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37 拘束
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名も無き女神は、自身の愛する世界に存在する者達の為に、自身の化身とも遣いとも呼ばれる聖女を創り出した。
その聖女は“浄化”と“治癒”の力を持ち、穢れを浄化し魔獣や魔物を追い払い、傷付いた者達を治癒の力で癒やしていた。
その聖女の争奪戦で、女神の逆鱗に触れ“治癒”の力を失ってしまったが、“浄化”の力は残された為、魔物や魔獣に苦しめられる事はない。そして、その浄化の力を失う事を恐れ、聖女を奪い合う事もなくなった。
名も無き女神からのギフトがなければ、存在する事のない“治癒”の力。
軽いキズを治す程度のものであれば、水属性の魔法を使えば治療はできるが、大きな怪我や病気には対処はできない。勿論、治癒の力を持っていても、死者を蘇らせる事はできない。
******
「護衛が、対魔獣用の短剣を所持していたのはおかしくはないが、それを何故ユラが白豹に?」
「あの馬鹿女、俺が“綺麗な毛並みの白”を探していた事を知っていたんだ。それで、白豹を見て……」
「動物を無闇に攻撃する事は禁止されている─と、学んでいる筈だろう!?」
この世界には、普通の動物と獣人と魔獣が存在する。獣人も、獣化すれば普通の動物となんの変わりもない。獣人からすれば、それが獣化した獣人か普通の動物かは分かるそうだが、人間からすれば、その違いが全く分からない為、例え凶悪な動物と遭遇しても、やたら無闇に攻撃してはならない─と言う決まりがある。獣化した獣人とは会話ができるし、獣人側も狩られない為に会話をしたり、獣化を解いて人の姿に戻ったりもする。
「馬鹿女が確認をする事はなかったし、その決まり事どころか、獣人の存在すら知らなかったのかもしれない」
「は?そんな事はないだろう。メグと一緒に勉強したと報告を受けて──」
「だから馬鹿女なんだ。悲劇のヒロイン気取りに忙しくて、この世界についての知識は無に等しいからな。何の躊躇いも無く彼女に短剣を投げて、『当たったわ』と言って喜んでいたからな」
「……そうか…………兎に角、後は私に任せろ。お前はどうする?待っているか?それとも──」
「待っていたいが…………戻ります」
「分かった。また、知らせを飛ばそう。取り敢えず……冷静になれよ?」
「………善処しますが、あの馬鹿女次第ですね。では…宜しくお願いします」
ヴェルティルはレイモンドに頭を下げた後、その部屋から出て行った。
「アラスター、大丈夫?」
「リリアーヌ……彼女を宜しく」
「それは、任せてちょうだい。まぁ、殿下がいらっしゃるから大丈夫よ」
「そう…だな……じゃあ………」
「行ってらっしゃい。あ、メグとヒューゴにも宜しく伝えてちょうだい」
フリフリと手を振るリリアーヌに片手を上げて答えた後、もう一度魔法陣を展開させて、ヴェルティルはシーフォールスへと転移した。
******
『エリナ…』
『……………』
懐かしい声がした。
あれは、エリナが最期へと向かっている頃だった。もう駄目だと分かっているだろうに、私の手を握って私の名前を呼んでいたアーティー様。その声で名前を呼ばれる度に、自分が嫌いになっていた事など、アーティー様は知らなかっただろう。ポレットだけが、私の生きる光だった。ポレットは、私が死んだ後、幸せになっただろうか?
でも──
獣人となった今では……少しだけ……ほんの少しだけ…アーティー様の気持ちが分かる。
アーティー様が、番である私を気遣ってはいてくれたのだと。番が人間だったから、少し距離を置いていてくれたのだと。とても…とても分かり難くて、間違った方法だったけど。だからと言って、赦せる訳でも愛しく思える訳でもない。
リュシエンヌになっても、心が落ちると、どうしてもエリナの記憶がよみがえる。
『………』
重かった筈の体が、フワリと軽くなった。
『ゆっくり…眠ると良い………』
とても優しい手で、頭を撫でられているのが分かった。
その優しさに抵抗する事もなく、私はそのまま眠りに就いた。
*シーフォールス王国*
(アラール視点)
「この枷を外して!」
結果的に、無効化の魔道具は予想していたよりも早くに止まったようで、大騒ぎになる事はなかった──が、一度魔法を解いてしまった事に変わりはないから、その魔法を掛けた術者には気付かれているだろう。問題は、その術者が誰なのか─だ。
その前に──
「枷を外すわけないだろう」
アラスターがクレイオン嬢を連れて、ユーグレイシアに転移した後、私はその場でユラを魔法の枷で拘束して、泊まっているホテルの部屋に軟禁している。監獄部屋が無いのが残念だ。
「どうして!?私が何をしたって言うの!?」
「まだ分からない?ユラ、君は白豹を傷付けたんだ。しかも、護衛から奪い取った対魔獣用の短剣で」
「それが何なの?私はただ、危険な豹を見付けたから、やられる前にやっただけで、正当防衛でしかないわ!」
「…………」
本当に、ユラはこの世界の事を全く分かっていない。
ー私は、こんな女の言葉を信じてメグを傷付けてしまったのかー
「1から説明しなければいけないのか……」
「はい?」
兎に角、アラスターが戻って来る前に、何とかしてユラをおとなしくさせる事が一番だろう──と、私はため息を吐いた。
その聖女は“浄化”と“治癒”の力を持ち、穢れを浄化し魔獣や魔物を追い払い、傷付いた者達を治癒の力で癒やしていた。
その聖女の争奪戦で、女神の逆鱗に触れ“治癒”の力を失ってしまったが、“浄化”の力は残された為、魔物や魔獣に苦しめられる事はない。そして、その浄化の力を失う事を恐れ、聖女を奪い合う事もなくなった。
名も無き女神からのギフトがなければ、存在する事のない“治癒”の力。
軽いキズを治す程度のものであれば、水属性の魔法を使えば治療はできるが、大きな怪我や病気には対処はできない。勿論、治癒の力を持っていても、死者を蘇らせる事はできない。
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「護衛が、対魔獣用の短剣を所持していたのはおかしくはないが、それを何故ユラが白豹に?」
「あの馬鹿女、俺が“綺麗な毛並みの白”を探していた事を知っていたんだ。それで、白豹を見て……」
「動物を無闇に攻撃する事は禁止されている─と、学んでいる筈だろう!?」
この世界には、普通の動物と獣人と魔獣が存在する。獣人も、獣化すれば普通の動物となんの変わりもない。獣人からすれば、それが獣化した獣人か普通の動物かは分かるそうだが、人間からすれば、その違いが全く分からない為、例え凶悪な動物と遭遇しても、やたら無闇に攻撃してはならない─と言う決まりがある。獣化した獣人とは会話ができるし、獣人側も狩られない為に会話をしたり、獣化を解いて人の姿に戻ったりもする。
「馬鹿女が確認をする事はなかったし、その決まり事どころか、獣人の存在すら知らなかったのかもしれない」
「は?そんな事はないだろう。メグと一緒に勉強したと報告を受けて──」
「だから馬鹿女なんだ。悲劇のヒロイン気取りに忙しくて、この世界についての知識は無に等しいからな。何の躊躇いも無く彼女に短剣を投げて、『当たったわ』と言って喜んでいたからな」
「……そうか…………兎に角、後は私に任せろ。お前はどうする?待っているか?それとも──」
「待っていたいが…………戻ります」
「分かった。また、知らせを飛ばそう。取り敢えず……冷静になれよ?」
「………善処しますが、あの馬鹿女次第ですね。では…宜しくお願いします」
ヴェルティルはレイモンドに頭を下げた後、その部屋から出て行った。
「アラスター、大丈夫?」
「リリアーヌ……彼女を宜しく」
「それは、任せてちょうだい。まぁ、殿下がいらっしゃるから大丈夫よ」
「そう…だな……じゃあ………」
「行ってらっしゃい。あ、メグとヒューゴにも宜しく伝えてちょうだい」
フリフリと手を振るリリアーヌに片手を上げて答えた後、もう一度魔法陣を展開させて、ヴェルティルはシーフォールスへと転移した。
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『エリナ…』
『……………』
懐かしい声がした。
あれは、エリナが最期へと向かっている頃だった。もう駄目だと分かっているだろうに、私の手を握って私の名前を呼んでいたアーティー様。その声で名前を呼ばれる度に、自分が嫌いになっていた事など、アーティー様は知らなかっただろう。ポレットだけが、私の生きる光だった。ポレットは、私が死んだ後、幸せになっただろうか?
でも──
獣人となった今では……少しだけ……ほんの少しだけ…アーティー様の気持ちが分かる。
アーティー様が、番である私を気遣ってはいてくれたのだと。番が人間だったから、少し距離を置いていてくれたのだと。とても…とても分かり難くて、間違った方法だったけど。だからと言って、赦せる訳でも愛しく思える訳でもない。
リュシエンヌになっても、心が落ちると、どうしてもエリナの記憶がよみがえる。
『………』
重かった筈の体が、フワリと軽くなった。
『ゆっくり…眠ると良い………』
とても優しい手で、頭を撫でられているのが分かった。
その優しさに抵抗する事もなく、私はそのまま眠りに就いた。
*シーフォールス王国*
(アラール視点)
「この枷を外して!」
結果的に、無効化の魔道具は予想していたよりも早くに止まったようで、大騒ぎになる事はなかった──が、一度魔法を解いてしまった事に変わりはないから、その魔法を掛けた術者には気付かれているだろう。問題は、その術者が誰なのか─だ。
その前に──
「枷を外すわけないだろう」
アラスターがクレイオン嬢を連れて、ユーグレイシアに転移した後、私はその場でユラを魔法の枷で拘束して、泊まっているホテルの部屋に軟禁している。監獄部屋が無いのが残念だ。
「どうして!?私が何をしたって言うの!?」
「まだ分からない?ユラ、君は白豹を傷付けたんだ。しかも、護衛から奪い取った対魔獣用の短剣で」
「それが何なの?私はただ、危険な豹を見付けたから、やられる前にやっただけで、正当防衛でしかないわ!」
「…………」
本当に、ユラはこの世界の事を全く分かっていない。
ー私は、こんな女の言葉を信じてメグを傷付けてしまったのかー
「1から説明しなければいけないのか……」
「はい?」
兎に角、アラスターが戻って来る前に、何とかしてユラをおとなしくさせる事が一番だろう──と、私はため息を吐いた。
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