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翌日の昼休み。佐々木がコーヒーを片手に自席に戻ってきた。
涼介は机に肘をつきながら、昨日のことを思い出していた。
「そういや、お前に言っとくことがあったわ」
「ん?」
佐々木が椅子に腰を下ろし、カップを回すように傾ける。
「昨日、例の家を買った客が来た」
「は? 何しに?」
「“面白いことが起きた”って報告しに来たらしい」
佐々木は、へぇ、と興味なさそうに眉を上げる。
「それで?」
「ひとりかくれんぼやったんだとよ」
「……は?」
一瞬、佐々木の手が止まった。
「マジかよ。あの家で?」
「そう」
「馬鹿じゃねぇの、そいつ」
「お前も大概だろ」
「まあな」
佐々木は苦笑しながらカップを傾ける。
「で?出たって?」
「まあ。ラップ音と、部屋が赤くなってる写真なんかが撮れたって」
「なかなかじゃねぇか。家まで買った甲斐があってよかったな」
くつくつと笑う佐々木。涼介はその横で、書類をめくりながら、ふと口を開いた。
「なあ。お前、最近彼女できたって噂になってるぞ」
佐々木の手が止まる。
「……は?」
「いや、事務の連中が言ってた。最近、特定の女と落ち着いたらしいって」
「ねぇよ、そんなもん」
佐々木は眉をひそめて、スマホをポケットに突っ込んだ。
「……そっか。でも、何か思い当たることは?」
「思い当たるっつーか……」
佐々木はコーヒーを一口飲み、ぼそっと言った。
「まあ、たしかに朝起きたらベッドに長い髪が落ちてたことはあるから、もしかしたらそいつかもな」
「……」
冗談めかして言ったつもりなのか、佐々木は軽く笑った。
だが、涼介は笑えなかった。
「なんだよ、その顔」
「……いや、なんでもねぇ」
涼介は無理にコーヒーを流し込み、目を逸らした。
「最近、変な夢を見るんだよな」
佐々木がぽつりと言った。涼介は書類に目を落としたまま、適当に相槌を打った。
「夢? どんな?」
「……暗い部屋の中で、誰かが至近距離で俺を見てる」
涼介の手が止まる。
「……誰かって?」
「分からん。顔は見えないんだけど、めちゃくちゃ近いんだよ。気配だけは分かる」
佐々木は、軽く肩をすくめた。
「しかもさ、長い髪が顔に触れる感触で目が覚めるんだよ。妙にリアルでさ……」
涼介は、喉の奥に冷たいものを感じた。
——それ、俺が“あの夜”に見た光景と同じじゃないか。
「……まあ、疲れてるんじゃねぇの?」
努めて軽く流すように言うと、佐々木は「かもな」とあっさり返した。
だが、話はそこで終わらなかった。
「あとさ、最近鏡見ると、自分の顔がちょっとだけ遅れて動く気がするんだよな」
涼介は、表情を崩さないようにしながら、佐々木を見た。
「は?」
「いや、気のせいだと思うんだけど……例えば、髪を直すときに鏡を見るだろ? そのとき、手は動いてんのに顔が一瞬止まってる気がするんだよ」
「それ、お前の反射神経が鈍ってるだけじゃねぇの?」
「ならいいんだけどな」
佐々木は苦笑し、コーヒーを飲んだ。
涼介は何も言わなかったが、内心ではじわじわと冷たい不安が広がっていた。
——こいつ、本当に“佐々木”なのか?
その考えが頭をよぎるたびに、自分がバカげた妄想をしているようで、慌てて振り払う。
しかし、次の瞬間、その違和感が決定的なものになった。
佐々木が、何気なく言った。
「なぁ、俺って右利きだったっけ?」
涼介は、思わず顔を上げた。
「……は?」
「最近、字を書いてて思ったんだけど、なんか右手のほうがしっくりくるんだよな」
「お前、左利きだろ」
「だよなぁ」
佐々木は、不思議そうに自分の手を眺めた。
「……まあ、いいか」
あっさりと言って、ペンを持ち直す。
涼介は、じわりと手汗が滲むのを感じた。
涼介は机に肘をつきながら、昨日のことを思い出していた。
「そういや、お前に言っとくことがあったわ」
「ん?」
佐々木が椅子に腰を下ろし、カップを回すように傾ける。
「昨日、例の家を買った客が来た」
「は? 何しに?」
「“面白いことが起きた”って報告しに来たらしい」
佐々木は、へぇ、と興味なさそうに眉を上げる。
「それで?」
「ひとりかくれんぼやったんだとよ」
「……は?」
一瞬、佐々木の手が止まった。
「マジかよ。あの家で?」
「そう」
「馬鹿じゃねぇの、そいつ」
「お前も大概だろ」
「まあな」
佐々木は苦笑しながらカップを傾ける。
「で?出たって?」
「まあ。ラップ音と、部屋が赤くなってる写真なんかが撮れたって」
「なかなかじゃねぇか。家まで買った甲斐があってよかったな」
くつくつと笑う佐々木。涼介はその横で、書類をめくりながら、ふと口を開いた。
「なあ。お前、最近彼女できたって噂になってるぞ」
佐々木の手が止まる。
「……は?」
「いや、事務の連中が言ってた。最近、特定の女と落ち着いたらしいって」
「ねぇよ、そんなもん」
佐々木は眉をひそめて、スマホをポケットに突っ込んだ。
「……そっか。でも、何か思い当たることは?」
「思い当たるっつーか……」
佐々木はコーヒーを一口飲み、ぼそっと言った。
「まあ、たしかに朝起きたらベッドに長い髪が落ちてたことはあるから、もしかしたらそいつかもな」
「……」
冗談めかして言ったつもりなのか、佐々木は軽く笑った。
だが、涼介は笑えなかった。
「なんだよ、その顔」
「……いや、なんでもねぇ」
涼介は無理にコーヒーを流し込み、目を逸らした。
「最近、変な夢を見るんだよな」
佐々木がぽつりと言った。涼介は書類に目を落としたまま、適当に相槌を打った。
「夢? どんな?」
「……暗い部屋の中で、誰かが至近距離で俺を見てる」
涼介の手が止まる。
「……誰かって?」
「分からん。顔は見えないんだけど、めちゃくちゃ近いんだよ。気配だけは分かる」
佐々木は、軽く肩をすくめた。
「しかもさ、長い髪が顔に触れる感触で目が覚めるんだよ。妙にリアルでさ……」
涼介は、喉の奥に冷たいものを感じた。
——それ、俺が“あの夜”に見た光景と同じじゃないか。
「……まあ、疲れてるんじゃねぇの?」
努めて軽く流すように言うと、佐々木は「かもな」とあっさり返した。
だが、話はそこで終わらなかった。
「あとさ、最近鏡見ると、自分の顔がちょっとだけ遅れて動く気がするんだよな」
涼介は、表情を崩さないようにしながら、佐々木を見た。
「は?」
「いや、気のせいだと思うんだけど……例えば、髪を直すときに鏡を見るだろ? そのとき、手は動いてんのに顔が一瞬止まってる気がするんだよ」
「それ、お前の反射神経が鈍ってるだけじゃねぇの?」
「ならいいんだけどな」
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——こいつ、本当に“佐々木”なのか?
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「……は?」
「最近、字を書いてて思ったんだけど、なんか右手のほうがしっくりくるんだよな」
「お前、左利きだろ」
「だよなぁ」
佐々木は、不思議そうに自分の手を眺めた。
「……まあ、いいか」
あっさりと言って、ペンを持ち直す。
涼介は、じわりと手汗が滲むのを感じた。
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