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3 日常生活
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「ニア、そろそろお昼にしない?」
「あ、もうそんな時間なんですね…」
私に声を掛けてくれたのはカリーヌさん。私より五つ年上で、旦那さんと10歳になる子供も居る、しっかり者の薬師さん。
早いもので、私がこの商会にやって来てから10年が経ち、私も25歳になった。
この商会は、色んな薬を作ったり販売している、比較的大きな商会だ。
私の仕事はポーション作りの補助。ポーションには精製水が必要で、その精製水の質が良い程良いポーションが作れる。水属性の魔力持ちが作り出す水は、その純粋度がより高く質の良いモノなんだそうで、私はその為にここに……売られたのだ。
勿論、普通に雇われた魔力持ちの“魔道士”も数人居るが、私とは……(他の人は知られていないけど)扱いが違う。
雇われた魔道士は、ちゃんとした給金があり、勤務体制も1週間に必ず2日か3日の休みがあり、1日の就労時間は9時間。場合によっては残業もあったりするが、残業すればその分のお給料もちゃんと出る。薬師も同じだ。彼らからすれば、この商会の待遇は良いものだと思う。
私はと言うと─私には両親も親戚も居ない。修道院から孤児として売られて来た。18歳で成人するまでは、この商会の3階にある部屋で過ごしながら働き、成人すると外に部屋を用意され、そこで独り暮らしをしながら商会に通いで働く事になった。休みは1週間に1日か2日で、残業もしょっちゅうあるが、その分の手当ては貰えない。お給料も“ポーション作りの補助”と言う事で、他の魔道士や薬師よりもかなり少ない。その少ない給料の中から家賃を支払うと、残るのはほんの僅か。食事を我慢する事もあったりする。
「ニア、これ食べてくれる?昨日作り過ぎちゃって」
カリーヌさんとランチを食べていると、よくこうやって家で作った物をくれたりする。“作りすぎて”“余っちゃって”“食べてくれると助かるの”と、いつも私が気にしないような言い回しで。きっと、気を使ってくれているのだ。
私は25歳にも関わらず小柄で、見た目も実際年齢より下に見られる事が多い。体型も細過ぎると、いつもカリーヌさんに心配されている。
「カリーヌさんの手料理は美味しいから、有り難く頂きますね」
「こちらこそ、貰ってくれてありがとう。本当に助かるわ」
ニコニコ笑うカリーヌさん。いつもこうだ。“貰ってくれてありがとう”“捨てずに済むわ。ありがとう”と、逆にお礼を言われてしまうのだ。カリーヌさんは、いつも私の心を温めてくれる。私は、そんなカリーヌさんが大好きだ。
******
「本当にお前は相変わらずだな」
「……すみません」
この商会の勤務時間終了し、皆が帰った後、私は1人商会長の執務室に呼び出された。いつものお小言だ。
「お前のように身寄りの無い者を働かせてやっていると言うのに、この10年、殆ど成長していないとは…。魔力も増えないから作られる水の量も変わらない。作業も遅い。もっと私に恩返し…この商会に貢献できるように働くんだ。今日も、ノルマ分の精製水を用意してから帰るように」
「はい…分かりました」
“ノルマ分の精製水”──毎日作られるポーションの量や数は決められている。その決められた量以外に、私には作らなければならない量─ノルマがある。余裕がある時は勤務時間内に作ったりもするが、殆どの場合は終業後に作る事が多い。何故作らなければいけないのか…理由は知らないけど、作れと言われれば作るしかないのだ。
ただ、もともと魔力量が少ない私にとっては、大量の水を一気に作る事はできない上に、勤務時間後に更に作ると言う事で、かなりの時間が掛かってしまう。それから家に帰る頃には、もうヘトヘトになり、お腹は空いているけど作る気力も食べる気力もなくて、そのまま寝落ちしてしまう事がしょっちゅうある。そのせいで、小柄な体型になっているんだろうと思う。
「今日も、帰宅後寝落ちコースかな……」
小さく呟いた後、私は作業室へと向かった。
******
「ニア、おはよう。相変わらず早いわね」
「カリーヌさん、おはようございます」
昨日は予想通りに帰宅後そのまま寝落ちした。
どれだけ疲れていても、翌朝はいつも同じ時間に目が覚める。それから少し多目の朝食を食べ、商会へとやって来ると商会の周りの掃除をする。それも、私に課せられた仕事の一つだ。
「あ、奥様、おはようございます」
「………おはようございます」
「おはよう」
“奥様”とは、5年前にこの商会の会長─ギリス=ドルファンの元へ嫁いで来た元伯爵令嬢の──モニクだ。
前夫人である奥様が7年前に病死した後、後妻として嫁いで来たのだ。モニクとは、私の両親の死後、一度も会っておらず、懐かしさのあまり思わず駆け寄ろうとしたら──「平民のくせに、私に近付かないで」と耳元で呟かれた。アレは、他の誰にも聞こえてはいなかったと思う。この商会には、私以外の平民も働いていれば、客にも平民がいる。私以外の平民の人達は「商会長も素敵な奥様を迎え入れられたわね」と、皆口を揃えて言っている。確かに……私以外の平民への態度は……とても良い。
私は、モニクとは幼馴染みで友人でもあると思っていたけど、彼女の方は……そうは思ってもいなかったようだ。
❋エールを頂き、ありがとうございます❋
❋お気に入り登録、ありがとうございます❋
✧♪•*¨*•.¸¸♫(。˃ ᵕ ˂ *)♫•*¨*•.¸¸♪✧
「あ、もうそんな時間なんですね…」
私に声を掛けてくれたのはカリーヌさん。私より五つ年上で、旦那さんと10歳になる子供も居る、しっかり者の薬師さん。
早いもので、私がこの商会にやって来てから10年が経ち、私も25歳になった。
この商会は、色んな薬を作ったり販売している、比較的大きな商会だ。
私の仕事はポーション作りの補助。ポーションには精製水が必要で、その精製水の質が良い程良いポーションが作れる。水属性の魔力持ちが作り出す水は、その純粋度がより高く質の良いモノなんだそうで、私はその為にここに……売られたのだ。
勿論、普通に雇われた魔力持ちの“魔道士”も数人居るが、私とは……(他の人は知られていないけど)扱いが違う。
雇われた魔道士は、ちゃんとした給金があり、勤務体制も1週間に必ず2日か3日の休みがあり、1日の就労時間は9時間。場合によっては残業もあったりするが、残業すればその分のお給料もちゃんと出る。薬師も同じだ。彼らからすれば、この商会の待遇は良いものだと思う。
私はと言うと─私には両親も親戚も居ない。修道院から孤児として売られて来た。18歳で成人するまでは、この商会の3階にある部屋で過ごしながら働き、成人すると外に部屋を用意され、そこで独り暮らしをしながら商会に通いで働く事になった。休みは1週間に1日か2日で、残業もしょっちゅうあるが、その分の手当ては貰えない。お給料も“ポーション作りの補助”と言う事で、他の魔道士や薬師よりもかなり少ない。その少ない給料の中から家賃を支払うと、残るのはほんの僅か。食事を我慢する事もあったりする。
「ニア、これ食べてくれる?昨日作り過ぎちゃって」
カリーヌさんとランチを食べていると、よくこうやって家で作った物をくれたりする。“作りすぎて”“余っちゃって”“食べてくれると助かるの”と、いつも私が気にしないような言い回しで。きっと、気を使ってくれているのだ。
私は25歳にも関わらず小柄で、見た目も実際年齢より下に見られる事が多い。体型も細過ぎると、いつもカリーヌさんに心配されている。
「カリーヌさんの手料理は美味しいから、有り難く頂きますね」
「こちらこそ、貰ってくれてありがとう。本当に助かるわ」
ニコニコ笑うカリーヌさん。いつもこうだ。“貰ってくれてありがとう”“捨てずに済むわ。ありがとう”と、逆にお礼を言われてしまうのだ。カリーヌさんは、いつも私の心を温めてくれる。私は、そんなカリーヌさんが大好きだ。
******
「本当にお前は相変わらずだな」
「……すみません」
この商会の勤務時間終了し、皆が帰った後、私は1人商会長の執務室に呼び出された。いつものお小言だ。
「お前のように身寄りの無い者を働かせてやっていると言うのに、この10年、殆ど成長していないとは…。魔力も増えないから作られる水の量も変わらない。作業も遅い。もっと私に恩返し…この商会に貢献できるように働くんだ。今日も、ノルマ分の精製水を用意してから帰るように」
「はい…分かりました」
“ノルマ分の精製水”──毎日作られるポーションの量や数は決められている。その決められた量以外に、私には作らなければならない量─ノルマがある。余裕がある時は勤務時間内に作ったりもするが、殆どの場合は終業後に作る事が多い。何故作らなければいけないのか…理由は知らないけど、作れと言われれば作るしかないのだ。
ただ、もともと魔力量が少ない私にとっては、大量の水を一気に作る事はできない上に、勤務時間後に更に作ると言う事で、かなりの時間が掛かってしまう。それから家に帰る頃には、もうヘトヘトになり、お腹は空いているけど作る気力も食べる気力もなくて、そのまま寝落ちしてしまう事がしょっちゅうある。そのせいで、小柄な体型になっているんだろうと思う。
「今日も、帰宅後寝落ちコースかな……」
小さく呟いた後、私は作業室へと向かった。
******
「ニア、おはよう。相変わらず早いわね」
「カリーヌさん、おはようございます」
昨日は予想通りに帰宅後そのまま寝落ちした。
どれだけ疲れていても、翌朝はいつも同じ時間に目が覚める。それから少し多目の朝食を食べ、商会へとやって来ると商会の周りの掃除をする。それも、私に課せられた仕事の一つだ。
「あ、奥様、おはようございます」
「………おはようございます」
「おはよう」
“奥様”とは、5年前にこの商会の会長─ギリス=ドルファンの元へ嫁いで来た元伯爵令嬢の──モニクだ。
前夫人である奥様が7年前に病死した後、後妻として嫁いで来たのだ。モニクとは、私の両親の死後、一度も会っておらず、懐かしさのあまり思わず駆け寄ろうとしたら──「平民のくせに、私に近付かないで」と耳元で呟かれた。アレは、他の誰にも聞こえてはいなかったと思う。この商会には、私以外の平民も働いていれば、客にも平民がいる。私以外の平民の人達は「商会長も素敵な奥様を迎え入れられたわね」と、皆口を揃えて言っている。確かに……私以外の平民への態度は……とても良い。
私は、モニクとは幼馴染みで友人でもあると思っていたけど、彼女の方は……そうは思ってもいなかったようだ。
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