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第二章
閑話ー伊藤琢磨視点③ー
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レイナイト侯爵とは、初めて会ったと思うけど…何となく、彼からは威圧を感じる。何故?と思考を巡らせていると
「ルドヴィル様!いらしてたのですね!」
雪が名前呼びしながら、無遠慮に第二王子に近付き、王子の腕にそっと手を添える。
その瞬間、ミューさんがギリュー殿の方に意識を向けたのが分かった。そのギリュー殿は、困ったように笑っていた。
ーあぁ…雪は何も変わっていないんだ。変わろうともしていないんだー
この世界の人達は、俺達には強く出る事ができない。それでも、ここで生きていくと決めたのは俺達自身だ。この世界にはこの世界のルールがある。どんな理由があろうとも、ルールは守らないといけないのに。雪は何も分かっていない。雪を諌めるが、第二王子がそれをフォローする。行き場の無い怒りを何とか収めて、ミューさんとその場を離れた。
ミューさんと2人になり、何となく謝る。相変わらずフードで顔は見えないが、俺が悪いわけじゃないと慰められた。
どんな表情をしてるんだろう?顔が見たい…つい口に出してしまったが、食い気味に断られた。魔法に関して頼って良いか尋ねたが、それもやんわりと断られた。チクリと胸が傷んで…何故か分からないが、ミューさんに彼女の話をしてしまっていた。
「ミューさん!」
ミューさんが朱殷宮殿の訓練場に姿を現した時、嬉しさのあまり名前を叫んでいた。
ミューさんに、魔法の指導をやんわりと断られていたから、もうあまり会う事もないのかもしれないと思っていたのに、これからは週3日程会えると知った時は嬉しくてその日はなかなか寝つけなかったぐらいだった。
あまりの嬉しさで浮かれていたんだろう。第一騎士団長の後ろに、あの2人が居る事に気付かなかった。俺の事を良くは思っていない2人だ。直接手を出す事はないが、何かと文句を言って来る。やれ平民のくせに、やれ聖女のおまけのくせにと言って来るのだ。
ーその通りだしー
と、俺自身は特に気にする事も腹立たしくもなかったので、そのまま放置していた。
それが、上級位魔導師であるミューさんにもその感情を向けられるとは思いもしなかった。
何か、団長が黒い笑みでミューさんと話をしていたのは見ていたが、それが何かは分からなかった。
そして、団長が訓練場から居なくなり、あの2人が動き出し、ミューさんに威圧を掛けられて気付いた。ミューさんにこの2人を処罰させるのだと。
ミューさんに言われた通り、俺は3人から離れた場所から見ていた。
モーリア殿とアレクシス殿は、典型的な駄目貴族だった。話は聞こえないが、ニヤニヤ嗤いながらミューさんに話し掛ける。そんな2人にミューさんが何か言った後
『平民の…顔も見せない不気味な奴のくせに生意気だなぁ!』
と、モーリア殿が叫びながら攻撃魔法を展開させた。大きく渦を巻き上げながらミューさんに向かって行く。
ーミューさん!ー
あの時と同じように見えた。
大きな塊が彼女にぶつかって行くのを、ただただ見ているだけ。
心臓が大きく波打つのに、手足が動かない。呼吸もまともにできなくなる。
でも、ミューさんは彼女と違い、軽く息を吐いただけでその攻撃魔法を消し去った。しかも、更に悪態をつくモーリアを、騎士としてのプライドと共に打ちのめした。
そこに、団長や魔導師長や第二王子達がやって来て、あの2人をジョシュア殿が引き連れて行った。
金縛りにあったように動かなかった体が、ようやく動けるようになったのを確認して、そのままミューさんに駆け寄ってミューさんの右手を掴んだ。その、ミューさんの手を掴んでいる自分の手が震えているのには気付かないふりをする。
ミューさんの体がビクッと反応しながら俺の方を見る。その反応に、この手の温もりに安堵するのと同時に不安になった。
見ていたから、怪我なんてしてないって判っているのに確認せずにはいられなかった。
最初は呆れ気味のミューさんだったが、俺の手の震えに気付いたんだろう。その手の上にミューさんが手を重ねて『心配してくれてありがとうございます』と、『大丈夫です』と言って微笑んでくれてるようだった。
その声に、手の温もりに安堵する。
ー失わなくて良かったー
ミューさんは彼女ではない。俺が…誰かが守らなければならないような人ではない。それでも、ミューさんを守られるような騎士に…男になりたい。今度こそ…この優しい温もりを失わない為に。過去は変えられないし、あの世界にも還れないなら、ここでしっかり地に足を着けて生きていく。彼女を忘れるんじゃない。彼女の思い出と共に…前に…進んでいくんだ。
それから、団長に握り合っている手の事を突っ込まれ、慌てて手を離した後のミューさんの反応が可愛かったとか、団長の生暖かい視線が辛かったとか…は、まだマシだったか…。何故かレイナイト侯爵の威圧が半端なかった…あれ、絶対わざとだよな…。
とにかく、今はまだ、この気持ちに名前を付けるのは止めて蓋をする。
「まずは…信頼関係からだよな?」
と思いながら、次にミューさんに会える日を楽しみにしていた。
*これで、琢磨視点は終わりです。明日からはまた、本編に戻ります*
「ルドヴィル様!いらしてたのですね!」
雪が名前呼びしながら、無遠慮に第二王子に近付き、王子の腕にそっと手を添える。
その瞬間、ミューさんがギリュー殿の方に意識を向けたのが分かった。そのギリュー殿は、困ったように笑っていた。
ーあぁ…雪は何も変わっていないんだ。変わろうともしていないんだー
この世界の人達は、俺達には強く出る事ができない。それでも、ここで生きていくと決めたのは俺達自身だ。この世界にはこの世界のルールがある。どんな理由があろうとも、ルールは守らないといけないのに。雪は何も分かっていない。雪を諌めるが、第二王子がそれをフォローする。行き場の無い怒りを何とか収めて、ミューさんとその場を離れた。
ミューさんと2人になり、何となく謝る。相変わらずフードで顔は見えないが、俺が悪いわけじゃないと慰められた。
どんな表情をしてるんだろう?顔が見たい…つい口に出してしまったが、食い気味に断られた。魔法に関して頼って良いか尋ねたが、それもやんわりと断られた。チクリと胸が傷んで…何故か分からないが、ミューさんに彼女の話をしてしまっていた。
「ミューさん!」
ミューさんが朱殷宮殿の訓練場に姿を現した時、嬉しさのあまり名前を叫んでいた。
ミューさんに、魔法の指導をやんわりと断られていたから、もうあまり会う事もないのかもしれないと思っていたのに、これからは週3日程会えると知った時は嬉しくてその日はなかなか寝つけなかったぐらいだった。
あまりの嬉しさで浮かれていたんだろう。第一騎士団長の後ろに、あの2人が居る事に気付かなかった。俺の事を良くは思っていない2人だ。直接手を出す事はないが、何かと文句を言って来る。やれ平民のくせに、やれ聖女のおまけのくせにと言って来るのだ。
ーその通りだしー
と、俺自身は特に気にする事も腹立たしくもなかったので、そのまま放置していた。
それが、上級位魔導師であるミューさんにもその感情を向けられるとは思いもしなかった。
何か、団長が黒い笑みでミューさんと話をしていたのは見ていたが、それが何かは分からなかった。
そして、団長が訓練場から居なくなり、あの2人が動き出し、ミューさんに威圧を掛けられて気付いた。ミューさんにこの2人を処罰させるのだと。
ミューさんに言われた通り、俺は3人から離れた場所から見ていた。
モーリア殿とアレクシス殿は、典型的な駄目貴族だった。話は聞こえないが、ニヤニヤ嗤いながらミューさんに話し掛ける。そんな2人にミューさんが何か言った後
『平民の…顔も見せない不気味な奴のくせに生意気だなぁ!』
と、モーリア殿が叫びながら攻撃魔法を展開させた。大きく渦を巻き上げながらミューさんに向かって行く。
ーミューさん!ー
あの時と同じように見えた。
大きな塊が彼女にぶつかって行くのを、ただただ見ているだけ。
心臓が大きく波打つのに、手足が動かない。呼吸もまともにできなくなる。
でも、ミューさんは彼女と違い、軽く息を吐いただけでその攻撃魔法を消し去った。しかも、更に悪態をつくモーリアを、騎士としてのプライドと共に打ちのめした。
そこに、団長や魔導師長や第二王子達がやって来て、あの2人をジョシュア殿が引き連れて行った。
金縛りにあったように動かなかった体が、ようやく動けるようになったのを確認して、そのままミューさんに駆け寄ってミューさんの右手を掴んだ。その、ミューさんの手を掴んでいる自分の手が震えているのには気付かないふりをする。
ミューさんの体がビクッと反応しながら俺の方を見る。その反応に、この手の温もりに安堵するのと同時に不安になった。
見ていたから、怪我なんてしてないって判っているのに確認せずにはいられなかった。
最初は呆れ気味のミューさんだったが、俺の手の震えに気付いたんだろう。その手の上にミューさんが手を重ねて『心配してくれてありがとうございます』と、『大丈夫です』と言って微笑んでくれてるようだった。
その声に、手の温もりに安堵する。
ー失わなくて良かったー
ミューさんは彼女ではない。俺が…誰かが守らなければならないような人ではない。それでも、ミューさんを守られるような騎士に…男になりたい。今度こそ…この優しい温もりを失わない為に。過去は変えられないし、あの世界にも還れないなら、ここでしっかり地に足を着けて生きていく。彼女を忘れるんじゃない。彼女の思い出と共に…前に…進んでいくんだ。
それから、団長に握り合っている手の事を突っ込まれ、慌てて手を離した後のミューさんの反応が可愛かったとか、団長の生暖かい視線が辛かったとか…は、まだマシだったか…。何故かレイナイト侯爵の威圧が半端なかった…あれ、絶対わざとだよな…。
とにかく、今はまだ、この気持ちに名前を付けるのは止めて蓋をする。
「まずは…信頼関係からだよな?」
と思いながら、次にミューさんに会える日を楽しみにしていた。
*これで、琢磨視点は終わりです。明日からはまた、本編に戻ります*
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