冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん

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カスパルが再びエステラ家を訪れるようになったのは、ヴィクターが去ってから数日後のことだった。その日は珍しく、庭園ではなくミーシャの書斎に通されていた。ミーシャは書棚に並ぶ本を眺めながら椅子に腰掛け、少しばかり柔らかい表情でカスパルを迎えた。

「どうぞ、お座りください。今日は庭には出たくないので」

カスパルは彼女の声にわずかに驚いた。これまでなら「お好きなように」という冷たい態度で終わるところだったが、どこか受け入れる空気が感じられたからだ。

「分かったよ。室内で君と話すのも悪くない」

彼は軽い口調で椅子に腰掛けたが、その視線は真剣だった。

ミーシャはしばらく無言で本を手に取り、その表紙を撫でていた。カスパルはそんな彼女の様子を静かに見つめていたが、やがて口を開いた。

「君、少し変わったよな」

ミーシャは視線を本から外し、彼を見た。「そう見えますか?」

「見えるさ。以前の君は、まるで誰も寄せ付けない冷たい壁みたいだった。でも今は少しだけ柔らかくなった。何があったんだ?」

ミーシャは小さく微笑んだ。それは自分でも意識していなかった笑みだった。

「きっと、何かが少しだけ軽くなったからでしょうね」

その答えにカスパルは驚きながらも、心の奥に安堵を覚えた。彼がこれまで必死に揺さぶろうとしていたミーシャの殻が、自分では気づかぬうちに少しずつひび割れを見せ始めている。それを感じ取ると、彼の胸にあった焦りは不思議と薄れていった。

それからの日々、カスパルの態度は変わり始めた。彼はもはや無理にミーシャの心を暴こうとはしなかった。代わりに、彼女のそばに寄り添うことを選んだ。

庭園での静かな時間、書斎での短い会話、そして彼女が時折漏らす言葉――カスパルはそのすべてを受け止めるように振る舞った。それは、彼自身がこれまで持ち得なかった「包み込む」という形の関係だった。

ある日、庭園で刺繍をするミーシャに彼が問いかけた。

「最近、君が微笑むことが増えた気がするんだ。それって、僕が少しは役に立ってるってことかな?」

ミーシャは針を動かしながら、小さく答えた。「そうですね。あなたのおかげかもしれません」

その言葉を聞いたカスパルは、心の奥で何かがじんわりと満たされるのを感じた。彼女が自分を受け入れ始めている――その事実が、これまでの焦りを消し去り、穏やかな喜びを彼にもたらしていた。

リナはその二人の変化に気づいていた。カスパルが以前のようにミーシャを強引に揺さぶろうとするのではなく、穏やかに寄り添う姿に驚きを覚えつつも、どこか面白がっている様子だった。

「お姉さま、本当に変わったわね」ある日の夕方、リナはミーシャにそう言った。

「変わった、ですか?」

「ええ。あんなに硬い殻に閉じこもってたのに、最近は少し柔らかくなった気がするわ。それも、カスパル様のおかげかしら?」

ミーシャは少しだけ微笑みを浮かべた。「…そうかもしれませんね」

その答えを聞いたリナは、大きく目を見開きながら口元を抑えた。「まさか、お姉さまがそんなこと言うなんて!これはすごいわ。カスパル様、本当にあなたのこと好きみたいだし、お姉さまも…」

「リナ、それ以上言わないでください」

ミーシャの静かな声に、リナは軽く肩をすくめた。「分かったわよ。でも、お姉さまが幸せになるのなら、それでいいの」

それからの日々、カスパルとミーシャの関係は静かに進展していった。以前のような緊張感や衝突は消え、そこには穏やかで心地よい距離感が生まれつつあった。

ある夜、カスパルはエステラ家を離れる前にミーシャに問いかけた。

「君はこれからどうしたいんだ?何か望むものがあるなら、僕に教えてほしい」

ミーシャはしばらく考え込んだ後、静かに答えた。「まだ分かりません。でも…もう少しだけ、このままでいたい気がします」

その言葉を聞いたカスパルは、満足そうに微笑んだ。「分かった。君がその答えを見つけるまで、僕はここにいるよ」

その言葉には、彼の新たな決意が込められていた。彼はもはやミーシャを急かそうとはしない。ただ、彼女が自分の足で歩き始めるまで、そばで見守るつもりだった。
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