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一章 変態紳士登場

魔晶ランプ

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「初めのきっかけは、自分の工房が火事になったことが原因でした……」
「えっ!? 怪我はなかったのかい!?」

 リーンはズイッと、その美貌をアイの鼻先へ寄せてくる。少し椅子から反るような姿勢となったアイは「大丈夫、大丈夫」とリーンを落ち着かせた。

「少し髪が焦げただけで、怪我はしていないわ」

 以前焼けた部分の毛先をアイはリーンに見せる。特に問題なく、リーンは椅子へと座り直した。

「怪我がないのなら、良かった」
「あ……心配してくれて、ありがと」

 照れるような仕草を見せてアイは少し俯く。長年、父親や弟以外の男性に気遣われたことがないアイには、嬉しかったのだろう。

 「そろそろ話を戻してくれないか」と軽く咳払いをして、リーンの父親は促す。

「あ、辺境伯様、申し訳ありません。その火事も含めて蝋燭は危険なのだと判断したのです」
「わかるよ、熱いし火傷するしね」
「貴方の使い方が特殊なだけです! まぁ、それは兎も角として、確かに火事にならず、必要以上に熱くならず、かつ明かりを持続させれるものはないかと探したのです」

 再びリーンの茶々が入るも、アイは何とか話を修正させると、テーブルの上に置かれていた魔晶ランプの蓋を外して中身を取り出す。中からは、自ら発光する石が更に輝きを増す。

「このように、ランプシェードの中に入れないと却って眩しいくらいですが、もともと魔晶石自体は、これ程発光しておりません」
「たしか魔晶石と言えば、宝石の周囲に付けて、宝石自体を輝かせるためのものに使われているな」
「はい。辺境伯様の仰る通り、宝石に光を当てる……程度の明かるさしか御座いません。奥様のネックレスの宝石、その周囲にボンヤリと明るく光るものが魔晶石です。ですが、私はこの明かりが自力で発光しているのにも関わらず、明るさに差があることに気づいたのです」

 リーンの母親は自分の首にかかったネックレスを持ち上げ確認してみると、ほんの僅かではあるが、アイの言う通り、明るさがまちまちであった。

「私は、まず魔晶石の事を調べ始めました」

 アイの表情は益々生き生きとし始める。そして、それを見て辺境伯夫妻のご機嫌が気になり、アイの両親はハラハラとして見つめていた。

「それで何かわかったのかね?」
「幸いと言うべきでしょうか。私の領地には魔晶石の採掘場がありました。好きなだけ調べることが出来、その結果魔晶石には不純物が入っていることがわかりました」
「ふむ、では、それを取り出せば光りが増すのか?」
「いえ。まずは不純物を取り出すべく、塊で採掘した魔晶石を粉々に砕きます。その中に特に純度の高く明るい魔晶石を選定します。本来なら溶かして遠心分離器などで精製した──あ、いえ何でもありません」
「えんしん……何だって?」
「いえ、此方の話です。兎に角最初は手がかかりました。何せ一つ一つ手作業ですから」

 ついつい、ポロッと前世の記憶にあることを話しそうになってしまう。電気のない世界で、機械の事を話してもポカンとされるだけだと、この世界に転生してきてから、この方わかって来ている事だった。

「集められた純度の高い魔晶石を、今度は溶かした魔晶石で接着します。その後、尖った石では光の放出する方向がバラバラになるので、磨いて磨いて磨き、このような球体にするのです」

 ランプシェードの中からアイが取り出した魔晶石は見事な球を描いていた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


 「なるほど」と感心した様子の辺境伯に、アイの両親はホッと胸を撫で下ろしていた。

 アイは、その後、魔晶ランプを量産する仕組みを領地内で作り、今やどの家庭にも一つはあると言うくらい流通してスタンバーグ領の財政建て直しに一役買っていた。

 辺境伯もその辺りの事は、もちろん耳に入っている。なるほどと言った一言には、その手腕のことも含めての一言であった。

 リーンもアイから魔晶石を受け取ると、興味があるのか目映い光に目を細めながら眺める。

「これ自体は、そこそこ熱いね。以前、メイドに手伝ってもらって肌の上に蝋燭を置いてもらっていたのだけど、あれは大変だったな。火傷するは、縄に燃え移って空中から落ちて床に激突するはで……それに比べると、うん。直接肌に乗せると丁度いいかも!」

 また、おかしな事を言い出したとアイの両親は思って苦笑いを浮かべていたが、アイは違っていた。目を丸く見開いて驚いているようであった。

「そ、そっか……そうだよね」

 アイは婚約を破棄に出来る言質を手に入れた。しかし、背後に並んで立つメイド達を眺めてみて誰もが自分に比べて若く、身綺麗にしていことに少しだけ胸が痛んだ。

「どうかしたのかい?」

 様子のおかしなアイの顔を覗き見るリーン。すると、たまらずアイはふいっと目を背けた。

「大丈夫……そういう事もあることは知ってはいるわ。リーンがメイドに手を付けていたとしても、別に驚かないわよ」

 彼は確かに「メイドに手伝って」と言っていた。後は他の女性に不埒な事を行った事を問い詰め、それを切っ掛けに婚約の破棄の可能性も出てきた。

「はぁ? 僕が? メイドに? ははは! ないない!!」

 リーンは笑い飛ばしてみせるが、アイはハッキリと聞いていた。「メイドに手伝ってもらって……」と。

 アイは嫉妬というよりか、少し残念に思えていた。

 貴族や王族が使用人やメイドや侍女に手を出す、なんて話は、恋愛話に興味なく物作りに耽っていたアイですら、そこそこ耳に入ってきたりもする。

 リーンが他の男性とは色々な意味でも違うと思っていたアイであったが、そんな彼でも俗世的な行動をしていたという失望であった。

「いや、本当に手を出してなんかいないよ! なぁ、お前達!!」

 現状でなければリーンにとって今アイから向けられる蔑むような目はご褒美にあたるのだろうが、これは不本意だと、背後に並んだメイドに問いかけると、メイド達は一斉に全力で頷き否定する。

「本当に?」

 アイは疑うかのように再度メイド達に問う。彼女らは、それでもやはり同じように黙って何度も首を縦に動かしていた。

「じゃあ、本当に貴方の変態的な行為を手伝っていただけと言うわけ?」
「そうだよ! 君も見たろ、僕は天井に吊るされても、自力で降りることが出来ない事を! 僕は自力で縛る事は出来るけど、天井に吊るされたり、その後、背中に蝋燭や魔晶ランプを乗せたりなんて出来ないだろ? それを手伝ってもらっていただけさ。彼女らも一応仕事だからね」

 アイから疑惑の目を向けられたメイド達は、アイに分かって貰おうと必死に笑みを浮かべながら、身振りや真剣な眼差しで見つめたりして訴える。

「本当かしら……」
「本当さ! 彼女らもきっと喜んでいるんじゃないかな? これからは君が代わりにしてくれると」
「しません!」

 強めに、それもリーンに言ったはずだなのだが、あからさまに落ち込んだのはメイド達であった。

「どうして、そんなに落ち込むのよ! はっ! も、もしかして……あなた達、私をリーンへの生け贄か何かと思ってるの?」

 全員一斉に目を逸らし、アイはショックを受ける。

「あっはっは! みんな、きっと怯えていたんじゃないかな? 僕に。いつか手を出されるのじゃないか……って」
「笑い事じゃないわよ!!」

 思わず、アイの平手がリーンの頬に飛ぶ。

 パチーーーーンッと、乾いた音が鳴り響く。そして、ぶたれた時、リーンはアイに聞こえるかどうかの小声で「ご馳走さまです!」と、悦を浮かべた。
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