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#04 人生が変わった

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 リヒトが呼ばれたのはラブホのSMルームだった。天井に吊りのために梁と、様々な道具がそろっている。
 麻縄を素早くエリーの両手に結びつけると、リヒトはカメラの前で彼女の両手を上で縛り上げた。

「あ……っ!」
「俺にとっては役得だな。若くて綺麗な女を旦那の前で凌辱できるんだから」

 顎を掴んで頬に口づけると、「いや」とエリーは悲鳴を上げた。

『彼女が望まないことは許した覚えはない。ここからだって通報は出来るんだぞ!?』

 猫男は殺気じみた怒声を上げた。
 負けじとリヒトは言い返した。

「あんたが妻に愛人を作ってセックスを見せろって言ったんだろうが」

 猫男は動揺し「違う、そんなつもりじゃ……」とつぶやいた。
 すすり泣くエリーを解放し、リヒトはエドを罵った。

「夫婦のことに口を出す気はねぇが、妻のことが本当に大事ならちゃんと話聞いてやれよ!!」

 そのまま出ていこうとしたリヒトの手を、エリーが掴んだ。

「リヒト、待って」

 初めて名前を呼ばれた。反射的にリヒトはエリーの唇にキスした。

「あんたも油断しすぎだ。俺は女が抱けないわけじゃないんだから」

 好きな女を抱く唯一の機会を自分から逃したなと自覚しながら、リヒトはもう何もせずにホテルを後にした。



 エリーの正体を知ったのは数日後だった。ジョギング中に、たまたま大型テレビジョンで彼女のニュースをやっていたのだ。
 ドラクオン帝国の皇妃エリザベス。彼女は植樹から20年が経ったレアツリーの調整のため地球を訪れており、数カ月滞在する間、地球の文化に触れ、地元の人々とも交流するということだった。

(皇妃……?)

 ニュースの内容がほとんど理解できず、一つ一つをスマホで時間をかけてリヒトは調べた。
 ドラクオン帝国は、宇宙の中でも人間の到達圏の2割を掌握する宇宙最大の国。レアツリーは地球が銀河文明に加盟した際、祝いとして贈られた希少鉱物を精製する植物。
 レアツリーは繊細な調整を必要とし、世話が不十分だと生産効率が著しく落ちる。地球のレアツリーは総力を上げて調整を続けてきたものの、20年で7割もの生産減に陥っていた。
 皇妃エリザベスはレアツリーの完全な調整が出来る、宇宙でも数少ない「感応者」らしい。その能力故に帝国に囲い込まれ、レアツリーの調整のため、各地の星を転々と移動することを宿命付けられている。
 ネットでは彼女のことを端的に「金のなる木」と呼んでいた。

「いた! リヒト……!」

 情報量の多さに頭痛をこらえていると、唐突に誰かに抱きつかれた。そのままリヒトはキスされて舌を入れられて吸われた。

「エリー!?」

 やっと引き剥がすと、ついさっきニュースに出ていた少女がにっこり笑った。ちゃんと顔を見たのは初めてだった。テレビで見るよりずっと顔が小さくて可愛い。

「何やってんだよ。ついさっきあんたの顔がニュースに出たばっかりだぞ」

 小声で叱ってリヒトはエリーに自分のキャップをかぶせ、周囲を見回した。「金のなる木」欲しさに誘拐に手を染めるようなバカがこの辺にはごまんといる。

「大丈夫よ。今日は最強の護衛がいるから。……リヒトのおかげで、会いに来てくれたの」

 人ごみの中から、猫のマスクをかぶった男がやってきた。

「……あんた普段もその頭なの?」
「君にはこのほうがわかりやすいかと思って。他の人には、普通の顔に見えてるよ」
(……それってつまり、他の人間か俺の認識をいじってるってことじゃないのか)

 怖い。というかエリーが皇妃なら、この男はドラクオン帝国の皇帝のはずだった。宇宙の2割を統べる男だ。

「まず礼を言わせてくれ。君のおかげで妻と話し合うことができた。本当に感謝している」

 エリーは嬉しそうに夫に寄り添っていた。夫婦仲が改善したなら何よりだ。

「どういたしまして」
「それでね、私達、話し合って……正式に愛人を持つことにしたの!」
「……は?」

 エリーの報告を理解するまで、リヒトはしばらくかかった。しばらくかかってもよくわからなかった。
 なぜ、そうなる。

「私は持たないよ。そんな若くもないし……妻を愛しているからね」

 エリーを抱き寄せて猫男は妻にキスした。ドラクオン帝国の皇帝が愛人を持とうと持つまいと、リヒトにはどうでもよかった。

「でも妻はまだ若いし……仕事柄、どうしても私とは離れた生活になる。信頼できる愛人が必要だという結論に達したんだ」
「まさか……それ……俺のことじゃないよな?」

 とてもショックを受けた様子で、エリーはリヒトの手を握った。

「リヒト、嫌?」
「嫌っていうか……あんたら、俺の素性わかってるのか? もっとマシなやつがいくらでもいるだろ」

 エリーと皇帝は顔を見合わせて、よくわらかないとそろって首をかしげた。

「境遇や生い立ちなら関係ない。それは何一つ、君を貶めるものじゃない」

 当たり前のように言われた言葉に、ふいに泣きそうになった。

「借金だってあるし……」
「ないよ。君の母親が、君のIDを不正に利用して負わせた借金はもう全額返し終わってる。君の店のオーナーは、不当な利子を付けて借金をふくらませていたんだ。弁護士に書類を送付させたから、そのうち過払い金が戻って来る」
「借金があっても私が返すわ。なにせ私、『金のなる木』だし!」
「正確には『金のなる木を育てる人』だけどね」

 呆然とするリヒトに、ふたりはそろって手を差し伸べた。

「私達の愛人は、なかなかメリットが大きいと思うよ」
「ね、リヒト? またいっぱい気持ちよくしてあげるから、愛人になって?」
「……一日で人生変わりすぎてついてけねぇよ」

 ぼやきながらも、リヒトは二人の手を取った。


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