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15 ふわふわの猫の保護をする
しおりを挟む王宮の今日の天気は晴れ。
だけど、ここにいるとあちこちに背の高い植物があって、日差しをいい感じに遮ってくれる。一応帽子を持ってきたけど、必要無かったかもしれない。
――ここは王宮の近くにある森だ。
リズリーに出会ったあの日から、私はハイネさんにある提案をしていた。
アーサーとの仕事は待ち時間が多い。
アーサーがいない時に何か王宮で出来るような仕事があれば私に回して欲しい。
私が村でやっていた仕事の事も考慮して、王宮近くの森の調査に出向く事になった。
王宮の中には庭師によって管理されている庭園があるが、建物の近くにはそれとは別に自然の森が存在するのだ。複雑な地形を持つこの森が存在する事によって、争いが起きた時に王宮に攻め込む陣営を足止めする事が出来、こちらの軍の体制を調えられるという理由から、この森は切り倒される事もなくあまり人の手が入っていないらしい。
王宮の森や植物は、博物館で将来的に展示を行ったり、研究室で植物の研究をする事に役立つため、定期的にサンプルを取得して研究材料として各地に渡してきた。だが普段の政治や災厄に対する備えに比べると優先度が低い仕事の為、近年では疎かにされてきたのだという。
私の副業は、空き時間に森の調査を行い、サンプルとなる植物を取る事だ。
という訳で王宮近くの森に来たのだが、国防の為になるという触れ込みは伊達ではなく、鬱蒼と茂る木々が何処までも広がっていた。足元も様々な草木が生え、普通に歩くのも一苦労するような土地だ。
でも、私は農家の仕事を手伝っていた事もあって、自然の中で歩くのには慣れている。虫や鳥の鳴く声を聞きながら草木のサンプルを取るのも中々楽しい作業だった。
……こちらの作業を専業の仕事にしてもいいと思えるくらい、性に合ってるかも。
リズリーの話を聞いた上で、私も彼女のように何かの研究に役立ちたいと思った。直接研究をする訳ではなくとも、素材を提供することで役に立てるなら私にとっては喜ばしかった。
今は猫役で王宮に雇われているけれど、他の場所で仕事を見つける時はこちらの作業について話せればいい。そのためには、こちらの副業もしっかり成果を出すようにしたい。
という事で――、私は中々人が入っていかないような森の奥へと足を踏み入れた。
普通の森ならば奥へ行くほど熊や狼といった人に危害を加えるような獣が多くなる。だから奥には入らないというのがセオリーだ。
だが、ここは王宮だけあって、危険な獣は寄せ付けないような魔法をかけてあるとのことだ。
私はそれを聞いて安心して、奥まで入るようにしていた。
基本的にそういった広範囲な魔法は一般の森では行使されない。もともと住んでいた村近くの森もそうだった。だから、奥深い所の植物は貴重な資料となることだろう。私は張り切って歩いて回った。
「……ふぅ」
ノルマ分のサンプルを取って、私は息を吐いて近くの岩に座る。流石に歩きすぎてちょっと疲れたから休憩だ。元来た道に戻れるように方向がわかる器具を持ってきているから、迷う事は無いだろうが……。
考え事をしながら水を飲んでいると、鳥が羽ばたくバサバサという羽音と、何かに興奮しているような鳴き声が聞こえる。近くで狩りか何かをやっているのだろうか。
私は、好奇心から音の聞こえる場所へと足を運んだ。
「……!」
そこには驚きの光景があった。
力強い翼と嘴を蓄えた鳥が、複数で獣を取り囲んで攻撃している。
それだけなら、自然界ではよく見る光景だった。
今回目を引いたのは、攻撃を受けている獣が猫だったからだ。
「……どうして……」
私はぽつりと呟いた。
アーサーが猫の呪いを受けた日から、王宮では猫及びペットの持ち込みは禁止されているはずだ。
ここに猫がいるという事は、たまたま自然の森に野良猫が迷い込んだということだろうか。
そして、今の猫の様子を見ていると、そう長くは生きられそうに無い。
野良猫の寿命は飼われている猫よりも短い。外敵に襲われたり、病気に罹ったり、外には危険が沢山あるからだ。
自然界に生きるものが外敵に襲われて命を落とすのは、自然の摂理だ。
今攻撃を受けている猫が殊更可哀相なのかというとそんなことは無い。
……。
でも……。
自然の摂理でいえば、私はとっくに命を落としていてもおかしくない身だ。
アーサーに助けられたから、私はここにいる。
そんなアーサーは、猫をこよなく愛しているのだ。
今は猫に触れられない身になったとしても、間接的でもいいから猫の為になることがしたくて、ポケットマネーを貯めては猫の保護や研究をしている団体に寄付をしているらしい。
……例えば、今、襲われている猫を見捨てて王宮に戻ったとして。
私はアーサーに今まで通り接することが出来るのだろうか。
逡巡しているうちに、更に新たな鳥が近くに来た。鳥は攻撃されている猫に狙いを定めたようで――
迷っている暇はなかった。
「やめなさい!」
私は鳥が猫を攻撃するのを止めるため、猫をがばりと抱きしめて庇った。鋭い嘴が私の身体を探るように突く。私は唇を噛んでその痛みに耐える。鳥たちは暫くしてばさりと空高くへ飛び去っていった。私という邪魔者が来たから諦めたのかもしれない。
他に動物が襲ってこないか警戒して待ってみたけれど、他には来ないようだ。
「……とりあえず……手当しなきゃ」
私は鞄からタオルを出して攻撃された猫を包み、傷薬を塗った。もともとは森で自分が不慮の怪我をした時用に持ってきたものだけど、猫に対して使う事になるとは思っていなかった。
野良猫に不用意に手を出してはいけない。
餌をやったり手当をするならば、その猫に対する責任を持たなくてはいけない――。
私の頭にその考えが巡る。
――そうだ。
手を出してしまった以上、私はこの野良猫の世話をする責任がある。
アーサーの呪いの問題があるから、王宮で飼う事は出来ない。
でも、他にやりようはあるだろう。
一旦村に戻ったら、鼠避けのために猫を欲する家があるかもしれない。村で見つからなかったら街で探そう。猫のいる店には猫好きが集まるから、あそこで辛抱強く探せば引き取り手が見つかるかもしれない。
誰も見つからない場合は……私がこの子の飼い主になろう。
王宮で飼う事は出来ないけれど、森に通って外敵から襲われないようにする。アーサーとの契約の期間が過ぎたらその時に一緒に連れて帰ろう。
……でも、今は未来の事よりも、目の前の事だ。
私は衰弱した猫を抱きとめ、外敵から隠れられるような場所を探し、簡単な防護魔法を使った。これで擬似的にゲージに入っているような状態になった。そして目を瞑っている猫に繰り返し回復魔法を使用する。
……回復魔法は何もかもを治癒する訳ではない。耐えられないダメージを負った者に回復魔法をかけても、全快する訳ではないのだ。
後は、この子の体力と回復力に賭けるしかない。
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