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四章 変態紳士の躍動

変態紳士は知っている

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 アイは後悔をしていた。

 リーンに三角木馬を教えたことを。

 アイは思い出した。拷問器具としても有名な一面があると同時にアイのいた時代には別の使われ方をしている事を。

 男性経験もなく、その手の事に疎く物ばかり作って来たアイの転生前の記憶では、思い出すのに時間が要したのは仕方のない事だった。

「見てくれ、アイ! 試作品だ」

 たった一晩で作らせた試作品の三角木馬。
形状はアイが思うのとは、少し違い馬の背が広く高さもあまりない。
しかし、その上に跨がるリーンにとっては、十分に足が届いておらず、恍惚の表情をしていた。

 さすがに服を着てはいたが、庭先に呼ばれて来てみれば、その光景を見たアイは頭を抱えていた。

「何で自ら試すのよ」

 リーンは、アイの言葉に首を傾げる。

「初めに三角木馬とやらの形状を聞いた時、気付いた。元々こういう使い方から拷問器具に派生したものだって」

 発想は逆でありながら、リーンは改めてリーンなのだとアイは気付かされた。

 しかし、不思議と庭先で皆にリーンの姿を見られ恥ずかしいと思いながらも、出会った当初ほど嫌な気持ちにはなっていなかった。

「いい加減に降りてよ。それに少し背が低い気がするわ。これじゃ、大人は使えないわよ。だいたい作り方が雑! 脚の太さもばらつきがあって安定しないだろうし、ほら、ちゃんと磨かないからトゲが出てる。だいたい三角といっても幅が広いわ、って私何を言っているのかしら」

 物を作る以上、雑な作りは見て見ぬふりが出来ずについつい口を出してしまったアイは我に返るとみるみる顔が赤くなり、部屋へと逃げるように去っていってしまった。

「放置された……これはこれで!」

 周囲の目に晒されながら、リーンの興奮は冷めることなく、木馬の上で一人ガタガタと動くのであった。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


 スタンバーグ領滞在三日目のこと。アイはリーンから書斎へと呼ばれる。ノックをすると中からリーンが出迎えて扉を開いた。
 その様子を近くで見ていたラムレッダは、二人の仲睦まじい姿に胸を撫で下ろす。一時期、二人の仲は険悪になりかけていたのを近くで見ていた分、余計に安堵していた。

「どこかに行くの? リーン」

 書斎にいるのはリーンのみで、アイを中に入れるとかけていたコートを身に纏う。

「少し、留守にする。王都に向かう予定だ。けど、その前にアイに話しておくことがあるから、呼んだんだ」

 リーンは、身支度を整えながらアイをソファーに座らせた。

「これからは、少し大変だと思う。僕にとってもアイにとっても」

 随分と回りくどい言い方をするリーンに、アイは眉をひそめた。

「何があるの?」
「この間話しただろ? 君を婚約の儀で殺そうとした黒幕の話を。最初に言っておくけど、僕は意図していないから」
「どういう意味?」

 リーンは、今一つ決断がつかない様子で口ごもりながら書斎をうろちょろして話を切り出せずにいた。

「何も言われないと分からないわ」

 アイに急かされリーンは天井を仰ぎ見る。そして視線をアイの顔へ向けると、黒幕の名を口にした。

「今……なんて……」

 思わずアイは聞き直す。それほど信じられない相手であった。

「君を殺すように命じたのは、ブルクファルト辺境伯。つまり、僕の父だ」

 アイは口を開けたまま唖然となる。

 以前、レヴィの事で辺境伯はアイを冷たく引き離した経緯はあるものの、リーンの父として悪い印象は抱いていなかった。
 初めて会った食事会でも、自分の物つくりに対する話を興味深く聞いてくれていた。
 だからこそ、今でも彼の父親が自分を殺そうとしたなどと信じきれていなかった。

「何故……何故、辺境伯様が!? はっ……! リーン、まさか貴方は……」
「最初に言っておくと言っただろ。僕の意図ではないって。父上は非常に野心の強い方だ。だから僕は君を貰う条件に父上に約束をしたんだ。彼女は必ず役に立つとね」
「私を騙したの……?」

 リーンは小さく首を横に振る。

「その逆だよ。君を手に入れるために、君と結婚したいがために、父上に撒き餌を撒いたんだ。僕は君に一目惚れしたと以前に話をしただろう?」

 力の強い辺境伯家、地方の一伯爵家。身分差はそれほど無いにも関わらず、本来ならあり得ない組み合わせであった。
 ましてやアイは大幅に婚期を逃している。

「しかし、父上はせっかちでもある。一度は君を見限ったようだ。だから婚約の儀に君を暗殺しようとした。失敗したけどね」
「リーンは辺境伯と仲のよい親子だとばかり思っていたのに……」

 窓から差し込む光を浴びてリーンのエメラルドグリーンの髪は輝くが逆光によりその表情がアイからはよく見えず、僅かに微笑んだような気がした。

「僕は不義を働くのが嫌いだ。父上は野心が強いあまりに、やり過ぎた。父上は……父上は、このラインベルト王国を帝国の力を利用して手に入れるつもりだっ!」

 驚愕な真実、ラインベルト王国随一の力を持つブルクファルト家の謀反の兆し。そして、アイはリーンと王様が密会をしているのを知っている。

 アイの中で一つの結論に至った。

「リーン……貴方、もしかしてラインベルト側の密偵……なの?」

 コクリと頷くリーン。やはり実の親を訴えるのは心苦しいのか視線を落とす。

「アイ。聞いてくれ。僕の知っている全てを。アイの身に振りかかった三つの事件。ロージーの死。昔で言えばザッツバード侯爵の反乱、そして……君の両親の死から始まった今回のスタンバーグ領の事件。僕は、この全てに父上が関わっていると考えている」

 それは、アイの身には背負いかねないほどの、とても重い衝撃の事実であった。
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