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第五章ー聖女と魔法使いとー
一気に攻める
しおりを挟む*エディオル=カルザイン視点*
「それじゃあ…カルザイン様、何かありましたら、いつでも呼んでください。私も医務室に居ますから。」
そう言って、マリン殿は部屋から出て行った。
そして、ハル殿が寝ているベットに視線を戻すと、ベットの横から、レフコース殿が前足をベットに掛けて、主であるハル殿の顔をジッと覗き込んでいた。
「…原因は…あの魔導師…だろうか?」
『そうであろうな。主は我にも…あの時の事は何も言わぬ故…我も敢えて訊かずにいるが…。あの時、主は死にかけたのだ。怖くなかった筈がない。』
そうだ。当たり前だ。しかも─聖女様達が言っていた。彼女達の世界の住んでいた国は、平和だったと。生まれる前に大きな戦争はあったが、私達は経験した事はないと。魔法や魔術がないから、勿論魔獣なんてものも居ない。危険とはほぼ無縁だったと。
そんな世界で暮らして来たハル殿。そんなハル殿が魔力を有するようになり…魔力封じの首輪を着けられた。ジワジワとゆっくり…確実に魔力を奪うように作られたソレは、罪を犯した者に着けられる枷。付けた人物を確実に追い詰める為の物だ。それを…こんなにも小さな無力な娘に着けたのだ…あの魔導師は。
どんどん魔力を奪われて辛かっただろうし、怖かっただろう。あの時のハル殿は、本当に一瞬にして雰囲気が一変した。
ー心も守ると…言ったのにー
ハル殿の右手をそっと握る。
「手が…冷たいな…」
両手でハル殿の右手を包み込む。
ー早く目が覚めますようにー
そう願いながら。
「───ん?」
どうやら、椅子に座ったまま寝てしまっていたようで、気が付けば部屋が暗くなっていた。
ハル殿が目覚めなかった為、続き部屋に移動して軽く夕食を食べ、椅子に座ってお茶を飲んでいたのだが…。今は何時頃だ?と思っていると、続き部屋の方から話し声が聞こえた。
ーハル殿が目覚めたか!?ー
今思うと、ノックもせずに入って行ったなと気付いたが、ハル殿が目覚めていた。急いでマリン殿を呼びに行き、ハル殿の事はマリン殿に頼み、俺は予め用意してもらっていた軽食を取りに神殿の調理場へと向かった。
やはりハル殿は、自分が倒れたにも関わらず、自分の事よりも俺の心配をする。
お互い、目が覚めていると言う事で、このまま話をしようと言う事になった。
暫くの間は近衛を休み、ハル殿に付き添う事になったと告げると、予想通りにハル殿が慌て出す。
「あの魔導師が…原因…だろう?」
そう訊くと、やはりハル殿の雰囲気がガラッと一気に変わる。震えそうになる手をグッと握り締めて耐えようとしているのが分かり、その手をそっと包み込む。
「我慢せずに…泣いても良いんだ。怖いものは怖い。辛いものは辛い。隠す必要なんて…無いんだ。あぁ…少し違うか?」
我慢するな─隠すな─と言っても、ハル殿の事だから無理だろう。ならば…
「ハル殿が隠したいと言うなら隠しても良いけど、俺にだけは…隠さないで欲しい。」
「え?」
「俺は…色んなハル殿を知りたい。楽しい事は一緒に楽しみたい。辛い事があるなら、それらからハル殿を守りたい。俺の知らないところで泣かれるのは嫌だから…泣くなら…」
握っていたハル殿の手に力を入れて、俺の方へと引き寄せて
「俺の腕の中で…泣けば良い。顔も隠れるし…丁度良いだろう?」
と言いながら、ハル殿を抱き締めた。
本当に、簡単に、すっぽりと俺の腕の中に収まった。本当に、小さい。こんな小さな体で、よく耐えてきたなと思う。
ハル殿は、抵抗する様子も嫌がる様子もなく…
「うー…」
と小さな声を出して…涙を流した。
前の時は、サエラ殿の胸で泣いていたのを胸が抉られる様な思いで見ていた。もし次があるのなら、俺が守ってあげたいと思っていた。俺の知らないところで泣かれるなんて嫌だと思っていた。誰にも見せたくないと言うなら、俺だけには隠さず見せて欲しい─見せてもらえる俺になりたいと思っていた。
そして、今、その彼女が─ハル殿が俺の腕の中で泣いている。声を押し殺して泣いているのを見ると、胸がキュッと痛みを覚えるが…それ以上に…愛しいと…思う。
もう、ハル殿を手放してはやれない。手放す気もない。
ーうん。これは、一気にいくしかないなー
俺の腕の中で泣いているハル殿を抱き締めながら、これからの事を考えていた。
泣いて泣いて…落ち着いたら、我に返ったのだろう。必死になって謝って来た。もう大丈夫だから離して欲しいと言うが…信じられないと言って、更に力を入れて抱き締める。
ーいや…ただ単に、俺が離したくないだけだがー
そんな俺に抵抗して、バシバシと叩いて来る…のだが…
ーえ?それで抵抗してるのか?ー
痛くも痒くも無いどころか…可愛いしかないけど?何だろう…リスが大型犬に必死に抗ってるみたいな…
「…はぁー…」
取り敢えず、息を吐いて自分を落ち着かせる。
そう。今日はこのまま、もう少しハル殿を攻める。
「そう言えば…ハル殿が意識を失う前に…俺の事“ディ様”って呼んだんだけど…覚えてる?」
嘘は…言っていない。ただ、途切れ途切れになっていただけだが。
思った通り、“ディ様”は無理だが“エディオル様”とは呼べると…言わせる事ができた。成功して嬉しい反面…チョロ過ぎないか?と、更に心配にもなったのは…ここだけの話しだ。
そして─
顔を真っ赤にして「近過ぎ…ませんか!?」と言うハル殿。
ーあぁ…ようやく俺を意識したのかー
気が緩んだのか、また“カルザイン様”と呼ぶハル殿に圧を掛けて微笑む。すると─
キッと睨み?ながら圧?を掛けてます!みたいな顔を俺に向けて来た─。
「──くっ…」
ーだから!可愛いしかないからな!?本当に、ハル殿は一体俺をどうしたいんだ!?ー
私だって圧位掛けられるんです!えっへん!みたいな顔をするハル殿。
ー本当に…可愛いしかないと…辛いなぁー
『ふむ。どっちもどっち…と言うやつだろうか?まぁ、主が幸せなら…良いか。』
と、レフコースは生暖かく二人を見守りながら、尻尾をフリフリ揺らした。
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