるという決まりであった。
補佐もまた世襲制をとっている場合がほとんどで、そちらも表向きは王が管理をしている。
……ようやく、ようやく青明と手を取り合い、前へ進めたと思っていたのに。
「ねえ、君が直接、僕にお茶を飲ませてくれたら嬉しいのだけど?」
「わ、私は太守様のお茶をかえにきただけで、補佐様のためにきたわけでは……!」
新しい補佐は終日、女官や、下手をすれば若い男の文官にまで声をかけては色を振りまいていた。
書簡の分類や墨の交換も、今の赤伯はすべて自分でしていた。多少は不便であったが、それでも政策の土台は既に出来ているため、仕事が滞ってしまうことはない。
しかし何よりも、赤伯は――。
「寂しいよ、青明」
本来は補佐を伴う視察も、一人で執り行っている。
一人で農場へ赴き、民に声をかけ、また一人で太守館に戻る。なんて寂しい道程だろう。決して遊んでいる訳ではないが、たどたどしい蹄の音と、それをからかうと冷たくあしらう声がもう聞けないのかと思うと、張り合いがない。
「はあ……戻ったよ」
「おかえり~」
本日も、紫明は執務室に持ち込んだらしい長椅子に横になり、だらだらと過ごしている。
こんな姿が灰明の耳に入ったらどうなるのだろう、と一瞬過ったが、それこそ野暮だと、胸の奥底にしまい込んだ。
「あっ、そういえば左遷太守君に、これを渡すのを忘れていたよ」
「なんだ? 異国の土産じゃないだろうな」
「ん~……惜しい、かもしれないね?」
懐から巻物を取り出すと、突き出すように赤伯に差し出した……ところで、赤伯はその巻物を見て固まった。これは王室で使われている柄だ。
「えっ……?」
慌てて開き、その文字を追う。
「異動? ひと月後に、太守異動?」
「はは。君もよほど忙しいねえ」
紫明の声は耳に入っていないのか、机に巻物を放りだすと、赤伯は官服が乱れるのも構わずに走り出した。
「おやおや……王の勅命を、乱暴にするなんて。いけないな」
彼もまた赤伯の同行は気にもせず、巻物をきれいに整えると、それに一つ、口づけを落とした。
「ふふ、僕の弟も面白いことになりそうですよ……陛下」
囁く紫明の瞳は、楽し気に揺れていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜
𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。
だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。
そこで出逢った簫 完陽に料理人を料理を教えてもらうことに。
そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?!
料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!
わがまま子息は七回目のタイムリープで今度こそ有能執事と結ばれる! ……かな?
大波小波
BL
上流階級・藤原家の子息である、藤原 昴(ふじわら すばる)は、社交界の人気者だ。
美貌に教養、優れた美的センスの持ち主で、多彩な才覚を持っている。
甘やかされ、ちやほやされて育った昴は、わがまま子息として華やかに暮らしていた。
ただ一つ問題があるとすれば、それは彼がすでに故人だということだ。
第二性がオメガである昴は、親が勝手に決めた相手との結婚を強いられた。
その屋敷へと向かう道中で、自動車事故に遭い短い人生を終えたのだ。
しかし昴には、どうしても諦めきれない心残りがあった。
それが、彼の専属執事・柏 暁斗(かしわ あきと)だ。
凛々しく、寡黙で、美しく、有能。
そして、第二性がアルファの暁斗は、昴のわがままが通らない唯一の人間だった。
少年以上・青年未満の、多感な年頃の昴は、暁斗の存在が以前から気になっていた。
昴の、暁斗への想いは、タイムリープを繰り返すたびに募る。
何とかして、何としてでも、彼と結ばれたい!
強い想いは、最後の死に戻りを実現させる。
ただ、この七回目がラストチャンス。
これで暁斗との恋を成就できなければ、昴は永遠に人間へ転生できないのだ。
果たして、昴は暁斗との愛を育み、死亡ルートを回避できるのか……?
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる