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第1章ー前世ー
願い
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“婚約解消できなかった”
その事実は、私の心を蝕んでいった。
ある日は元気に目覚め、食事もでき庭を散歩した。かと思えば、次の日には彼を思い出し体が震えてしまい、1日中布団に潜り込む。勿論、そんな日はまともに食事すらできない。ある日は涙が溢れて止まらない。そうして、毎日少しずつ心が擦り減って行く日々を過ごしていた。そんな中、時々ジョアンヌ様から手紙が送られて来た。
その内容は、どれも私を気遣うものだった。
ージョアンヌ様本人も、辛い筈なのにー
両親からもジョアンヌ様からも、あれからどうなったのか─ハッキリとは教えてもらっていないが、ジョアンヌ様は卒業後、予定通り王城へと住まいを移したと聞いたから、このまま第二王子と結婚する事になるのだろう。
ーそして…私も………ー
そう思うと、ゾッとした。予定通りにいけば、私も2年後には彼と結婚する事になる。もともと求めてはいなかった愛情は要らないけど、信頼関係すら、もう無理だ。会う事すら無理なのに。
父と母が話していたのを偶然耳にしてしまった。
私が倒れてから部屋に引き籠もるようになって今迄の間に、何度も彼が私の見舞いと称して会いにやって来ている事を。
「直接会って謝罪をしたい」
「元気かどうか、自分の目で見て確かめたい」
そんな彼を、父は赦す事はできず、邸の門を潜らせる事もなく追い返しているそうだ。
何の躊躇いもなく私を叩いたのに───
“私が子爵令嬢を苛めていた”
誰かから聞いたのか、または噂があり、それを鵜呑みにしたのか─。兎に角、彼は婚約者である私よりも“誰か”か“噂”を信じたのだ。
私は、あの時の目を……忘れる事なんてできない。
「一体…どうしたら良いの?」
******
その日は気分が良くて、庭にあるガゼボでお茶を飲みながら本を読んでいた。
「お待ち下さい!」
「そちらへ行かれては困ります!」
「──?」
邸の方から叫ぶような声が聞こえ、本に落としていた視線を上げて声のする方へと視線を向けると─
こちらへ向かって来る婚約者と、その彼を引き止めようと追って来ている使用人達の姿があった。
ヒュッ─と息を呑んだのと同時に、私の側に控えていた侍女が私を背中で隠し、2人の護衛が私達を守るように、更にその侍女の前に立ち塞がった。
「アドリーヌ、ずっと……会いたかったんだ!会って、謝りたくて!!お前達、そこをどくんだ!」
彼は、私の目の前に立っている護衛と侍女に食ってかかるように大声を上げる。侍女と護衛のお陰で彼の顔や目を見る事はないが、その大きな声が、とても恐ろしく耳に入って来る。そう思ってしまうと、もう駄目で──
「お嬢様!?」
カタカタと震え出した私を支えてくれる侍女。
「どうか!どうか!お引き取りを!!」
1人の護衛が彼の腕を掴んで門の方へと連れて行く。
「アドリーヌ!」
彼は、護衛に引き摺られるように歩きながら、ずっと私の名前を叫んでいたが、それすら………恐怖でしかなかった。
******
「────もう無理です…お願いです…」
「アドリーヌ………」
あれから半年経ったが、相変わらず婚約解消もできず、私の彼への恐怖心は増す一方だった。心もその分すり減ってしまい、普通の生活すら困難になって来た。このまま、心を壊して彼と結婚する意味はあるのだろうか?無いだろう。貴族としての最低限の責任である後継ぎを生む事が──できないのだから。
「お父様、お願いです。私を……侯爵家から除籍して…修道院に行かせて下さい。」
今迄も、何度か父にお願いした事だ。
私は彼が怖いだけで男性恐怖症にはなってはいないようだけど、なら他の男性となら結婚できるか?と訊かれれば───答えは“ノー”だ。もう、貴族としての責任は何一つ果たす事はできないだろう。ならば、両親や領民に迷惑を掛けたくはないから、侯爵家から除籍して縁を切り、修道院に身を預けたいと思ったのだ。そうすれば、彼も私を諦めてくれるだろう。
「アドリーヌ…除籍は……」
「お父様、お願いです。私を……開放して欲しいのです……」
「─っ!」
「これ以上は……無理なんです……ごめんなさい…」
「アドリーヌ!すまない!」
そう言いながら、父は私を優しく抱きしめてくれた。いつも私に優しかった父。温かった父。そんな父が、肩を震わせて泣いている。
「アドリーヌが謝る必要はない。私の方こそ……私の我儘で……お前を手放してやれなくて…すまなかった……」
「ふふっ──それこそ、お父様が謝る必要なんて…ありませんわ。私を……思っての事だったのでしょう?お父様……ありがとう…ございます……」
それが、私が“娘”として父と抱擁を交した最後となった。
その事実は、私の心を蝕んでいった。
ある日は元気に目覚め、食事もでき庭を散歩した。かと思えば、次の日には彼を思い出し体が震えてしまい、1日中布団に潜り込む。勿論、そんな日はまともに食事すらできない。ある日は涙が溢れて止まらない。そうして、毎日少しずつ心が擦り減って行く日々を過ごしていた。そんな中、時々ジョアンヌ様から手紙が送られて来た。
その内容は、どれも私を気遣うものだった。
ージョアンヌ様本人も、辛い筈なのにー
両親からもジョアンヌ様からも、あれからどうなったのか─ハッキリとは教えてもらっていないが、ジョアンヌ様は卒業後、予定通り王城へと住まいを移したと聞いたから、このまま第二王子と結婚する事になるのだろう。
ーそして…私も………ー
そう思うと、ゾッとした。予定通りにいけば、私も2年後には彼と結婚する事になる。もともと求めてはいなかった愛情は要らないけど、信頼関係すら、もう無理だ。会う事すら無理なのに。
父と母が話していたのを偶然耳にしてしまった。
私が倒れてから部屋に引き籠もるようになって今迄の間に、何度も彼が私の見舞いと称して会いにやって来ている事を。
「直接会って謝罪をしたい」
「元気かどうか、自分の目で見て確かめたい」
そんな彼を、父は赦す事はできず、邸の門を潜らせる事もなく追い返しているそうだ。
何の躊躇いもなく私を叩いたのに───
“私が子爵令嬢を苛めていた”
誰かから聞いたのか、または噂があり、それを鵜呑みにしたのか─。兎に角、彼は婚約者である私よりも“誰か”か“噂”を信じたのだ。
私は、あの時の目を……忘れる事なんてできない。
「一体…どうしたら良いの?」
******
その日は気分が良くて、庭にあるガゼボでお茶を飲みながら本を読んでいた。
「お待ち下さい!」
「そちらへ行かれては困ります!」
「──?」
邸の方から叫ぶような声が聞こえ、本に落としていた視線を上げて声のする方へと視線を向けると─
こちらへ向かって来る婚約者と、その彼を引き止めようと追って来ている使用人達の姿があった。
ヒュッ─と息を呑んだのと同時に、私の側に控えていた侍女が私を背中で隠し、2人の護衛が私達を守るように、更にその侍女の前に立ち塞がった。
「アドリーヌ、ずっと……会いたかったんだ!会って、謝りたくて!!お前達、そこをどくんだ!」
彼は、私の目の前に立っている護衛と侍女に食ってかかるように大声を上げる。侍女と護衛のお陰で彼の顔や目を見る事はないが、その大きな声が、とても恐ろしく耳に入って来る。そう思ってしまうと、もう駄目で──
「お嬢様!?」
カタカタと震え出した私を支えてくれる侍女。
「どうか!どうか!お引き取りを!!」
1人の護衛が彼の腕を掴んで門の方へと連れて行く。
「アドリーヌ!」
彼は、護衛に引き摺られるように歩きながら、ずっと私の名前を叫んでいたが、それすら………恐怖でしかなかった。
******
「────もう無理です…お願いです…」
「アドリーヌ………」
あれから半年経ったが、相変わらず婚約解消もできず、私の彼への恐怖心は増す一方だった。心もその分すり減ってしまい、普通の生活すら困難になって来た。このまま、心を壊して彼と結婚する意味はあるのだろうか?無いだろう。貴族としての最低限の責任である後継ぎを生む事が──できないのだから。
「お父様、お願いです。私を……侯爵家から除籍して…修道院に行かせて下さい。」
今迄も、何度か父にお願いした事だ。
私は彼が怖いだけで男性恐怖症にはなってはいないようだけど、なら他の男性となら結婚できるか?と訊かれれば───答えは“ノー”だ。もう、貴族としての責任は何一つ果たす事はできないだろう。ならば、両親や領民に迷惑を掛けたくはないから、侯爵家から除籍して縁を切り、修道院に身を預けたいと思ったのだ。そうすれば、彼も私を諦めてくれるだろう。
「アドリーヌ…除籍は……」
「お父様、お願いです。私を……開放して欲しいのです……」
「─っ!」
「これ以上は……無理なんです……ごめんなさい…」
「アドリーヌ!すまない!」
そう言いながら、父は私を優しく抱きしめてくれた。いつも私に優しかった父。温かった父。そんな父が、肩を震わせて泣いている。
「アドリーヌが謝る必要はない。私の方こそ……私の我儘で……お前を手放してやれなくて…すまなかった……」
「ふふっ──それこそ、お父様が謝る必要なんて…ありませんわ。私を……思っての事だったのでしょう?お父様……ありがとう…ございます……」
それが、私が“娘”として父と抱擁を交した最後となった。
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