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第三章ー浄化巡礼の旅ー
閑話ー出立の日の前夜ー
しおりを挟む*ジルベルト=アシュトレア視点*
「いよいよ、明日からだな。まさか、自分が異世界の聖女様と浄化巡礼の旅に出るとは…思わなかったよ。」
今回の巡礼は約200年ぶりのこと。しかも、聖女様は異世界人であり、更にもう一人、男性も召還されると言う異例尽くしの召還だった。勿論、2人ともリーデンブルク女神の加護を持っている為、特に何の問題も起こらなかった…のだが…。
「聖女様は…相変わらずなのか?」
出立の前夜、私は学生時代から付き合いのある現魔導師長であり、王弟でもあるハルシオン=サルヴァ=アルムの瑠璃宮殿にある彼の部屋に訪れていた。
そして、開口一番、ハルシオンはそう訊いて来た。
「そうだね。変わらないね。まぁ、聖女としての務めは全うされてるから…周りもあまり注意はできないと言うか…"異世界人だから仕方ない"と思ってるんじゃないかな?貴族令嬢特有の嫌な感じは無いから、侍女達からは概ね好かれてる方だと思うよ?」
「そうか…。ルドヴィル王子は…どう思っているんだ?」
「さぁ…どうだろう?私が近衛として直接第二王子に付く事は殆ど無いし、ジョシュアから何か聞いた事もないからなぁ。それこそ、叔父としてお前が何か訊いたりはしないのか?」
異世界から来た、聖女ユキ様。アルム王国ではあまり居ない漆黒の髪に瞳。それに映えるように肌は白い。少し垂れた目が庇護欲をそそる。少し困ったような顔をすれば、思わず手を差し伸べたくなるような女性。きっと、彼女の世界ではモテたであろう事が容易く想像できる。私とて、貴族として見ればユキ様は素晴らしいとは思う…思うが…
「やっぱり、どうしたって計算されてるように見えて…俺は苦手なだなぁ…」
ここにはハルシオンしか居ない為、思わず本音が漏れる。
「お前、この前…ミューの前では聖女様の事を誉めてなかったか?」
ハルシオンが意地悪そうに目を細めて突っ込んでくる。
「しょうがないだろう?ミュー嬢は聖女様の事、素直に受け止めてて素敵だって思ってるようだし…それを否定できるか?俺には無理だ!前だったらできたかもしれないが…ミュー嬢のあの素顔見た?あの純粋さみた?それでも否定できる?俺、そんな無慈悲な事できないよ!これ以上、ミュー嬢に嫌われたくない!」
ハルシオンは王族ではあるが、学生からの付き合いで、ハルシオン本人があまり身分に拘るタイプではなかった為、人目が無い所では、お互い気安く話し合える仲である。今は、二人きり。建前もクソもなく、素のままの俺が顔を出している。
「お前は…痛いヤツだな…くくっ…」
最近、ようやくハルシオンが以前のように笑うようになった。
ーミシュエルリーナ=ティリス=レイナイト侯爵令嬢ー
あの夜会でのハルシオンには驚いた。あの日、俺は近衛として国王陛下の護衛に付いていた。女嫌いのパーティー嫌いのハルシオンが、自ら夜会に出席すると言い、しかも、自らご令嬢に近付いていたのだ。極めつけに、ハルシオンがご令嬢をエスコートしながら退場して行った。
もう、騒ぎどころではなかった。陛下に至っては、可愛い弟の為にレイナイト嬢は我が弟のものだ!と言わんばかりに、その場に居た令息や親達に牽制しまくっていた。必死で止めようとしている妃殿下は大変そうだったが…。
そんな嬉しい騒ぎも、一瞬にして暗転した。
レイナイト侯爵令嬢が何者かに襲撃され、行方不明になり…遺体で発見された。
あの時のハルシオンは見ていられなかった。いつもと同じ様に振る舞う彼に、何も言えない自分がもどかしくもあった。
そんな時に耳にしたのが"上級位魔導師のミュー"だった。第一騎士団の問題児2人のプライドを綺麗に折ってくれた!と喜ぶアルバニア第一騎士団長。しかも、あの表向き爽やか、実は腹黒な第二王子までもが誉める魔導師。興味が湧かない訳がなかった。早速第二王子にお願いし、会いに行ってみれば…。
色んな意味でやられた。
自分の容姿には、それなりに自信があった。傲っていたのだ。それを、とても綺麗に折られた。それなのに、嫌な感じは全く無く、それどころか好感がもてた。しかも、無礼を働いた俺の治療もしてくれたのだ。これで惚れない訳が無い。まぁ、惚れる前に芽生えかけの気持ちをへし折られたが…。
それでも、友達ぐらいにはなれないか?と下心もあり、浄化巡礼の旅に同行したいと願い出て、許可された時は素直に嬉しかった。その嬉しさのあまり、またミュー嬢に突撃してしまったのだ。そこでまだ、衝撃的事実を知ってしまう事になった。
ミュー嬢が可愛かったのだ。あまりの可愛さに一瞬心臓が止まった。
ーあ、『お兄様』とか呼んでくれないだろうか?ー
と、ちょっとヤバい思考になった事は秘密だ。アシュトレアの家系は男系なのだ。直近の女性と言えば俺の母と、父の弟の妻(叔母)しか居ない、各々の子供も全員男なのだ。だから、そう言う思考になった事は許してもらいたい。
そして、ミュー嬢が『恋愛はもう懲り懲りだ』と言う。あれ?まだ18歳だよな?いつ、どんな恋をしたんだ?揶揄われてるかと思ったが…あの時のミュー嬢の顔は、本当に辛そうだった。
その時ーハルシオンが初めて感情を俺にぶつけて来た。これが、一番の衝撃的事実だった。あの時のハルシオンの目を見て、初めて"目だけで殺される"と思った。それと同時に、また前に進めたのか…人を好きになれたのかと安堵した。
「なぁ、ハルシオン…」
「何だ?」
「俺の家…と言うかアシュトレア一族は、いつでも喜んで妹を迎えられるからな!」
「は?」
ミュー嬢は上級位魔導師だが平民。ハルシオンは王弟。ハルシオンが望んでも、反対する貴族は必ず居るだろう。ならば、アシュトレア伯爵家の養子にして、そこからハルシオンに嫁がせれば良い。王弟の嫁に伯爵は少し弱いかもしれないが、ハルシオンは王位継承権を放棄しているし、弟大好きな陛下が居るから大丈夫だろう。
それに、俺も『お兄様』とか呼んでもらえるかもしれないし…。
「"妹"か…良い響きだよね…」
と、うっそりと笑う俺を、ハルシオンが冷たい目で見ていた事には気付かなかった。
「ジルベルトの最大のライバルは…多分レイナイト侯爵だな。」
勿論、ハルシオンが小さく囁いた言葉も耳には入っていなかった。
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