初恋の還る路

みん

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第一章

召喚の間

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「聖女様が召喚されるようだ」

前置きも挨拶もなく、その上官はミューにそう告げた。
この上官は、ミューよりも魔導位が上である2人のうちの1人ーと言っても、この上官こそが魔導師のトップ"魔導師長"である。
髪の色は黒に近いアッシュグレーで、前髪は長く右側から左側に左目が少し隠れてしまうように流され、後ろ髪は襟足少し下ら辺で緩く紫の組紐で括られている。
吸い込まれそうな黒曜石のような目で、ミューを見据えている。

「できたのか?」

「間に合いませんでしたね」

"何がー?"とは訊かない。
移転魔法陣の事だと分かったからだ。

「ーですが。諦めるつもりはありません。今回召喚される聖女様がこの大陸の者であってもなくても、私は魔法陣を完成させる為に努力をしていくつもりです。」

「そうかー」

魔導師長は、双眸を少し細めながらミューを見つめ、そう囁いた。




瑠璃宮殿の地下1階2階へは、上級位魔導師以上と、それらに許可された者だけが立ち入る事ができる。
そして3階は、国王陛下と魔導師のトップである魔導師長が許可した者だけが立ち入る事ができる。滅多に使われる事がないのだが、常に魔法が掛けられているので、室内は綺麗に保たれている。

「ギリュー様は、もう召喚の間にいらっしゃるのですか?」

「ああ。ギリューは朝早くに目を輝かせながら、いの一番に行った。」

「ふふっ。こんな時でもギリュー様らしいですね。」

魔素が濃く、体が気だるい感じが続いている。きっと、上級位魔導師の1人であるギリューも同じ筈なのだが。
このギリュー、伯爵家嫡男であり一人っ子であった為、将来はこの伯爵を継ぐ予定であった。勿論、本人もそのつもりで学校にも通っていたと言う。しかし、10歳の時に魔力が開花し、本人も魔術の魅力にド嵌まり。おまけに魔力も半端なかったのだ。それからの行動が早かったらしい。魔術無しでは生きられない!貴族生活なんて死んでしまう!と言って、鞄一つ持たずに瑠璃宮殿に飛び込んだらしい。親である伯爵夫妻は青ざめた顔をして瑠璃宮殿にやって来たそうだが、ギリューのあまりに必死な形相に最後は諦め、分家筋から男の子を養子に迎えたと言う。
それでも、親子仲は良いようで(自ら家名を名乗らないが)、ギリューは伯爵家長男在籍のままである。


魔導師長が阻害認識の魔法が掛けられた壁に、そっと手をかざし魔力を少し流す。すると、そこから淡いクリーム色の光が溢れ出す。その光が魔導師長の体を覆った瞬間、魔導師長の姿が消えた。地下3階へ転移したのだ。立ち入る事が許された者だけが転移されるようになっている。そもそも、許可がなければ地下への入り口すら見付けられないのだ。その入り口も、毎回違う場所に顕れるのだ。
勿論、今回はミューも許可された1人だ。入り口に手をかざし魔力を流す。淡いクリーム色の光につつまれ、地下3階へ転移した。



乳白色の石畳に、淡いクリーム色の魔法陣が顕れ、そこから光の粒が上昇気流に乗るように舞い上がり、その光が落ち着くと、中から魔導師長とミューが現れた。

「殿下!ミュー!やっと来たのか!」

満面の笑顔で出迎えたのは、ギリューだった。

ー殿下ー

そう。魔導師長は現国王陛下の実弟、ハルシオン=サルヴァ=アルム王弟殿下なのだ。
現国王陛下は魔力が無く、獣人寄りの体質をしている。立太子される前から、次期国王になるに相応しい王子であった。

第二王子であるハルシオン様は、産まれた時から魔力が大きかった。自分は魔導師になり、外からこの国や兄上を守りたいーそう言って、第一王子が立太子する時に王位継承権を返上し、魔導師見習いになり、今、魔導師のトップに立っているのだ。

この人、魔術は勿論剣術も凄いのよね…。弱点なんてあるのかしら?いや、無いなー

「ギリュー様、顔が緩みきってますね。体の方は大丈夫ですか?」

「勿論怠いさ!しかし!しかしだよ?生きてる間に御目に掛かれるか分からなかった聖女召喚の瞬間に立ち合えるのだ!怠さなんて足の小指をぶつけた時の痛さ以下だよ!」

ーその例え、おかしくない?しかも、あれ、結構痛いよね?じゃなくて!

「…ギリューらしいな…」

いや…魔導師長、そこはもう少し突っ込んで欲しかった。でもなくて!!

「ギリュー様が居ると、緊張するのが馬鹿らしくなりますね。」

と、3人で話していると、また淡いクリーム色の魔法陣が展開した。そして、光の中から3人の姿が現れた。

1人目はー美しい金色の髪は、左右の前側を少し長目に伸ばし、サイドから後ろ側は肩上で切り揃えられている。流し目が似合う切れ長の碧目。魔力無し。この国の第二王子ールドヴィル=ファルカ=アルムー

2人目はー白いフードを羽織り、左手に自身の身長と同じ位ある木の杖を持ち、右肩から赤地に金の糸で複雑な模様の刺繍が施されたサッシュを掛けている。この中では一番上の年であろう。神託を受けた人ー神官長ーサヴァン=ローニーー

3人目はー短髪の赤髪で、襟足の一部の髪だけ少し長く伸ばし、そこを白色の組紐で括っている。目は朱色で、少しつり目気味。身長はここに居る人の中で一番高いだろう。第二王子の近衛を勤めているージョシュア=サクロニアーサクロニア侯爵家の次男

「叔父上、お久し振りでございます。」

「ルドヴィル王子も、お元気そうで良かった。」

第二王子と王弟殿下が挨拶を交わす。

「文献通りならば、今日、聖女が召喚されるのですね?私には魔力が無いから、いまいちよく分からないのだが…」

「おそらく。ここまで魔素が濃いいのは異常ですから。しかし、後は…待つだけですので。」

そう話している時ー

ー!!!ー

更に魔素が濃くなり体に張り付くような不快感が襲った。  

魔素が一気に濃くなる

息苦しくなり

視界が揺れる

乳白色の石畳に金色の魔法陣が顕れた。初めて見たその魔法陣は、とても複雑な紋様が絡み合ったように描かれている。

綺麗な紋様ーいや、どこかで何かが引っ掛かるー

その魔法陣を見ながら思考を巡らすが、不快感が酷く、まともに頭が働かない。チラッと周りを見ると、流石のギリューも顔が青白くなっている。魔力の無い第二王子はともかく、魔導師長である王弟殿下の表情は変わっていないように見える。何とか体に力を入れ直そうとした時、魔法陣から一気に金の光が舞い上がった。床から天井迄5メートル程の高さがあるが、一気に光で満たされる。舞い上がった光が宙を漂いキラキラと輝く。

その光の中で影が動く

二つの影だ

ー影が二つ?ー

魔素が少しずつ落ち着いて来るのと比例するように、光の輝きもなくなっていく。

そして、金色に輝く魔方陣の光も少しずつ弱くなりー消えていくー


消えた魔法陣に代わり、そこには



2人の男女が立って居た
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