左遷太守と不遜補佐 ―柳は青、花は赤―

佐竹梅子

文字の大きさ
上 下
24 / 42

左遷太守と不遜補佐・24

しおりを挟む
「ああっ、勝手に入られては困ります!」

女官が何やら揉めているらしい。青明は戸に近づくと、怪訝な表情をして開いた。

「なにごとですか? 一体……うぐ」
「ああ! かわいいかわいい我が弟よ。大好きな兄さまのお帰りだよ」
「兄……っ?」

がたん、と音を立てて赤伯も立ち上がる。

「なるほど、君がこの都市を手懐けた左遷太守君、かな?」

青明を胸のうちに強く抱き締めたまま、珊瑚のような艶のある唇から問いを投げ掛けられる。

「んん……ぐっ、あに、さま……!」
「すまないね。久しぶりなあまり、手加減というものを忘れてしまったようで。痛かったかい?」

青明が確かに兄さまと呼んだ男は、希なる銀色の長髪をふわふわとなびかせて笑った。

「左遷太守君。僕は鈴紫明《りん・しめい》。まぎれもなく、僕が鈴氏の長男だよ」

吸い込まれるような紫色の瞳。
端は少し垂れているが、右目の下に浮かぶほくろが艶やかで、出で立ちの雰囲気はどこか青明に似たものを感じた。

しかし青明に兄がいたとは、一言も聞いたことがなかった。

そもそも鈴家の長は青明なのだから。

「ふふ、青明もしっかり驚いているね。そう、僕は異国の文化を学ぶのが好きでね」

言われてみれば、彼が着る装束は、このあたりでは見たことがない。
胸の中央で袷を留めた白い上衣に、脚にぴったりと吸い付くような細い穿き物。腰には装飾品のようなものをじゃらじゃらとぶら下げている。

「しかし……あちこちを巡っているうちに金が尽きてね。こうして帰郷をした次第だよ」

何も悪びれる様子もなく、飄々と彼は語った。
その手振りも、どこか大げさで芝居を見ているようだ。

「兄さま、おじいさまは……もう、あなたが戻られないとばかり」
「そうだね。おじいさまのお説教も食わないといけないな。青明も一緒に受けようね」

青明の兄――紫明はこれでもかというほど、青明を抱きしめたり撫でまわしたりと忙しない。
赤伯は、そんな鈴兄弟をただ眺めているしかできなかった。

「悪いけど、一度弟と帰らせてもらうよ」
「あ、兄さまっ、わたしは……!」

手を強く引かれ、足を踏み出した青明の戸惑う顔が、閉じられた戸に消えていった。

……それから、太守の身の周りが変わることに、さほど時間はかからなかった。

青明が家長と補佐の任を、紫明に返したのだ。

鈴氏の正統な次期家長は長男の鈴紫明だった。となれば本来、家長そして太守補佐の任は彼が担うものである。
青明は一時的に、兄の替わりを託されていたに過ぎなかったというのが、真相であった。

「これからよろしくね、左遷太守君」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜

𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。 だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。 そこで出逢った簫 完陽に料理人を料理を教えてもらうことに。 そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?! 料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...