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四章 変態紳士の躍動
スタンバーグ領の後釜
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リーンからの衝撃な一言から一夜明け、アイは久しぶりに書斎でスタンバーグ領の仕事をこなしていた。
リーンは既に王都へと出立したあとであった。
「アイ様、お茶にしませんか?」
書斎の扉の向こうからアイを呼ぶ声。
「ラム、どうぞ入って」
これだけ仕事に追われるのは久しぶりであった。ぶどう酒の製造に成功して大量生産を始めた頃が懐かしいと、アイは資料から目を離さないまま、微笑む。
「嬉しそうですね、アイ様」
ラムレッダはポットからカップへお茶を淹れると、邪魔にならないように机の片隅に置く。
「そうね。ここ最近色々ありすぎて頭がおかしくなったみたい」
忙しいのは有難い。弟の事や辺境伯の事など考えて悲しんでいる暇は無い。
「あら? お茶を変えたの?」
一口カップに口をつけたアイは、実家の味と違うお茶に眉毛をハの字へ変える。
「どうやら帝国産の物みたいです。そういった物が倉庫に大量にあったので勿体なくって」
「ふーん……そうなの……」
悪い味ではない。二口目をつけると、とても後味がスッキリとしており鼻に抜ける爽やかな刺激が心地よい。
アイにはどこかで同じようなものを飲んだ記憶があった。
記憶を探っていく。
ずっと昔、それこそスタンバーグ家の長女として生まれるよりもっと昔。
「あ、分かった。これハーブティーね」
あまり紅茶等飲んでくるような前世ではなかったが、一度だけ、人との付き合いで飲んだのを思い出す。ハーブティーでも定番なミントの香り。
「帝国ではミントを栽培しているのかしら? ねぇ、ラム」
「はぁ……ミント……ですか? 何ですか、それは?」
ミントをラムレッダは知らなかった。お茶には造詣が深いラムレッダも知らないとなると、よっぽど珍しい物なのかと探求心が疼く。
「ラム。悪いけどこのお茶の葉とゼファーを呼んで来てくれるかしら?」
アイは財政が大きく破綻して立て直しを計らなければならないスタンバーグ領の助け船になるのではと考えていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
アイの元へお茶の葉とゼファリーがやって来る。ゼファリーもゼファリーでリーンの代役としての役目で忙しく、やって来るなり、とても迷惑そうな表情をしていた。
「一応、貴方、私の部下よね?」
「ええ。間違いありませんよ、お嬢様?」
「だったら呼びつけて、来るなりへの字口なのは何なの?」
「俺の体は一つしかありませんからね。単に忙しいだけで、決してお嬢様の用件が面倒臭そうな気配がするなんてこれっぽっちも思っていませんよ」
相変わらずハッキリとした物言い。まるでリーンと出会う前のスタンバーグ家の雰囲気にアイはどこかでホッとしていた。
「まぁいいわ。それより、これを見て。ラムは知らなかったみたいだけどこのお茶の葉はミントというのだけど、ゼファーは知ってる?」
「俺がラムレッダよりお茶に詳しいはずは無いでしょう。それで、このお茶がどうかしたのですか?」
「私が知っている知識だけで言うけど、ミントは確か繁殖力が非常に強い植物よ。栽培もしやすく、手入れ自体もそれほど手がかからない。なので、何とかして最初の苗を手に入れたいの。そうすれば、新たなお茶の葉として売りに出せるし収入も増えるはずよ」
「苗を……ですか。ですがこれは帝国産だと聞きました。手に入れるなら帝国に行かない……あっ」
ゼファリーも珍しく失念していた。聞いた当初は面倒だと思ったが、わざわざ帝国に自ら行く必要は無い事に気づく。
「ジェシカがまだ帰国していませんね。手紙と人を送れば、後々帰国するついでに持って来てもらえば」
「ええ、私もジェシーなら信用出来るわ。私の見込みでは、苗が届きさえすれば一年以内に財政も潤うわ」
早速にと手紙を書いたアイは一度ゼファリーに手渡し、ゼファリーはジェシカの店であるユノ商会を目指して出発した。
「ラム、ありがとう。貴女のお陰で領地の立て直しも早そうよ」
「いえ、アイ様。恐縮です」
アイはラムレッダの手を取り感謝を伝えるのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
アイの懸念は、まだ残っていた。そしてその懸念が左右される使者が王都から訪れる。
父は亡くなり弟はスタンバーグ領を去った。領地を治める者がいないのである。
今はアイがリーンの代行として立て直しを図っている。
もし、領地の没収や別の人間が治めるとなると全て水の泡となってしまう。
「貴女がアイリッシュ・スタンバーグ様ですな」
「はい、そうです。使者殿の用件は領主に関してですね」
使者の男は静かに頷くと、アイだけでなくゼファリーやラムレッダにも緊張が走る。
「王命をそのまま読みます。『現スタンバーグ伯爵家は断絶したとみなし廃爵とする。よって現時刻をもってスタンバーグ領はリーン・ブルクファルト侯爵領となる』」
「廃爵……って、リーンが侯爵!?」
「はい。今回の件をもってブルクファルト辺境伯が持つ従属爵位のうち侯爵を継ぐ事になりました。よってリーン・ブルクファルト家として新しい家督となります。それと、これはリーン様からの伝言です。『自分の仕事が終わるまで、領地経営はアイに任せた』と」
リーンの伝言を聞いてアイはホッと胸を撫で下ろす。侯爵になった事にも驚いたが何よりこの地に住まう人々を守れる事に安堵していた。
「アイリッシュ様。これは王命の外の話ですが、貴女がリーン様との間に男子を二人、設ける事が出来たなら、次男にはスタンバーグ家を継がせる事が可能だとも王様は仰っていられてました。良かったですね」
アイはその場で崩れ落ちるように泣き崩れる。決して悲しいからではなく、スタンバーグ家の未来に明るい兆しが見えたからであった。
リーンは既に王都へと出立したあとであった。
「アイ様、お茶にしませんか?」
書斎の扉の向こうからアイを呼ぶ声。
「ラム、どうぞ入って」
これだけ仕事に追われるのは久しぶりであった。ぶどう酒の製造に成功して大量生産を始めた頃が懐かしいと、アイは資料から目を離さないまま、微笑む。
「嬉しそうですね、アイ様」
ラムレッダはポットからカップへお茶を淹れると、邪魔にならないように机の片隅に置く。
「そうね。ここ最近色々ありすぎて頭がおかしくなったみたい」
忙しいのは有難い。弟の事や辺境伯の事など考えて悲しんでいる暇は無い。
「あら? お茶を変えたの?」
一口カップに口をつけたアイは、実家の味と違うお茶に眉毛をハの字へ変える。
「どうやら帝国産の物みたいです。そういった物が倉庫に大量にあったので勿体なくって」
「ふーん……そうなの……」
悪い味ではない。二口目をつけると、とても後味がスッキリとしており鼻に抜ける爽やかな刺激が心地よい。
アイにはどこかで同じようなものを飲んだ記憶があった。
記憶を探っていく。
ずっと昔、それこそスタンバーグ家の長女として生まれるよりもっと昔。
「あ、分かった。これハーブティーね」
あまり紅茶等飲んでくるような前世ではなかったが、一度だけ、人との付き合いで飲んだのを思い出す。ハーブティーでも定番なミントの香り。
「帝国ではミントを栽培しているのかしら? ねぇ、ラム」
「はぁ……ミント……ですか? 何ですか、それは?」
ミントをラムレッダは知らなかった。お茶には造詣が深いラムレッダも知らないとなると、よっぽど珍しい物なのかと探求心が疼く。
「ラム。悪いけどこのお茶の葉とゼファーを呼んで来てくれるかしら?」
アイは財政が大きく破綻して立て直しを計らなければならないスタンバーグ領の助け船になるのではと考えていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
アイの元へお茶の葉とゼファリーがやって来る。ゼファリーもゼファリーでリーンの代役としての役目で忙しく、やって来るなり、とても迷惑そうな表情をしていた。
「一応、貴方、私の部下よね?」
「ええ。間違いありませんよ、お嬢様?」
「だったら呼びつけて、来るなりへの字口なのは何なの?」
「俺の体は一つしかありませんからね。単に忙しいだけで、決してお嬢様の用件が面倒臭そうな気配がするなんてこれっぽっちも思っていませんよ」
相変わらずハッキリとした物言い。まるでリーンと出会う前のスタンバーグ家の雰囲気にアイはどこかでホッとしていた。
「まぁいいわ。それより、これを見て。ラムは知らなかったみたいだけどこのお茶の葉はミントというのだけど、ゼファーは知ってる?」
「俺がラムレッダよりお茶に詳しいはずは無いでしょう。それで、このお茶がどうかしたのですか?」
「私が知っている知識だけで言うけど、ミントは確か繁殖力が非常に強い植物よ。栽培もしやすく、手入れ自体もそれほど手がかからない。なので、何とかして最初の苗を手に入れたいの。そうすれば、新たなお茶の葉として売りに出せるし収入も増えるはずよ」
「苗を……ですか。ですがこれは帝国産だと聞きました。手に入れるなら帝国に行かない……あっ」
ゼファリーも珍しく失念していた。聞いた当初は面倒だと思ったが、わざわざ帝国に自ら行く必要は無い事に気づく。
「ジェシカがまだ帰国していませんね。手紙と人を送れば、後々帰国するついでに持って来てもらえば」
「ええ、私もジェシーなら信用出来るわ。私の見込みでは、苗が届きさえすれば一年以内に財政も潤うわ」
早速にと手紙を書いたアイは一度ゼファリーに手渡し、ゼファリーはジェシカの店であるユノ商会を目指して出発した。
「ラム、ありがとう。貴女のお陰で領地の立て直しも早そうよ」
「いえ、アイ様。恐縮です」
アイはラムレッダの手を取り感謝を伝えるのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
アイの懸念は、まだ残っていた。そしてその懸念が左右される使者が王都から訪れる。
父は亡くなり弟はスタンバーグ領を去った。領地を治める者がいないのである。
今はアイがリーンの代行として立て直しを図っている。
もし、領地の没収や別の人間が治めるとなると全て水の泡となってしまう。
「貴女がアイリッシュ・スタンバーグ様ですな」
「はい、そうです。使者殿の用件は領主に関してですね」
使者の男は静かに頷くと、アイだけでなくゼファリーやラムレッダにも緊張が走る。
「王命をそのまま読みます。『現スタンバーグ伯爵家は断絶したとみなし廃爵とする。よって現時刻をもってスタンバーグ領はリーン・ブルクファルト侯爵領となる』」
「廃爵……って、リーンが侯爵!?」
「はい。今回の件をもってブルクファルト辺境伯が持つ従属爵位のうち侯爵を継ぐ事になりました。よってリーン・ブルクファルト家として新しい家督となります。それと、これはリーン様からの伝言です。『自分の仕事が終わるまで、領地経営はアイに任せた』と」
リーンの伝言を聞いてアイはホッと胸を撫で下ろす。侯爵になった事にも驚いたが何よりこの地に住まう人々を守れる事に安堵していた。
「アイリッシュ様。これは王命の外の話ですが、貴女がリーン様との間に男子を二人、設ける事が出来たなら、次男にはスタンバーグ家を継がせる事が可能だとも王様は仰っていられてました。良かったですね」
アイはその場で崩れ落ちるように泣き崩れる。決して悲しいからではなく、スタンバーグ家の未来に明るい兆しが見えたからであった。
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