お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん

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ヴァルター公爵邸。

広々とした書斎の窓から、夕陽が差し込んでいた。

レティシア・フォン・エーデルシュタインは、机に広げた資料に目を落としながら、公爵家の仕事を確認していた。

「……なるほど。公爵領の小作農たちへの支援策、今期の予算ではこの程度の余裕があるのですね」

彼女は丁寧に計算しながら、報告書を整理していく。

そこへ、ヴァルターが静かに入ってきた。

「随分と熱心に取り組んでいるな」

レティシアは顔を上げ、微笑む。

「ええ、公爵夫人になるからには、最低限の仕事は覚えなくてはなりませんもの」

ヴァルターは、彼女のそばまで歩み寄り、机に並べられた書類を一瞥する。

「すでに”最低限”の域は超えているように見えるがな」

「まあ、夫人としての役割を果たすには、これくらいは当然ですわ」

レティシアの言葉に、ヴァルターは満足げに微笑む。

「公爵家の財務や領地管理について、理解が早いのは助かるな」

「あなたの働きが、いかに公爵領にとって大きなものか……書類を見るだけでも分かりますわ」

レティシアは、彼の方を見つめる。

「私は、あなたの助けになりたいのです。夫人としてだけでなく、公爵としてのあなたの負担を少しでも軽くしたい」

ヴァルターは、彼女の言葉を静かに聞きながら、机に手をついた。

「……レティシア」

彼の低い声が、静かな部屋に響く。

「私のそばに立つことが、思ったよりも大変なことだと気づいたか?」

「ええ、覚悟はしておりますわ」

レティシアの表情には、微塵の迷いもなかった。

「公爵家の夫人になるということは、ただ華やかな立場に甘んじることではありません。私は、あなたと共に”この家”を支えるつもりです」

彼女の毅然とした言葉に、ヴァルターはわずかに目を細める。

「……お前は、実に強いな」

「私が強いのではなく、あなたが信頼に値する方だからですわ」

レティシアは、そう言って微笑んだ。

「それに、公爵様のような方が私を選んでくださったのですもの……私が弱いままでいるわけにはいきませんわ」

ヴァルターは、その言葉を聞くと、軽く肩をすくめる。

「……そうか」

彼は、レティシアの手を取った。

「ならば、覚悟しておけ。お前はこれから、公爵夫人として私の隣を歩くことになる」

「もちろん、その覚悟はできておりますわ」

レティシアは、ヴァルターの手をしっかりと握り返した。

——二人の間にあるのは、単なる婚約ではない。

それは、お互いに“伴侶”として共に歩む決意だった。


結婚式の準備が進む中、レティシアはヴァルターとともに庭園を歩いていた。

季節は春へと移り変わり、満開の薔薇が公爵邸を彩っている。

「……公爵様」

レティシアが呼びかけると、ヴァルターは立ち止まった。

「何だ?」

「私は、公爵夫人としてやっていけるでしょうか?」

彼女の声には、ほんの少しだけ不安が滲んでいた。

ヴァルターは、そんな彼女の表情をじっと見つめた。

「お前はすでに、公爵夫人としての素質を備えている」

「……でも、私はまだ正式に夫人になったわけではありませんわ」

「それがどうした?」

ヴァルターは、静かに言葉を紡ぐ。

「お前は、すでに私の伴侶だ。結婚式はただの形式にすぎない」

「……」

レティシアは、彼の言葉を噛みしめる。

彼の隣に立つことに、不安がないわけではない。
だが、それ以上に——彼のそばにいることが、心地よかった。

「ありがとう、ヴァルター様」

彼女は、そっと彼の腕に手を添える。

「結婚式が待ち遠しいですわ」

ヴァルターは、わずかに口元をほころばせた。

「そうだな。お前が私の妻となる日が、待ち遠しい」

二人の歩みは、穏やかに庭園の奥へと続いていく。

——この結婚は、決して義務ではない。

それは、確かな信頼と覚悟に基づいたものだった。
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