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45 マーガレットと薔薇
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「奥様、おはようございます。今朝も、アーティー様から薔薇の花が届いてますよ」
「おはよう、ケイトさん。花は…いつも通り、窓際に飾っておいて」
今日もまた、同じ邸内に居るにも関わらず、アーティー様から薔薇の花束が私の部屋に届けられた。週2回はアーティー様本人が手渡しにやって来るけど、その日以外は私専属の侍女のケイトさんが持って来る。
「部屋の中央に飾っているマーガレットよりも、薔薇の方が綺麗だし部屋にも合うと思うので、飾る場所を変えませんか?折角のアーティー様からの贈り物ですし…」
「位置は、そのままでお願いします」
「分かりました」
ケイトさんは覚えていないのだろう。このマーガレットはポレットが私の為に持って来てくれている事を。そして、私が薔薇の香りが苦手な事も。
幼い頃、薔薇が咲き誇った庭園で、私はその日の暑さと薔薇の香りで倒れた事があった。それ以来、私は薔薇の香りが苦手になった。実家の庭にも薔薇は植えてあったけど、両親は私の為に刈り取ってくれていた。でも、この公爵邸の庭園には、真っ赤な薔薇が沢山植えられている。毎日贈られて来る薔薇。「薔薇は苦手なんです」と、もう一度言葉にできずに居る私も悪いと分かってはいるけど、言い出す勇気もなく、毎日薔薇だけは受け取っている。
“運命の番だ”“奇跡の出会いだ”と言われる存在なんだそうだけど……アーティー様は、番の事は何も知らないのだろう。私の心を守ってくれるのは……ポレットだけ───
「……………」
マーガレットの花を見てポレットを思い出したせいか、エリナの頃の夢を見た。ユベールの事は殆ど思い出せない。
ーなんて薄情な母親なんだろうー
「…………」
パンパンッ─と、自分で自分の頬を叩く。
ー駄目駄目!落ちるな!私はエリナではなく、リュシエンヌ=クレイオンだ!ー
******
「リュシエンヌ、申し訳無いけど、アラスターが予定の時間より少し遅れると言っていたわ。レイモンド殿下の都合だから、少し待ってもらえるかしら?」
「分かりました。私は送ってもらう側の立場なので、いくらでも待たせてもらいます。リリアーヌ様、伝言ありがとうございます」
「私は時間があるから、お話でもしましょうか」
「はい!」
それから、リリアーヌ様と私はヴェルティル様が来るまで話をした。
ちなみに、メグとは早朝にお別れの挨拶を済ませてあった。これから少しずつ外遊しながら聖女としての務めをこなしていくそうで、忙しくなるだろう─と、第二王子が嬉しそうに言っていた。第二王子も、メグをしっかりサポートできているようで、メグの第二王子に対する目は安心の色が見えた。
ーそこに、恋愛感情は全く無かったけどー
想いが届く届かないは、第二王子次第だろう。私個人の意見としては、メグには第二王子よりももっと落ち着いた……王太子様のような人の方が合うと思っている。王妃と言う立場は大変だろうけど。
ーあれ?ー
何故か、胸がざわめきだした。
ーまた、あの香りだー
番を認知できないように、しっかり魔法を掛けたのに。今日はヴェルティル様と2人になってしまうから、いつもより念入りに掛けたのに!
「あ、ようやく来たようね。レイモンド殿下、アラスター、お疲れ様でした」
「遅くなってすまない」
「リリアーヌ、伝言ありがとう。クレイオン嬢、直ぐに用意をするから、もう少しだけ待っていてくれ」
「………はい……………」
ヴェルティル様はそう言うと、ゆっくりと魔法陣を描き始めた。
ー落ち着け…大丈夫……ー
「クレイオン嬢、昨日言っていたマーガレットだけど、本当に1輪で────クレイオン嬢?」
「……は…い。1輪で…十分です…ありがとうございます…」
王太子様は、約束していた通り、ピンク色のマーガレット1輪を用意してくれていた。そのマーガレットにはミントグリーン色のリボンが付けられている。その花を受け取ろうと手を伸ばすと─
「何かあった?」
と、小声で王太子様に声を掛けられた。
「……あ……いえ……」
「…………」
本能を押さえるのに必死で、ついついヴェルティル様に視線を向けてしまい、私のその視線を追うように王太子様がヴェルティル様に視線を向けた。
私の心臓はバクバクと音を立てて騒ぎ出し、体が熱を帯びている。
王太子様が、ヴェルティル様から私の方へと視線を戻し、そのまま暫く黙ったままで──
「ひょっとして……番?」
「───っ!」
ヒュッと息を呑んだ。
ーどうして…分かったの!?ー
「あ…の…私……ちがっ………」
「……クレイオン嬢は…どうしたい?」
「え?」
何を訊かれているのか分からず、王太子様を見上げると、王太子様は苦しそうな表情で私を見ていた。
「色々と…色んなモノが拗れてるんだろうが……話はまた後でするとして、取り敢えず、今、クレイオン嬢はどうしたい?」
今は────
「取り敢えず……距離を…………」
「そうだね。取り敢えず、トルガレントに戻るのは中止にしよう。それで良いかな?」
「はい…お願い…します……」
「うん。じゃあ……って…クレイオン嬢!?」
私は、そこで意識を失った。
「おはよう、ケイトさん。花は…いつも通り、窓際に飾っておいて」
今日もまた、同じ邸内に居るにも関わらず、アーティー様から薔薇の花束が私の部屋に届けられた。週2回はアーティー様本人が手渡しにやって来るけど、その日以外は私専属の侍女のケイトさんが持って来る。
「部屋の中央に飾っているマーガレットよりも、薔薇の方が綺麗だし部屋にも合うと思うので、飾る場所を変えませんか?折角のアーティー様からの贈り物ですし…」
「位置は、そのままでお願いします」
「分かりました」
ケイトさんは覚えていないのだろう。このマーガレットはポレットが私の為に持って来てくれている事を。そして、私が薔薇の香りが苦手な事も。
幼い頃、薔薇が咲き誇った庭園で、私はその日の暑さと薔薇の香りで倒れた事があった。それ以来、私は薔薇の香りが苦手になった。実家の庭にも薔薇は植えてあったけど、両親は私の為に刈り取ってくれていた。でも、この公爵邸の庭園には、真っ赤な薔薇が沢山植えられている。毎日贈られて来る薔薇。「薔薇は苦手なんです」と、もう一度言葉にできずに居る私も悪いと分かってはいるけど、言い出す勇気もなく、毎日薔薇だけは受け取っている。
“運命の番だ”“奇跡の出会いだ”と言われる存在なんだそうだけど……アーティー様は、番の事は何も知らないのだろう。私の心を守ってくれるのは……ポレットだけ───
「……………」
マーガレットの花を見てポレットを思い出したせいか、エリナの頃の夢を見た。ユベールの事は殆ど思い出せない。
ーなんて薄情な母親なんだろうー
「…………」
パンパンッ─と、自分で自分の頬を叩く。
ー駄目駄目!落ちるな!私はエリナではなく、リュシエンヌ=クレイオンだ!ー
******
「リュシエンヌ、申し訳無いけど、アラスターが予定の時間より少し遅れると言っていたわ。レイモンド殿下の都合だから、少し待ってもらえるかしら?」
「分かりました。私は送ってもらう側の立場なので、いくらでも待たせてもらいます。リリアーヌ様、伝言ありがとうございます」
「私は時間があるから、お話でもしましょうか」
「はい!」
それから、リリアーヌ様と私はヴェルティル様が来るまで話をした。
ちなみに、メグとは早朝にお別れの挨拶を済ませてあった。これから少しずつ外遊しながら聖女としての務めをこなしていくそうで、忙しくなるだろう─と、第二王子が嬉しそうに言っていた。第二王子も、メグをしっかりサポートできているようで、メグの第二王子に対する目は安心の色が見えた。
ーそこに、恋愛感情は全く無かったけどー
想いが届く届かないは、第二王子次第だろう。私個人の意見としては、メグには第二王子よりももっと落ち着いた……王太子様のような人の方が合うと思っている。王妃と言う立場は大変だろうけど。
ーあれ?ー
何故か、胸がざわめきだした。
ーまた、あの香りだー
番を認知できないように、しっかり魔法を掛けたのに。今日はヴェルティル様と2人になってしまうから、いつもより念入りに掛けたのに!
「あ、ようやく来たようね。レイモンド殿下、アラスター、お疲れ様でした」
「遅くなってすまない」
「リリアーヌ、伝言ありがとう。クレイオン嬢、直ぐに用意をするから、もう少しだけ待っていてくれ」
「………はい……………」
ヴェルティル様はそう言うと、ゆっくりと魔法陣を描き始めた。
ー落ち着け…大丈夫……ー
「クレイオン嬢、昨日言っていたマーガレットだけど、本当に1輪で────クレイオン嬢?」
「……は…い。1輪で…十分です…ありがとうございます…」
王太子様は、約束していた通り、ピンク色のマーガレット1輪を用意してくれていた。そのマーガレットにはミントグリーン色のリボンが付けられている。その花を受け取ろうと手を伸ばすと─
「何かあった?」
と、小声で王太子様に声を掛けられた。
「……あ……いえ……」
「…………」
本能を押さえるのに必死で、ついついヴェルティル様に視線を向けてしまい、私のその視線を追うように王太子様がヴェルティル様に視線を向けた。
私の心臓はバクバクと音を立てて騒ぎ出し、体が熱を帯びている。
王太子様が、ヴェルティル様から私の方へと視線を戻し、そのまま暫く黙ったままで──
「ひょっとして……番?」
「───っ!」
ヒュッと息を呑んだ。
ーどうして…分かったの!?ー
「あ…の…私……ちがっ………」
「……クレイオン嬢は…どうしたい?」
「え?」
何を訊かれているのか分からず、王太子様を見上げると、王太子様は苦しそうな表情で私を見ていた。
「色々と…色んなモノが拗れてるんだろうが……話はまた後でするとして、取り敢えず、今、クレイオン嬢はどうしたい?」
今は────
「取り敢えず……距離を…………」
「そうだね。取り敢えず、トルガレントに戻るのは中止にしよう。それで良いかな?」
「はい…お願い…します……」
「うん。じゃあ……って…クレイオン嬢!?」
私は、そこで意識を失った。
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