18 / 42
18 ミーシャを補給しないといけない
しおりを挟むハイネさんに防護魔法の状態について確認してもらって、念の為に王宮の警備担当の方に魔法を掛け直してもらった。結界の一部が弱まっていた原因はわからないけれど、一先ずこれで問題ないだろう。
そして、猫の姿で気ままに振る舞うクロードを日々観察している事もあってか、前よりも猫に対する解像度が上がった気がする。
私はアーサーの私室でアーサーと戯れながらそう考えていた。
「ほら、ミーシャ。いくぞ~」
「う~」
アーサーは棒を手にしている。棒に紐がついてその先に魚が括り付けられている、猫の狩猟本能を刺激するタイプのおもちゃだ。
アーサーはそれをカシャカシャ、シャカシャカと細かく振り、私はそれを爛々と光る目で追った。
今の私は猫だ。
鳥やら虫やらをハンティングする、クロードと同じ猫なのだ。
「よしよし、ミーシャ。……はあ!」
「――!」
アーサーがギリギリまでおもちゃで引き付け、そしてばっと引いた。
私は獲物を捉えようとするが、逃げていくおもちゃの方がギリギリ速く、獲物が消えた事を察して床にへたりこんだ。
アーサーがおもちゃを床に置いて、笑顔で私の髪を撫でた。
「よーしよしよし。頑張ったな、ミーシャ。運動して疲れただろうからお茶を入れよう」
「あ、殿下。お忙しいでしょうからお気遣いなく。私はそろそろ退室しますので……」
「……!?何故だ。折角来てくれたんだから時間の許す限りここにいてくれてもいいじゃないか。今日は予定の無い日なのだから。……あ、だが……ミーシャが外に出てやりたい事があるのなら、強制は出来ないが……」
「……あの。ですけど、そこに読みかけの本が沢山あって……、殿下はそちらに集中したいのでは?」
アーサーの部屋を訪れた時、アーサーは机で本を読んでいた。だから帰ろうとしたのだが、アーサーに出迎えられて、おもちゃを取り出されて今に至る。
一日一回は触れ合いたいというアーサーの要望が頭にあったから、それには従った。でも、触れ合いが一段落したら帰った方がいいのではないかと思ったのだが……。
そう思って質問したけど、アーサーは首を振る。
「ミーシャ。確かに俺は本を読んでいた。普通に考えれば本に集中したいものだと思えるかもしれない。だが、俺は猫のいる部屋に来たんだぞ?」
「はあ」
「猫のいる部屋で本を読むというのは、それはもう、猫に邪魔されたいという願望の裏返しだといってもいい。だから俺の事はどんどん邪魔してくれて構わない。むしろそれが本望なのだ」
「そ、そうなのですか……」
ほわほわと輝きを身に纏いながらアーサーが熱弁する。
……考えてみれば、アーサーが本気で読書をしたいと思うのならば、それ専用の部屋はいくらでもあるのだろう。ここに来る時点で猫と触れ合いたいという気持ちがあるというのは、まあおかしくはないのか。
……今日は、アーサーとずっと一緒にいられるんだ。
時間があるなら――と、私は荷物からあるものを取り出す。
「殿下。その、前から殿下に渡したいと思っていたものがあったのです。……確認してくださいますか?」
「?ああ。……!こ、これは……!」
目を見開くアーサーを見て、私の口元は緩む。初めての試みだったからうまくいくかどうか不安だったけど、やはり作ったものを喜んでもらえると嬉しくなるものだ。
私は咳払いをして説明する。
「私、前に王都の猫がいる店に行ってきたんです。そこで、猫の抜け毛でぬいぐるみを作ってみたらどうだろうと思いまして。店の人にお願いして抜け毛を集めてもらって、それで作ったんです」
「むう……」
「どうですか?猫と直接会うのは駄目でも、これなら……」
「う、うう……。ううううう」
「……あれっ!?」
両手でぬいぐるみを包んでいたアーサーは、やがてぶるぶると震えだした。ぬいぐるみを取り落とし、胸に手を当ててふらふらと床に座り込む。
私は座り込んだアーサーを抱きとめ、必死に声をかけた。
「で、殿下……!大丈夫ですか!?わ、私のぬいぐるみのせいで……!?」
「……ミーシャ。あのぬいぐるみはまことにふわふわで、触っていて心地のいいものだが……、どうやら、猫の抜けた毛でも呪いは発動するようだな……」
「そ、そうなのですか。……すみません!余計な事をしてしまいました!」
「……そんなに落ち込まないでくれ。ミーシャが俺の為にプレゼントしてくれたものというだけで俺は嬉しいよ。あのぬいぐるみはケースにしまって保存しておく事にしよう」
「……申し訳ありません。猫の呪いがどこまで根を張っているものなのかわからず……。あ、そうだ。それなら、私が見てきた猫の話でもしましょうか」
「猫の……話」
「そうです。流石に思い出話をするだけなら呪いは発動しないですよね?」
「ふ、ふふ。ふふふふふ」
「!?」
アーサーは笑みを浮かべつつも、その顔色はどんどん青ざめている。私は彼の肩を抱きとめながら慌てて聞いた。
「……も、もしかして……猫の話をするのも駄目なんですか!?呪いとはそんなにも強力なものなのですね……」
「いや、違う。これは俺の精神状態の問題だ」
「精神状態……!?」
「……例えば、料理を食べられない状態で美味しいご馳走の話をされたら、どう思うか。場合によっては更に腹が空く者もいるだろう。俺はそういうタイプの人間なんだ……。ミーシャが猫と触れ合うのは喜ばしい事だが、それは俺には話さずに心に留めてくれると俺は嬉しい」
そうなんだ……。
という事は、店の猫たちの事は勿論、クロードの事も話さない方がいいんだろうな。
私は時折森に行っては仕事がてらクロードに会って、ご飯を渡したり、撫でたりブラッシングしたりと様々な交流をしている。でも、その事は胸にしまっておかなきゃ……。
私はそう決意して、アーサーに答える。
「わかりました。すみません。また余計なことを……」
「そう悲しい顔をしないでくれ。それよりも……ミーシャ。今は、君に触れたい」
「わ。私……?」
「君に触って猫分を補充したら、弱まった魔力も回復するだろう……」
「では……殿下!私に触れてください!」
「ああ!」
アーサーは頷き、私を抱き直し、わしゃわしゃ、わしわし、なでなでなでと私の頭に触れた。触れ倒した。アーサーの血色はみるみるうちにつやつやになっていき、辺りにはきらきらと輝きが満ちている。
異様といえば異様な光景だが、今の私にとっては満たされるような感覚がした。
――アーサーが元気を取り戻すなら、それに越した事はない。
にこにこしながら私をモフモフとするアーサーを見ていると、自然と私の方も笑みが溢れてくる。
……信頼している飼い主と接している猫というのはこのような感覚なのだろうか。
私は猫、アーサーの猫。
アーサーの猫なら――、こちらからアーサーに触れてもなんら問題は無いだろう。
頭の片隅でそう考えて、私の指は自然とアーサーの方に伸びて――。
――トントン。
「!」
部屋の扉をノックする音がして、私の頭を撫でていたアーサーはばっと姿勢を正した。
「すまない。急用のようだ。ミーシャはここにいてくれ」
「……は、はい。わかりました」
扉を開けたアーサーは、外で何者かと話し込んでいるようだ。そして、服装を正しながら切羽詰まった様子で言う。
「……どうやら厄災が発生したらしい。俺は至急出ることにする」
「そ……そうなのですか!?」
「帰りがいつになるかわからない。ミーシャは自由に過ごしていてくれ」
そう言い残すと、アーサーはばたばたと外に飛んでいった。
12
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる