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三章 変態紳士の裏切り

ロージーの暗殺②

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 アイとラムレッダを乗せた馬車は、謎の騎馬に取り囲まれてしまう。盗賊にしては手際よく、更に騎乗の技術は、端から見ても素人のものではない。

 訓練された者。つまり何処かしらの兵士であることが伺えた。

 顔はご丁寧に目だけを出すように布で隠して身元がバレないようにしている。

 馬車の背後の窓からは、追って来ていた者達も追い付くのが見え、アイとラムレッダは生唾を飲み込んだ。

 ギャッ、と馬車のすぐ側から聞こえた悲鳴に二人は震え上がる。警護をしていた者が矢で打ち抜かれ、揉んどりうって馬から転げ落ちた。

 ところが一斉に襲って来る様子がない。

 前方の騎馬と後ろから追って来た騎馬は、付かず離れずで様子を伺う。

「アイ様。アイ様は、私が護ります」

 ラムレッダは覚悟を決め懐から取り出した細い短剣を抜く。

「何言ってるのよ。貴女を犠牲にしろと? ゼファーにどういう顔をしたらいいのかわからなくなるわよ。それよりも諦めないで。死ぬことなんて何時でも出来るわ!」

 アイも覚悟を決めた。それは、死ぬ覚悟ではなく最後まで足掻いてやると。
 頭にはリーンの事が思い浮かぶ。このまま、終わりたくないと強く願う。
何より、戦争を回避して弟を助けたい。
それが出来る所まで来たのに、剣が納まれば再びリーンと仲良く……。

 アイは、その思いを頭を振って振り払う。全ては生きるために。

「合図したら、一気に突き抜けましょう。それこそ、馬車をぶつけるつもりで」

 御者も覚悟を決めたのかアイの指示に小さく頷く。

 この場には三つの思いがぶつかっていた。

 背後から追いかけて来たのはロージーの手の者。ロージーの指示により自分達が手を汚すわけにはいかないと。

 前方の騎馬はロージーに協力している者の配下達。主の指示により手助けだけをしろと命じられていた。

 どちらも牽制するだけ。自らの手を汚す訳にはいかないと。

「いい? 前方だけを見なさい。ラムレッダは背後の動きを確認しておいて。前方の者達も所詮人よ。いずれ疲れ視線が揺らぐはず。そこが狙い目よ」

 それでも一か八かなのは変わらない。アイ達は、にらみ合いを続けた。

「今よ!」

 アイの合図で馬車と警護は一斉に一点突破を図る。人よりも先に馬が落ち着きを無くし、それに一瞬気を取られたのだ。

 躊躇うことは出来ない。ちょっとでも躊躇うと囲まれる。本気で馬車をぶつける勢いであった。

 アイとラムレッダは騎馬に近づくに連れて強く願う。そのまま道を開けてくれと。

 ところが前方の騎馬はアイの想像を上回るほど錬成された兵士だったようで、避けるどころか自らの体を馬車の車体にぶつけて来た。

 激しく揺れたあと馬車は横転してアイとラムレッダは、中から放り出されてしまう。

「大丈夫ですか、アイ様!」
「え、ええ……」

 ぎゃっ、と小さな悲鳴が聞こえアイとラムレッダは目を見開く。
瞬く間に、御者と警護の者は殺されてしまっていた。

 残っているのはラムレッダとアイの二人。ラムレッダは自らを盾にして短剣を構える。その手は細かく震えており、アイはそっとラムレッダの手を降ろさせた。

「アイ様?」
「最後まで足掻くわよ、二人で!」

 アイはラムレッダの手を取ると走り出し、なだらかな坂を駆け上がっていく。
背後には弓矢を構えている者がいるなど気づかずに。

 強く引いた弦に弾かれ飛んでいく矢は、アイの左足の太ももを深く突き刺した。

 今まで感じたことのない激痛にアイは、その場で倒れ泥草にまみれる。
ラムレッダは咄嗟にアイの体に覆い被さった。
少しでも、一秒でも長くアイに生きてもらいたいが為に。

 近づく騎馬は槍へと武器を変える。ラムレッダはこの槍でアイ諸とも貫かれるのかと感じて、思わず笑みを浮かべた。

 それは、一緒に死ねるならとの思いから。ところが槍を持った連中は、一瞬動きを止める。
熟練されているが故に、ラムレッダの笑みに何かあるのではと警戒したのだ。

 しかし、何かあるはずもなく、警戒はすぐに解かれてしまった。

 男は槍を馬上から大きく振りかぶる。

 ラムレッダは顔を槍から逸らして強く瞼を閉じた。

 痛みは無かった。死ぬ時というのは、こんなあっさりとしたものだろうかとラムレッダが瞼を開こうと思った、その時、耳に轟く声が。

「進めぇ! 二人を助けるのだーっ!」

 瞼を開いたラムレッダが見たのは、一気に坂を降りてくる騎馬隊が二人を飲み込んでいく。

 あっという間に追撃する騎馬隊が通り過ぎたあと、坂の上を見上げるとゼファリーと、リーンの姿があった。

「大丈夫か、ラムレッダ! お嬢様!」

 ゼファリーは急いで駆けつけて来るが、リーンはゆったりと馬を動かして坂を降りてくる。

「アイ様が怪我を……」
「うっ……これはすぐに止血しないと」

 太ももに刺さった矢を抜きたいが、それには激痛を伴う。

「お嬢様。今から矢を抜きます。痛いですが、我慢してください」

 アイは小さく頷くも、ゼファリーが矢に触れただけで痛みにより思わず反射でゼファリーを腕で払い除けてしまう。
前に脇腹をナイフで刺された時は気を失っていたが、今回は意識がある分、どうしても傷口を見てしまい恐怖で反応してしまっていた。

「僕が押さえつけよう」

 リーンが馬から降りると何を思ったのか、アイを抱き締めて、体を固定する。これでアイからは傷口が見えない。

「今のうちに」

 ゼファリーが一気に矢を引き抜くと、アイはたまらずリーンの背中に爪を強く立てた。服の上からでも突き立てた爪がリーンの体にめり込むもリーンは眉一つ動かすことなく平然としていた。

 矢を抜いたことで血が溢れアイのドレスのスカートはみるみると赤く染まっていく。
二度と着れなくなったドレスのスカートをゼファリーは、躊躇うことなく引きちぎり、手際よく止血を行う。

「リーン……」

 血が大量に失われ朦朧とした意識でアイはリーンの顔を見つめると、これでもかと言うくらいに安堵した表情を見せ、リーンの胸の中で気を失った。
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