上 下
4 / 42

4 帰らせて貰えないんですか?

しおりを挟む

 アーサーは私の言葉を聞いて、少し笑みを緩めた後で一礼して言った。

「ミーシャ・アルストロイア殿……、いや。ミーシャ、と呼ばせて貰ってもいいだろうか」
「え。は……はい」
「そのように殊更礼を言ってもらう必要など無い。俺の役目は国を守る事、災厄を祓って誰もが平穏に過ごせるようにする事なのだから。だが……ミーシャが息災でいてくれたのは嬉しい。そして……、……俺は、個人的な願いがあって、君を王宮に呼び寄せたのだ」
「個人的な……願い?」
「ああ。……ここから先は場所を変えよう。ハイネ、案内してくれ」
「はっ」


 アーサーの言葉に応じて、入り口近くで控えていたハイネが私を先導する準備をしだした。
 私は彼らの先導に従いながら、頭の中でぐるぐると考える。

 ……何だろう。

 災厄の被害者の様子を見たいだけだろう、顔合わせをしたらすぐに帰れるだろうと思っていたが、どうも違ったようだ。
 場所を変えてまで私に頼みたいという事は何なのだろうか。
 公には言えない事があるのかな。
 例えば、国民には秘匿されているような悪どい事が王宮では行われているとか……。
 悪どい事に利用するために私を連れてきたとか。

 頭の中でそんな想像をして、私は青ざめた。
 ここに連れてこられるまでに、今の生活について軽く聞かれた。私には今家族もおらず孤独な身だが、だからこそ国にとっては都合がいいという事もあるのかもしれない……。
 アーサーの言葉が今までの私の支えになっていた。でも、彼に失望するような事がこれから起きるかもしれないのか……。
 そんな考えが頭の中でぐるぐると回る。


 ――、でも。
 彼が私達の村を救ってくれたのも、私に希望を与えてくれたのも確かな事だ。
 悪どい事に協力するのは気が引けるけど、とりあえず話だけでも聞いてみよう。
 もし自分でも出来そうな仕事なら受けてみようと思う。住んでいた村と王宮とでは環境が違い過ぎて慣れるまでは大変そうだけど、彼の力になれるのなら構わないと思った。


「ここだ。入ってくれ。ハイネは後は自由にしてくれていい」
「はっ」


 ハイネさんはアーサーの言葉に従って下がった。アーサーは先程の間よりは小ぶりな扉を開ける。
 私は緊張しながら口を開く。


「失礼致します……」
「――そう固くならなくていい。ミーシャ、君は俺が招いた客なのだから、もっと堂々としていてくれ。そして、出来ることならばもっと砕けた話し方をしてくれていい」
「そ、そうは言われましても……殿下は私の恩人で、対災厄の救世主で、国の英雄で……」
「そんな事、今は考えなくていい。ここは俺にとってはリラックス出来る場所だからな。ミーシャもくつろいでくれると嬉しい」


 アーサーが開けた部屋の中には、机と椅子、本棚、ソファ、ベッドが置いてあった。平民の住む家よりも広々としているが、こういう部屋には心当たりがある。今は壊されてしまったが、私にも与えられていたもの……。


「ここは……殿下の私室ですか?」
「ああ、そうだ。今は概ね一人用の間取りになっているが、俺の願いを受けてもらえるならばミーシャの分の家具も運び込むように考えている」

 アーサーは私に椅子に座るように促しながら言う。私は彼の言葉に困惑した。

「それは……、王宮に……というか、殿下の部屋に住まわせたい、という事ですか?何故、そのような……」
「あ!……こほん。無論ミーシャの私室も用意するように手配するよ。すまない。俺の望みが先走ってしまった……」
「……?」


 アーサーは気を落ち着けるように咳払いをした。そして、私の方をじっと見つめて、私の髪にそっと指を這わせる。
 いきなりの接触に、私は狼狽えながら口を開く。


「で、殿下?どうされたのですか?」
「ああ。……やはり、俺の思った通りだ。俺には、君が必要だ」
「な、何を……」
「――ミーシャ。君には、俺の猫になって欲しい」
「……、えっ?」


 アーサーの口から放たれた言葉に、一瞬距離が近い事も忘れて私は首を捻った。
 ねこ……
 猫?


 この人は何を言っているのだろうと私はアーサーの顔を見た。王家のそういうジョークなのかもしれないと考えながら。
 だが、アーサーは生真面目な顔で繰り返した。


「ミーシャ。俺の猫になって欲しい。俺の部屋で一緒に暮らしてほしい。そして俺を癒やして欲しい!この国の為にも、俺の猫役として傍にいて欲しい。それが俺からの願いだ」


 そう言って、深々と頭を下げた。
 災厄に遭った時と同じく、私は言葉を失くしてしまう。
 事前に懸念していたような非道な事を頼まれた訳ではないけれど、妙な事を頼まれてしまった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...