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左遷太守と不遜補佐・17
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地方都市のこの惨状、それは導く太守の不在にあるのだろう。
土を耕すことを知らない貴族が赴任すれば、民は当然、すべき事、できる事を知ることができない。
広大な地方だからこそ、その部分をしっかりとしなければならなかったのだ。
できない結果が、追い剥ぎや賊といった流れ者を生んでいるのだろう。
「青明!」
「は、はい」
急に黙り込んだと思えば声を張って名を呼ばれ、補佐は少なからず戸惑う。
「この地域を開墾して、農場を作りたい!」
「……なんですって?」
「この都市下に農場を作るんだ! みんなが生き生き働いて、自分で食べるものを作る……これだけ広ければ流れ者の受け入れもできるはずだ」
赤伯はぐるりと見回して大きく息を吸う。
肥沃な空白地は、まだ続いている。
途中に川も流れているし、都市の本拠地周辺の村落からそこまで離れていない。
まず、やってみるにはうってつけの場所だ。
「これを、俺の着地点にしたい。そのために……俺に知恵を貸してくれ!」
「……わたしの、知恵を……」
本当に、夢のようなそんな話が成し遂げられるのだろうか。
もし、出来ずに共倒れになったら……考えるだけで恐ろしかった。太守に深入りをしてはいけない。
鈴の家を守らなくてはいけない。
「頼むよ……」
頭を下げることも知らないのか、赤伯は金色の瞳で青明を捉えたままだ。
「太守さま……わたしには……」
家を守る。それだけのために若くして心を冷やし、補佐とは名ばかりに太守の命が散るのを見てきた。
「…………わたしに、できるのでしょうか」
不意に口をついた言葉に、青明は驚くことも忘れて、その金色を真っ直ぐに見返した。
「できるに決まってる! 太守を支えるのが補佐なんだろ?」
「ええ……そう、ですね。やってみましょう、太守さま」
「よし! 太守館に戻って色々考えないとな!」
青明の胸中に、不安と温かさの二つが渦巻いた。しかし不思議と、嫌ではなかった。
「ん? こいつ……」
木に繋いだ馬の元へ戻ると、なにやら青明の乗っていた馬の具合が悪そうだ。
「どうした? 疲れたか?」
足を怪我したというわけでもなさそうだ。かといって病の気配も感じられない。
赤伯はじぃっと馬を見て、それから一瞬で体の向きを青明へ向けた。
「……えっ」
視線が高くあがり、なにが起こったのか、青明が理解するまでやや間があった。
「なっ! なにをしてるんですか!」
声色から察するに相当焦っているだろう。腰に腕を回され、縦に抱き上げられた青明は宙で軽くもがいた。
「ははっ、暴れるな暴れるな」
どこにそんな筋力を隠していたのか、意外にも赤伯は青明をしっかりと抱えている。
身長は確かに青明の方が低いのだが、そこまで大げさに差があるという訳でもない。
「……お前、見た目より重いな」
赤伯の言葉に、青明はついに絶句した。
「そ、そんなこと! ありません!」
「なんていうか、ここの馬の運動不足とお前の運動不足が重なった感じか?」
お前を乗せてきた馬が疲れてる。付け足された言葉に、青明ははっとした。
気性が強いとばかり思っていたが、あれは運動不足の馬に対して、運動不足の青明自身が重かった故なのか……。
「もっ、もういいです! 下ろしなさい!」
恥ずかしさのあまり、口調がくだけていることにも気付いていない。それも懇願ではなく、命令をしてしまっていることに。
「おいおい、太守さまに仕える身でそんな口聞いていいのか~?」
「う……あなたこそお忘れですか? わたしの簪のことを」
本末転倒だが赤伯の安定した抱えに、青明は少しだけ落ち着きを取り戻し、反撃ができることを思い出した。
土を耕すことを知らない貴族が赴任すれば、民は当然、すべき事、できる事を知ることができない。
広大な地方だからこそ、その部分をしっかりとしなければならなかったのだ。
できない結果が、追い剥ぎや賊といった流れ者を生んでいるのだろう。
「青明!」
「は、はい」
急に黙り込んだと思えば声を張って名を呼ばれ、補佐は少なからず戸惑う。
「この地域を開墾して、農場を作りたい!」
「……なんですって?」
「この都市下に農場を作るんだ! みんなが生き生き働いて、自分で食べるものを作る……これだけ広ければ流れ者の受け入れもできるはずだ」
赤伯はぐるりと見回して大きく息を吸う。
肥沃な空白地は、まだ続いている。
途中に川も流れているし、都市の本拠地周辺の村落からそこまで離れていない。
まず、やってみるにはうってつけの場所だ。
「これを、俺の着地点にしたい。そのために……俺に知恵を貸してくれ!」
「……わたしの、知恵を……」
本当に、夢のようなそんな話が成し遂げられるのだろうか。
もし、出来ずに共倒れになったら……考えるだけで恐ろしかった。太守に深入りをしてはいけない。
鈴の家を守らなくてはいけない。
「頼むよ……」
頭を下げることも知らないのか、赤伯は金色の瞳で青明を捉えたままだ。
「太守さま……わたしには……」
家を守る。それだけのために若くして心を冷やし、補佐とは名ばかりに太守の命が散るのを見てきた。
「…………わたしに、できるのでしょうか」
不意に口をついた言葉に、青明は驚くことも忘れて、その金色を真っ直ぐに見返した。
「できるに決まってる! 太守を支えるのが補佐なんだろ?」
「ええ……そう、ですね。やってみましょう、太守さま」
「よし! 太守館に戻って色々考えないとな!」
青明の胸中に、不安と温かさの二つが渦巻いた。しかし不思議と、嫌ではなかった。
「ん? こいつ……」
木に繋いだ馬の元へ戻ると、なにやら青明の乗っていた馬の具合が悪そうだ。
「どうした? 疲れたか?」
足を怪我したというわけでもなさそうだ。かといって病の気配も感じられない。
赤伯はじぃっと馬を見て、それから一瞬で体の向きを青明へ向けた。
「……えっ」
視線が高くあがり、なにが起こったのか、青明が理解するまでやや間があった。
「なっ! なにをしてるんですか!」
声色から察するに相当焦っているだろう。腰に腕を回され、縦に抱き上げられた青明は宙で軽くもがいた。
「ははっ、暴れるな暴れるな」
どこにそんな筋力を隠していたのか、意外にも赤伯は青明をしっかりと抱えている。
身長は確かに青明の方が低いのだが、そこまで大げさに差があるという訳でもない。
「……お前、見た目より重いな」
赤伯の言葉に、青明はついに絶句した。
「そ、そんなこと! ありません!」
「なんていうか、ここの馬の運動不足とお前の運動不足が重なった感じか?」
お前を乗せてきた馬が疲れてる。付け足された言葉に、青明ははっとした。
気性が強いとばかり思っていたが、あれは運動不足の馬に対して、運動不足の青明自身が重かった故なのか……。
「もっ、もういいです! 下ろしなさい!」
恥ずかしさのあまり、口調がくだけていることにも気付いていない。それも懇願ではなく、命令をしてしまっていることに。
「おいおい、太守さまに仕える身でそんな口聞いていいのか~?」
「う……あなたこそお忘れですか? わたしの簪のことを」
本末転倒だが赤伯の安定した抱えに、青明は少しだけ落ち着きを取り戻し、反撃ができることを思い出した。
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