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一章 変態紳士登場

食事会

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 両親を見つけて喜び勇んで駆けつけてきたアイを、両親は「はしたない」と叱りつける。アイの後ろを歩いていたリーンは、歩みを止めてアイの両親の前に立つと、身なりを引き締め背筋をシャンと伸ばして丁重に頭を下げる。

「お初にお目にかかります。スタンバーグ伯爵、伯爵夫人。僕はリーン・ブルクファルトと申します」
「これはこれは。まだ十一だと聞いていたのに。礼儀をわきまえてらっしゃる。……と、いかんな、私がこれでは。私はバーナッドと申します。以後お見知りおきを。隣にいるのは妻のレイチェルで御座います」

 バーナッドも子供相手とはいえ、辺境伯の嫡男相手。礼節に従い頭を下げると、隣にいたレイチェルもスカートの裾を掴み優雅にお辞儀をする。

「それに引き替えうちのアイと言ったら……どうも粗野なところがあるもので」

 父親は既にリーンに絆されていると判断したアイは、母親に目で訴える。リーンは猫を被っているだけだと。

 口にしないのは、この場にリーンの両親も居たからである。流石に両親を前にして「この人、変態なの!」とは言えず、失礼にもあたるし、何より厳格そうな表情の辺境伯を見て、リーンが怒られると思ったのだ。

 アイは無意識にだがリーンを庇っていたのだった。

「いえいえ。僕も変態ですから、外聞は良くしないといけませんから」
「あんたが言うんかーい!」

 へらっとした笑顔で話すリーンの言葉に、初めこそは、きょとんとしていたアイの両親であったが、ゆっくりリーンから視線を逸らし「そ、そういうもんですかな……はは」と、話題を濁す。

「もしかして……お父様もお母様も知っていたの?」
「し、しかしだな、アイの挙げた条件は……満たしておる……」

 歯切れの悪い父親に業を煮やし、母親へ視線を送るがアイの目を全く見ようとしない。

「はぁ……何か、その、息子がすまない」

 リーンの両親、特に父親が先ほどまで纏っていた厳格な風格はどこへやら。大きく肩を落としてアイに向かって頭を下げる始末である。

「まぁまぁ、あなた、その辺で。お食事の用意が出来たようですから、お食事をしながらでも」

 リーンの母親に促され、一同は食事会の席へ移動する。アイも渋々とだが、あとをついていくのであつた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


 長いテーブルに三組に別れてそれぞれ席に着くと食事会が開催された。一人、カチャカチャと食器の音を立てて食べるアイ。怒りに任せて口一杯に料理を放り込む。

「こら、アイ。お行儀悪いですよ」と母親に叱られるも「食べなきゃやってられないのよ!」と直ぐに反論する。

「ご免なさい、リーン様、辺境伯様。普段は決してこんなにお行儀悪くないのですけど……」

 母親が謝り始めたことで、アイはこれ以上、流石に恥をかかせられないと背筋を伸ばして改めた。

 隣に座るリーンの所作をチラリと横目で見たアイは、子供とはいえ貴族は貴族、とても優雅だと内心感心していた。

「(弟が同じ年齢の時、ここまで綺麗な所作はしていなかったわね)って、違う違う……なに考えているのよ、私は! こいつリーンは、世間の目を誤魔化す為にやっているだけ。それだけ」
「こら、アイ……!」と再び叱られる。
「ははは、僕は気にしていませんよ、伯爵夫人。彼女はとても素直な方です。ね、子猫ちゃん」
「ちょっと、その呼び方は止めて。アイで良いわよ、もう!」

 感心していた自分が馬鹿らしくなり、アイは、そのまま、そっぽを向く。

「こら、アイ! 辺境伯様に失礼だろ、ちゃんと前を向きなさい」
「ははは、構わないよ、バーナッド。元気なお嬢さんだ。ところで……ちょっといいかね、アイリッシュくん」
「あ、はい。なんでしょう、辺境伯様」

 真剣な眼差しで急に指名されてアイは驚き、辺境伯へと体を向け畏まる。

「実はね、頼みがある」
「頼み……ですか?」
「うむ。君のご両親にも話はしてあるのだが、息子リーンのね、その……性格を君の手で正して欲しいのだ」
「えっ……」

 眉間に皺を寄せ、あからさまなたいどで嫌な顔をするアイ。話に割り込む訳にもいかず、アイの態度を見た両親は辺境伯に対して失礼にあたらないかハラハラとして気が気でない。

「考えてみたまえ。リーンと婚約という形ではあるが、結婚までには五年は残されている。その間に性格さえ改善されれば、君に不満は無いだろう?」

 言われてみれば、性格さえ変わってくれれば、アイにとって申し分はない。むしろ外見は好みではあるし、辺境伯との繋がりも出来、温泉も入り放題、何より物作りを好きにさせてくれるとも言っていた。

 ここでアイは二択の道があったのだが、一つはアイにとっても選択したくなかった。

 それは婚約も断り一人で生きていくこと。

 ただ、この場合、後々伯爵を継ぐことになる弟夫婦に迷惑がかかってしまうことは、明らかであり、両親にも申し訳ない。たとえ前世の記憶があったとしても、今はこの世界の住人。別の世界の常識を持ち込んで迷惑かけるのは、筋が通らないと、アイは考えていた。

(そんなこと出来ないわね……)

 悲しいかな、残された道は一つしかなかったのだ。

 よくよく考えてみたアイは、決断する。あと五年もあるのだと、いい方向へと考えをシフトするのであった。

「分かりましたわ、辺境伯様。微力ですが、全力でやらせていただきます。リーン、覚悟しておいてね」
「ははは、お手柔らかにはお願いしないよ。きつい方が僕にとってはご褒美だからね」
「うっ……!」

 アイは早まったことをしてしまったのではないかと、早くも後悔し始める。

「うぅ~……、そ、それじゃあ、まずは貴方がこうも変になった理由を教えてちょうだい。取っ掛かりが必要だわ」
「昔の話かい……あまり話たくないな……」

 リーンの表情は急に曇り始める。

「やっぱり話さないとダメかい? 僕の自力緊縛術の話ならいくらでも──」
「それはいいから、早く!」

 リーンの様子から、いきなり核心に迫ったと判断したアイはリーンを急かす。渋った表情をしながら、リーンは漸くポツリポツリと自分の過去を話始めたのだった。
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