51 / 105
第二章
閑話ー伊藤琢磨視点③ー
しおりを挟む
レイナイト侯爵とは、初めて会ったと思うけど…何となく、彼からは威圧を感じる。何故?と思考を巡らせていると
「ルドヴィル様!いらしてたのですね!」
雪が名前呼びしながら、無遠慮に第二王子に近付き、王子の腕にそっと手を添える。
その瞬間、ミューさんがギリュー殿の方に意識を向けたのが分かった。そのギリュー殿は、困ったように笑っていた。
ーあぁ…雪は何も変わっていないんだ。変わろうともしていないんだー
この世界の人達は、俺達には強く出る事ができない。それでも、ここで生きていくと決めたのは俺達自身だ。この世界にはこの世界のルールがある。どんな理由があろうとも、ルールは守らないといけないのに。雪は何も分かっていない。雪を諌めるが、第二王子がそれをフォローする。行き場の無い怒りを何とか収めて、ミューさんとその場を離れた。
ミューさんと2人になり、何となく謝る。相変わらずフードで顔は見えないが、俺が悪いわけじゃないと慰められた。
どんな表情をしてるんだろう?顔が見たい…つい口に出してしまったが、食い気味に断られた。魔法に関して頼って良いか尋ねたが、それもやんわりと断られた。チクリと胸が傷んで…何故か分からないが、ミューさんに彼女の話をしてしまっていた。
「ミューさん!」
ミューさんが朱殷宮殿の訓練場に姿を現した時、嬉しさのあまり名前を叫んでいた。
ミューさんに、魔法の指導をやんわりと断られていたから、もうあまり会う事もないのかもしれないと思っていたのに、これからは週3日程会えると知った時は嬉しくてその日はなかなか寝つけなかったぐらいだった。
あまりの嬉しさで浮かれていたんだろう。第一騎士団長の後ろに、あの2人が居る事に気付かなかった。俺の事を良くは思っていない2人だ。直接手を出す事はないが、何かと文句を言って来る。やれ平民のくせに、やれ聖女のおまけのくせにと言って来るのだ。
ーその通りだしー
と、俺自身は特に気にする事も腹立たしくもなかったので、そのまま放置していた。
それが、上級位魔導師であるミューさんにもその感情を向けられるとは思いもしなかった。
何か、団長が黒い笑みでミューさんと話をしていたのは見ていたが、それが何かは分からなかった。
そして、団長が訓練場から居なくなり、あの2人が動き出し、ミューさんに威圧を掛けられて気付いた。ミューさんにこの2人を処罰させるのだと。
ミューさんに言われた通り、俺は3人から離れた場所から見ていた。
モーリア殿とアレクシス殿は、典型的な駄目貴族だった。話は聞こえないが、ニヤニヤ嗤いながらミューさんに話し掛ける。そんな2人にミューさんが何か言った後
『平民の…顔も見せない不気味な奴のくせに生意気だなぁ!』
と、モーリア殿が叫びながら攻撃魔法を展開させた。大きく渦を巻き上げながらミューさんに向かって行く。
ーミューさん!ー
あの時と同じように見えた。
大きな塊が彼女にぶつかって行くのを、ただただ見ているだけ。
心臓が大きく波打つのに、手足が動かない。呼吸もまともにできなくなる。
でも、ミューさんは彼女と違い、軽く息を吐いただけでその攻撃魔法を消し去った。しかも、更に悪態をつくモーリアを、騎士としてのプライドと共に打ちのめした。
そこに、団長や魔導師長や第二王子達がやって来て、あの2人をジョシュア殿が引き連れて行った。
金縛りにあったように動かなかった体が、ようやく動けるようになったのを確認して、そのままミューさんに駆け寄ってミューさんの右手を掴んだ。その、ミューさんの手を掴んでいる自分の手が震えているのには気付かないふりをする。
ミューさんの体がビクッと反応しながら俺の方を見る。その反応に、この手の温もりに安堵するのと同時に不安になった。
見ていたから、怪我なんてしてないって判っているのに確認せずにはいられなかった。
最初は呆れ気味のミューさんだったが、俺の手の震えに気付いたんだろう。その手の上にミューさんが手を重ねて『心配してくれてありがとうございます』と、『大丈夫です』と言って微笑んでくれてるようだった。
その声に、手の温もりに安堵する。
ー失わなくて良かったー
ミューさんは彼女ではない。俺が…誰かが守らなければならないような人ではない。それでも、ミューさんを守られるような騎士に…男になりたい。今度こそ…この優しい温もりを失わない為に。過去は変えられないし、あの世界にも還れないなら、ここでしっかり地に足を着けて生きていく。彼女を忘れるんじゃない。彼女の思い出と共に…前に…進んでいくんだ。
それから、団長に握り合っている手の事を突っ込まれ、慌てて手を離した後のミューさんの反応が可愛かったとか、団長の生暖かい視線が辛かったとか…は、まだマシだったか…。何故かレイナイト侯爵の威圧が半端なかった…あれ、絶対わざとだよな…。
とにかく、今はまだ、この気持ちに名前を付けるのは止めて蓋をする。
「まずは…信頼関係からだよな?」
と思いながら、次にミューさんに会える日を楽しみにしていた。
*これで、琢磨視点は終わりです。明日からはまた、本編に戻ります*
「ルドヴィル様!いらしてたのですね!」
雪が名前呼びしながら、無遠慮に第二王子に近付き、王子の腕にそっと手を添える。
その瞬間、ミューさんがギリュー殿の方に意識を向けたのが分かった。そのギリュー殿は、困ったように笑っていた。
ーあぁ…雪は何も変わっていないんだ。変わろうともしていないんだー
この世界の人達は、俺達には強く出る事ができない。それでも、ここで生きていくと決めたのは俺達自身だ。この世界にはこの世界のルールがある。どんな理由があろうとも、ルールは守らないといけないのに。雪は何も分かっていない。雪を諌めるが、第二王子がそれをフォローする。行き場の無い怒りを何とか収めて、ミューさんとその場を離れた。
ミューさんと2人になり、何となく謝る。相変わらずフードで顔は見えないが、俺が悪いわけじゃないと慰められた。
どんな表情をしてるんだろう?顔が見たい…つい口に出してしまったが、食い気味に断られた。魔法に関して頼って良いか尋ねたが、それもやんわりと断られた。チクリと胸が傷んで…何故か分からないが、ミューさんに彼女の話をしてしまっていた。
「ミューさん!」
ミューさんが朱殷宮殿の訓練場に姿を現した時、嬉しさのあまり名前を叫んでいた。
ミューさんに、魔法の指導をやんわりと断られていたから、もうあまり会う事もないのかもしれないと思っていたのに、これからは週3日程会えると知った時は嬉しくてその日はなかなか寝つけなかったぐらいだった。
あまりの嬉しさで浮かれていたんだろう。第一騎士団長の後ろに、あの2人が居る事に気付かなかった。俺の事を良くは思っていない2人だ。直接手を出す事はないが、何かと文句を言って来る。やれ平民のくせに、やれ聖女のおまけのくせにと言って来るのだ。
ーその通りだしー
と、俺自身は特に気にする事も腹立たしくもなかったので、そのまま放置していた。
それが、上級位魔導師であるミューさんにもその感情を向けられるとは思いもしなかった。
何か、団長が黒い笑みでミューさんと話をしていたのは見ていたが、それが何かは分からなかった。
そして、団長が訓練場から居なくなり、あの2人が動き出し、ミューさんに威圧を掛けられて気付いた。ミューさんにこの2人を処罰させるのだと。
ミューさんに言われた通り、俺は3人から離れた場所から見ていた。
モーリア殿とアレクシス殿は、典型的な駄目貴族だった。話は聞こえないが、ニヤニヤ嗤いながらミューさんに話し掛ける。そんな2人にミューさんが何か言った後
『平民の…顔も見せない不気味な奴のくせに生意気だなぁ!』
と、モーリア殿が叫びながら攻撃魔法を展開させた。大きく渦を巻き上げながらミューさんに向かって行く。
ーミューさん!ー
あの時と同じように見えた。
大きな塊が彼女にぶつかって行くのを、ただただ見ているだけ。
心臓が大きく波打つのに、手足が動かない。呼吸もまともにできなくなる。
でも、ミューさんは彼女と違い、軽く息を吐いただけでその攻撃魔法を消し去った。しかも、更に悪態をつくモーリアを、騎士としてのプライドと共に打ちのめした。
そこに、団長や魔導師長や第二王子達がやって来て、あの2人をジョシュア殿が引き連れて行った。
金縛りにあったように動かなかった体が、ようやく動けるようになったのを確認して、そのままミューさんに駆け寄ってミューさんの右手を掴んだ。その、ミューさんの手を掴んでいる自分の手が震えているのには気付かないふりをする。
ミューさんの体がビクッと反応しながら俺の方を見る。その反応に、この手の温もりに安堵するのと同時に不安になった。
見ていたから、怪我なんてしてないって判っているのに確認せずにはいられなかった。
最初は呆れ気味のミューさんだったが、俺の手の震えに気付いたんだろう。その手の上にミューさんが手を重ねて『心配してくれてありがとうございます』と、『大丈夫です』と言って微笑んでくれてるようだった。
その声に、手の温もりに安堵する。
ー失わなくて良かったー
ミューさんは彼女ではない。俺が…誰かが守らなければならないような人ではない。それでも、ミューさんを守られるような騎士に…男になりたい。今度こそ…この優しい温もりを失わない為に。過去は変えられないし、あの世界にも還れないなら、ここでしっかり地に足を着けて生きていく。彼女を忘れるんじゃない。彼女の思い出と共に…前に…進んでいくんだ。
それから、団長に握り合っている手の事を突っ込まれ、慌てて手を離した後のミューさんの反応が可愛かったとか、団長の生暖かい視線が辛かったとか…は、まだマシだったか…。何故かレイナイト侯爵の威圧が半端なかった…あれ、絶対わざとだよな…。
とにかく、今はまだ、この気持ちに名前を付けるのは止めて蓋をする。
「まずは…信頼関係からだよな?」
と思いながら、次にミューさんに会える日を楽しみにしていた。
*これで、琢磨視点は終わりです。明日からはまた、本編に戻ります*
30
お気に入りに追加
316
あなたにおすすめの小説
【R18】青き竜の溺愛花嫁 ー竜族に生贄として捧げられたと思っていたのに、旦那様が甘すぎるー
夕月
恋愛
聖女の力を持たずに生まれてきたシェイラは、竜族の生贄となるべく育てられた。
成人を迎えたその日、生贄として捧げられたシェイラの前にあらわれたのは、大きく美しい青い竜。
そのまま喰われると思っていたのに、彼は人の姿となり、シェイラを花嫁だと言った――。
虐げられていたヒロイン(本人に自覚無し)が、竜族の国で本当の幸せを掴むまで。
ヒーローは竜の姿になることもありますが、Rシーンは人型のみです。
大人描写のある回には★をつけます。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
魔法使いの恋
みん
恋愛
チートな魔法使いの母─ハル─と、氷の近衛騎士の父─エディオル─と優しい兄─セオドア─に可愛がられ、見守られながらすくすくと育って来たヴィオラ。そんなヴィオラが憧れるのは、父や祖父のような武人。幼馴染みであるリオン王子から好意を寄せられ、それを躱す日々を繰り返している。リオンが嫌いではないけど、恋愛対象としては見れない。
そんなある日、母の故郷である辺境地で20年ぶりに隣国の辺境地と合同討伐訓練が行われる事になり、チートな魔法使いの母と共に訓練に参加する事になり……。そこで出会ったのは、隣国辺境地の次男─シリウスだった。
❋モブシリーズの子供世代の話になります❋
❋相変わらずのゆるふわ設定なので、軽く読んでいただけると幸いです❋
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる