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二章 変態的活用法
アイの過去②
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アイとラムレッダは、ゼファーを連れて盗賊に荒らされるという畑を見に、邸宅を出る。
まずは現場の確認として何気無く出掛けたのだが、ゼファーは先を行くアイとラムレッダを後ろからついていく。
中々、遅々として進まないのは、アイがやたらと通りすがりの人達に声をかけられるからであった。
買い物帰りの主婦に、
「アイ様、今度棚が欲しいのですけど……」
「わかったわ。工房にどんなのが良いのか要望出しておいて。今度寸法測りに行くわ」
ガリガリに痩せた老齢の男性に、
「今度の日雇いはいつでしたったかの? アイ様」
「明後日よ。炊き出しも出るから時間間違えないようにね」
馬車の荷台に乗った幼い女の子から、
「アイちゃま~」
「ジェシー。お父さんの手伝い? 偉いわね」
「えへへ、とうちゃ、頼りないしぃ」
まだ、三、四歳程の赤茶けた髪の女の子が小さな胸を張りふんぞり返る。この少女は後に父親の跡を継いだユノ商会のジェシカであった。
ゼファーは、老若男女問わず声をかけられるアイを見て、銀縁眼鏡をクイッとズレたのを直すとニヤリと笑みを浮かべた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
現場に到着するなり、アイは畑の持ち主らしき男性に声をかけた。
「わざわざアイ様が!? と、盗賊のことを!?」
畑の持ち主の男性は事の顛末を事細かに話す。
盗賊とおぼしき者達が姿を現すのは、決まって月明かりの無い夜だという。
現れる人数は複数で少なくとも三人以上。
「ちょっと待って。月明かりが無いのに何故三人以上だと分かるのかしら?」
「へぇ、それは足跡でさぁ。最初に盗賊が現れたのが、雨上がりの夜だったのもあり、くっきりと複数、それも三人以上大きさの違う足跡が残っていたでさぁ」
アイは、納得して話の続きを聞く。
「足跡から獣の可能性も消えたのでさぁ。ただ……」
「ただ? どうかしたの?」
「へぇ、ただ荒らされた作物がまるで獣に噛られたような跡なんでさぁ」
一通り話を聞き終えたアイは考え事をしながら、畑の周りを確認する。
畑の周囲の柵は、まだ新しく盗賊が出てから取り付けた物だと予想できるた。
柵の高さはそれほど高い訳でなく、丁度アイの背丈ほどしかない。
乗り越えようと思えば容易いが、月明かりの無い闇夜で果たして出来るだろうかと、アイは突然目を瞑り柵を乗り越えようと足を柵にかけた。
「あ、アイ様! 危ないです、降りて下さい ゼファリーさんもアイ様をお止めください!」
ラムレッダと畑の持ち主は慌ててアイを止めにかかるが、ゼファーは興味ありげに見ているだけ。結局、アイは柵を乗り越えてしまった。
「ふーん、出来なくはないか」
アイは柵の内側からぐるりと畑と柵を改めて見て回ると、満足したのか再び柵を越えて戻って来た。
「アイ様、はしたないですよ」
「ラム。そんなことより、一度家に戻りましょう。人手が必要だわ」
何か思い付いたアイは、そのまま畑の持ち主に話を通すとゼファーとラムレッダを連れて再び家に戻って行った。
アイは帰宅するなり、真っ直ぐに工房へと向かう。丸太小屋だった工房は、この頃には増築を繰り返した挙げ句、新たに煉瓦造りの建物へと変貌していた。
「みんな、別件の仕事よ! 準備に取りかかって!」
工房には様々な人が年齢性別問わずに従業員として働いていた。従業員達は、アイの号令に従い、今している作業の手を止め、アイの指示の元、必要な物を取り揃える。
「あの、アイ様、一体何を……」
「ラム、それにゼファリー。貴方達は街に出て、人手を集めてきて。直接あの畑に向かってくれれば良いから」
聞きたいことはそれじゃないとの言葉を心の内に秘め、ラムレッダは渋々ゼファーと共に街へと向かうのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
畑の周りには三十人以上の人が集められた。大きなスコップやツルハシを、皆が肩に担いでいる。
「それじゃ、始めてちょうだい」
パンと手を叩き合図をすると、集められた人達は柵の内側へと入り一斉に穴を掘り始めた。
「なるほどね」
思うところがあったのか、アイのする事に気づいたのか一人納得するゼファリーの目の前にアイはスコップを差し出してニッコリと笑みを浮かべる。
「貴方もやるのよ」
「嫌です。俺は肉体派じゃないので」
「ダーメ。貴方が振ってきた仕事じゃない。貴方がやらなくてどうするのよ。それにどうやら私の意図は分かっているのでしょう? だったら適材適所じゃない。皆を引っ張って指示しなさい」
ジッと真剣な眼差しで見つめられ、決してアイが折れないと感じたゼファーは渋々スコップを握るのだった。
工事は三日三晩続く。次の月明かりの無い夜にまでに終わらせないといけないと、アイ自らも泥だらけになりながら穴を掘り続けた。
「随分と深いですね」
柵のすぐ側の地面をラムレッダが見下ろす。最早、何の道具無しでは上がって来れなさそうなほどの深さに嘆息する。
「これぐらい高くしないと自力で上がるもの。まぁ、私の予想している人物が盗賊なら、多分不必要な深さだとは思うけども」
立て掛けられた梯子を登ってきて向けられたアイの顔は泥で汚れており、ラムレッダは真っ白な綺麗なハンカチを取り出して、顔を拭ってやる。
「落とし穴ですよね、これ」
「そうよ。柵を乗り越えてすぐにね。多分怪我はするけれども、それは因果応報ってことね」
「いん──?」
「ああ、えーっと悪さをすれば己に降りかかるってこと」
工事を終えると、街で集めて来た人達に給金を払い、アイ達も帰宅するのであった。
まずは現場の確認として何気無く出掛けたのだが、ゼファーは先を行くアイとラムレッダを後ろからついていく。
中々、遅々として進まないのは、アイがやたらと通りすがりの人達に声をかけられるからであった。
買い物帰りの主婦に、
「アイ様、今度棚が欲しいのですけど……」
「わかったわ。工房にどんなのが良いのか要望出しておいて。今度寸法測りに行くわ」
ガリガリに痩せた老齢の男性に、
「今度の日雇いはいつでしたったかの? アイ様」
「明後日よ。炊き出しも出るから時間間違えないようにね」
馬車の荷台に乗った幼い女の子から、
「アイちゃま~」
「ジェシー。お父さんの手伝い? 偉いわね」
「えへへ、とうちゃ、頼りないしぃ」
まだ、三、四歳程の赤茶けた髪の女の子が小さな胸を張りふんぞり返る。この少女は後に父親の跡を継いだユノ商会のジェシカであった。
ゼファーは、老若男女問わず声をかけられるアイを見て、銀縁眼鏡をクイッとズレたのを直すとニヤリと笑みを浮かべた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
現場に到着するなり、アイは畑の持ち主らしき男性に声をかけた。
「わざわざアイ様が!? と、盗賊のことを!?」
畑の持ち主の男性は事の顛末を事細かに話す。
盗賊とおぼしき者達が姿を現すのは、決まって月明かりの無い夜だという。
現れる人数は複数で少なくとも三人以上。
「ちょっと待って。月明かりが無いのに何故三人以上だと分かるのかしら?」
「へぇ、それは足跡でさぁ。最初に盗賊が現れたのが、雨上がりの夜だったのもあり、くっきりと複数、それも三人以上大きさの違う足跡が残っていたでさぁ」
アイは、納得して話の続きを聞く。
「足跡から獣の可能性も消えたのでさぁ。ただ……」
「ただ? どうかしたの?」
「へぇ、ただ荒らされた作物がまるで獣に噛られたような跡なんでさぁ」
一通り話を聞き終えたアイは考え事をしながら、畑の周りを確認する。
畑の周囲の柵は、まだ新しく盗賊が出てから取り付けた物だと予想できるた。
柵の高さはそれほど高い訳でなく、丁度アイの背丈ほどしかない。
乗り越えようと思えば容易いが、月明かりの無い闇夜で果たして出来るだろうかと、アイは突然目を瞑り柵を乗り越えようと足を柵にかけた。
「あ、アイ様! 危ないです、降りて下さい ゼファリーさんもアイ様をお止めください!」
ラムレッダと畑の持ち主は慌ててアイを止めにかかるが、ゼファーは興味ありげに見ているだけ。結局、アイは柵を乗り越えてしまった。
「ふーん、出来なくはないか」
アイは柵の内側からぐるりと畑と柵を改めて見て回ると、満足したのか再び柵を越えて戻って来た。
「アイ様、はしたないですよ」
「ラム。そんなことより、一度家に戻りましょう。人手が必要だわ」
何か思い付いたアイは、そのまま畑の持ち主に話を通すとゼファーとラムレッダを連れて再び家に戻って行った。
アイは帰宅するなり、真っ直ぐに工房へと向かう。丸太小屋だった工房は、この頃には増築を繰り返した挙げ句、新たに煉瓦造りの建物へと変貌していた。
「みんな、別件の仕事よ! 準備に取りかかって!」
工房には様々な人が年齢性別問わずに従業員として働いていた。従業員達は、アイの号令に従い、今している作業の手を止め、アイの指示の元、必要な物を取り揃える。
「あの、アイ様、一体何を……」
「ラム、それにゼファリー。貴方達は街に出て、人手を集めてきて。直接あの畑に向かってくれれば良いから」
聞きたいことはそれじゃないとの言葉を心の内に秘め、ラムレッダは渋々ゼファーと共に街へと向かうのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
畑の周りには三十人以上の人が集められた。大きなスコップやツルハシを、皆が肩に担いでいる。
「それじゃ、始めてちょうだい」
パンと手を叩き合図をすると、集められた人達は柵の内側へと入り一斉に穴を掘り始めた。
「なるほどね」
思うところがあったのか、アイのする事に気づいたのか一人納得するゼファリーの目の前にアイはスコップを差し出してニッコリと笑みを浮かべる。
「貴方もやるのよ」
「嫌です。俺は肉体派じゃないので」
「ダーメ。貴方が振ってきた仕事じゃない。貴方がやらなくてどうするのよ。それにどうやら私の意図は分かっているのでしょう? だったら適材適所じゃない。皆を引っ張って指示しなさい」
ジッと真剣な眼差しで見つめられ、決してアイが折れないと感じたゼファーは渋々スコップを握るのだった。
工事は三日三晩続く。次の月明かりの無い夜にまでに終わらせないといけないと、アイ自らも泥だらけになりながら穴を掘り続けた。
「随分と深いですね」
柵のすぐ側の地面をラムレッダが見下ろす。最早、何の道具無しでは上がって来れなさそうなほどの深さに嘆息する。
「これぐらい高くしないと自力で上がるもの。まぁ、私の予想している人物が盗賊なら、多分不必要な深さだとは思うけども」
立て掛けられた梯子を登ってきて向けられたアイの顔は泥で汚れており、ラムレッダは真っ白な綺麗なハンカチを取り出して、顔を拭ってやる。
「落とし穴ですよね、これ」
「そうよ。柵を乗り越えてすぐにね。多分怪我はするけれども、それは因果応報ってことね」
「いん──?」
「ああ、えーっと悪さをすれば己に降りかかるってこと」
工事を終えると、街で集めて来た人達に給金を払い、アイ達も帰宅するのであった。
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