冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん

文字の大きさ
16 / 27

16

しおりを挟む
翌日、カスパルはいつも以上に意気込んだ様子でエステラ家を訪れた。彼の中でミーシャへの執着ともいえる感情は日に日に強まっていた。彼女の殻をこじ開け、感情を引き出したいという欲望。それが自分自身をも苦しめていることに気づきながらも、引き返す気はなかった。

庭園では、いつものようにミーシャが刺繍をしていた。淡い日差しに照らされながら、彼女は無表情で針を動かしている。カスパルはその光景に足を止め、しばらくの間、彼女を見つめていた。冷たい空気を纏う彼女の姿は、どこか美しさすら感じさせた。

「また刺繍かい?君って本当にそればかりだよな」カスパルは軽口を叩きながら近づいた。

ミーシャは針を止めることなく、静かに答えた。「それしかすることがないので」

「本当に、それだけか?」カスパルは彼女の隣に腰を下ろし、じっと顔を覗き込んだ。「君はそれで満足しているつもりなんだろうけど、僕にはどうしてもそうは見えない」

ミーシャは短く息をつき、彼に目を向けた。「私がどう見えようと、あなたには関係ありません」

その冷たい言葉に、カスパルは微かに笑った。「そう言われると、ますます興味が湧くんだよ。君が何を考えているのか、何を感じているのか。それが見えないから、僕は君を放っておけない」

ミーシャが再び刺繍に集中しようとしたそのとき、カスパルは彼女の手元から布を取り上げた。彼女は驚いたように顔を上げたが、すぐに冷静な表情に戻った。

「何をしているんですか?」

「君が刺繍ばかりしているから、僕も少し退屈になってきたんだよ。だから、今日はこれをやめて、僕と話をしてもらおうと思ってね」

「話すことなどありません」

「そうかもしれない。でも、僕はあるんだ」カスパルは布を手に持ったまま、彼女の目をじっと見つめた。「君は何も感じないふりをしてるけど、本当は違う。君の中には怒りも悲しみも残ってるはずだ。それをただ閉じ込めているだけだ」

ミーシャは視線をそらし、静かに言った。「何も感じていないのなら、それで終わりです」

「終わり?君はそれでいいのか?」カスパルの声が少しだけ低くなった。「本当に、それでいいのか?」

彼の言葉に、ミーシャは一瞬だけ動きを止めた。その問いは、彼女がこれまで自分自身に向き合わないようにしていたものだった。

「…どうして、そんなことを言うんですか?」ミーシャの声は小さく、そしてかすかに震えていた。その反応を見たカスパルは、彼女の心の殻に小さなひびが入ったことを感じた。

「君を揺さぶりたいんだ。君が本当に何も感じていないというのなら、それを壊してみせたい。もし君が本当に何もない人間なら、それを確かめたいんだ」

その言葉に、ミーシャは視線を伏せた。そして、いつもの無表情の奥に隠された何かが、少しだけ揺れているのを感じた。

「私は壊れています。それを直そうなんて、無駄なことです」

「壊れたままでもいい。でも、その中にまだ君自身が残っているなら、僕はそれを見つけたいと思ってる」

カスパルの言葉には、これまでにない真剣さがあった。ミーシャはその瞳を見て、かつてヴィクターの冷たい瞳を見たときには感じなかった何かを覚えた。それが何なのかは分からない。ただ、その瞬間、自分が僅かに揺れていることだけは自覚していた。

その夜、カスパルはエステラ家を後にした後も、庭園でのやり取りを思い返していた。彼がミーシャを揺さぶりたいという欲望は、もはや単なる好奇心ではなかった。彼女の心を掴み、壊れた殻の中から本当の彼女を引き出したいという強い執着に変わりつつあった。

「壊れた彼女をそのまま放っておくなんて、僕にはできない。彼女が感じる痛みも怒りも悲しみも、全て引きずり出してみせる。それがどんな結果を招こうとも」

カスパルはそう胸に誓った。その歪んだ恋心が、自分の中で制御不能なまでに膨れ上がりつつあることを感じながらも、彼はその道を進むことを決めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

処理中です...