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第一章 最強の娘? いえいえ、娘が最強です

アリステリアの力の一端

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 家の前に戻って来た俺達はネネカと別れ、自宅へと入る。

「熊五郎、お土産ですー」

 果物の入った袋を両手で抱えアリステリアは一目散に庭に向かって行ってしまった。

「ふぅ~、仕事どうするかなぁ」

 椅子の背もたれに凭れかかり天井を見上げる。もっと仕事に繋がる役割だとばかり思っていた俺にとって“最強娘の父”という役割は不服だった。

ーー何せ、アリステリアの父親であることは変わらないのだから。

 溜め息混じりに息を漏らすとアリステリアがやって来て「パパ、大丈夫です?」と不安げな顔を見せてくる。

 これではいかんと自分の頬を何度か叩くと、アリステリアも同じように真似をして少しだけ赤くなった頬のまま、此方に微笑みかけた。

 ぎゅっと強く抱き締めると自然と役割の事で落ち込んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなり「一緒に洗濯しよっか」とアリステリアに尋ね、彼女は強く頷いた。

「必要な物も買わなきゃなぁ」

 洗濯物を干しながらあれやこれや必要なものを思い浮かべる。
お金、お金、お金。必要とはいえ、街で生活するとこれだけお金がかかるのかと虚しささえ覚える。

ーー何か無性に腹が立ってきた。特に青の魔王。慎ましやかな生活を台無しにしやがって。

「ん?」

 アリステリアを見ると、此方に背中を向け庭の隅で何か話をしている。
少しだけ位置をずらして見ると、どうやら野良の猫に話しかけているようだった。

「パパー!」

 話を終えたのかアリステリアが此方に駆けてくると屈託のない笑顔で「あのね、猫さんがね。あれ食べてくださいって言ってるです」と指差すと猫の前に置かれた鼠の死体が。

ーー猫にまで貧乏に見られているのか。これは早急に頑張らないとな。

「……アリス。あれは食べられないから猫さんに、ちゃんとお礼を言って持って帰ってもらおうな」
「ハイ、言ってくるです!」

 再び猫の元に向かい、アリステリアは猫に向かってお辞儀をする。鼠を咥えた猫と目が合うと、気のせいか此方に向かってお辞儀したように見えた。

ーーまさかな。

 慣れない事ばかり考えていたからか幻覚でも見たのだなと結論付け俺は部屋に戻った。





 翌朝、俺は庭の馬小屋から馬車を出す。

 アリステリアがどうしても熊五郎を連れていきたいと言った為だ。サラからも万一の為と言われていた。
アリステリア経由で熊五郎に檻の中へと入ってもらい、檻に幕をする。

 馬の食費も馬鹿にならないため、馬車もいずれは手放す事になるだろう。仕事で使う事になるかもしれない為、それまでの辛抱だ。

 馬車を家の表に回すと俺はネネカに声をかけた。
ネネカは今日から初仕事で、職場のある宿に向かうついでだ。

 隣に座ったネネカに「部屋の掃除手伝えずにすいません」と謝ると、ネネカは首を軽く横に振る。

「いいえ。助けてもらったんです。感謝すれど謝ってもらう必要なんて……。それにあの現場にお宅の熊五郎ちゃんが居たと思うと、わたしでも逃げ出してしまいますよ」

 そう言ってネネカは初めて笑顔を見せた。

 ネネカはおっとりとした雰囲気を持つ女性で、綺麗で大人びていて実年齢より若干上に見えるサラとは対称的で、ネネカはほんわかと温かくなるような笑顔が素敵な方で、実年齢よりも下に見える。

 サラと同じ年齢くらいかと思ったが、二十九歳と聞いて、俺より上かもしれないと驚いた。
俺は『迷い子』であるため、実際の年齢はわからないのだが、親父さんに拾われた時に二十歳前後だとすると今は二十八くらいになる。

 ボサボサだったネネカの茶けた髪は、昨日サラによって綺麗に整えられ、思い切ってボブにまで切り揃えてもらったようで、よく似合っていた。

「また困った事があったら仰ってください。お隣さんなのだし」

 そう伝えると彼女は再びニッコリと微笑むのだった。





 宿に到着しネネカと別れると入れ替わるようにサラが姿を現す。しかし、現れたサラはいつもの修道服のような地味な格好ではなく、白い太ももを露にした短パン姿だった。

「えっと……どうしたの、その格好?」
「え? まあ、あの馬鹿親とやり合うのだから動き易い服にしただけだけど?」

 ニッコリと笑うサラはいつも黒いベールに隠した金色の長い髪を一纏めにくくりあげポキポキと指を鳴らす。

「あれ? アラキは来ないのか?」

 一緒に姿を現したアラキはサラとは正反対にボサボサの髪をかきむしりながら大きく欠伸をする。

「俺が行っても面倒が増えるだけだ。だから行かね!」

 そう言って俺達を見送るとさっさと宿に戻って行くのであった。

 道中、どうしても俺は気になりサラに何故そこまで親御さんに対して喧嘩腰なのかを尋ねた。

「まあ、決定的なのは結婚話ね」

 ありきたりだが領主の娘でもあるサラには幼い頃から縁談がよく持ち込まれていたらしい。
それでも領主の娘である自覚から致し方なしとは考えていたみたいだ。

 ところがいざ年頃になり、アラキとの出会いもあって、富裕層ばかり優遇する父親が嫌になって来る。

「別に平等にしろなんて思わないわ。少なくとも富裕層の税金がなければ領地経営も成り立たないのもわかっている。けれどね、テレーヌ市みたいに富裕層と貧困層の住み分けをしたり、努力しようとする貧困層の邪魔をするのは違うもの!」

 あからさまな差別が目について来た頃にはサラも適齢期に入って来ていて、正式に縁談も来るようになる。

「ふふ……。どいつもこいつもあの馬鹿と同じような考えを持った奴ばっかりでね。顔合わせでボコボコにしてやったわ」

 それでも最初のうちは親御さんも我慢していたらしい。ある程度娘を慮っての事みたいだが。

 ところが決定的だったのは、サラの父親からの信頼もあるお屋敷勤めの警備隊長との縁談だったという。
力も強く、これならサラも相手をボコボコに出来ないと踏んでの縁談だったみたいだ。

「もちろん返り討ちにしてやったわ」

 ちょっと得意げに話すサラは、実に良い顔を向けてくるので、少し引いた。

 その後、その警備隊長は未熟さを理由に退職して修行の旅に出たという。これでサラの父親とサラは言い合いになり屋敷を飛び出したそうだ。

「“聖女”という役割もあるからね。ちょうど良かったわ」

 サラはケタケタと笑いながら、そう言い切った。

 アリステリアが「お姉ちゃん、格好いいです!」と感化されているのが少しだけ不安だ。





 テレーヌ市から街道に沿って進んだ場所に、その屋敷はデデンと建っていた。
格子柵から見なければ中の様子が分からないほど高い塀。
庭はきちんと手入れされており、屋敷の外で働く従業員が複数確認出来たが、サラ曰く、ごく一部だそう。

 荘厳な佇まいを感じる屋敷に気圧され、俺は頬がひきつっていた。

 馬車から降りたサラは門の前に立っていた兵士に伝言をすると、門前で腰に両手をあて仁王立ちで立ったまま返事を待つ。

「どうぞお入りください」

 兵士が重々しい柵状の門を二人がかりで開くと、まずはサラが入り、俺も馬車を進めた。

「すいません。ご関係のない方はご遠慮ください」

 複数人が馬車の前に立ち塞がり、俺は慌てて手綱を引く。

「関係なくないわ。入れなさい!」
「し、しかし……」
「いいから入れろ!!」

 サラは語尾を強めて兵士に命じると渋々馬車の前から退いた。

 敷地内に入るとその大きさに辟易する。今いる場所から屋敷の玄関が米粒大にしか見えないのだ。
屋敷に向かって伸びる石畳。その途中には噴水まである。
ここにいる事が場違いなような気がしてきた。

「サラ」

 多くの使用人が集まり始めた中、それらを押しのけて現れたのは、シワ一つない黒の背広姿の凛々しい出で立ち中年男性。
目には力強い光があり毅然として、近寄り難い雰囲気がある。

「お父様」

 やはりその男性はサラの父親らしく、ツカツカツカと靴を鳴らしながらサラへ近づくと右の平手を大きく振りかぶった。

 サラの頬へと振り抜かれたその平手は、軽く仰け反ったサラにより空を切り、空振った腕を逆にサラに掴まれてしまった。

「いででででででででっ!!」

 取った腕を捻ったかと思うと、サラはそのまま父親を中腰に押し留め、片足を父親の足に絡ませ残った片足を父親の首に乗せ、上からのし掛かる。

 がっちりとホールドされた体をサラが揺らすと、父親は更に悲鳴を上げた。
周囲の使用人は止めたくても止めれないとあたふたしているだけだった。

「しゃー! バカヤロー!!」

 何故かサラの顎はしゃくれ、折角の美人が台無しに。

「おらおら、反省したか、この馬鹿親父!」

 元々熊五郎を連れて来たのは、父親が話を聞かないだろうから脅す為にとの事だったがそれも杞憂に終わりそう。
俺は、あまりやり過ぎたら今度こそ話を聞いてもらえなそうなのでそろそろ止めようかとアリステリアと共に馬車を降りた。

「そろそろその辺で……」

 そう言いかけた時、「止めなさい!!」と甲高い怒号が聞こえた来た。

「お母様……」

 サラは脱力したように父親を解放して母親と向き合う。
ぐったりとした父親を地面に放り出したまま。

 サラの母親の登場で、使用人一同が胸を撫で下ろしたのが分かった。
母親はサラとよく似ており、金髪の淑女で、サラをそのまま年を取らせた感じだ。
母親は切れ長の目をつり上げて、ピンヒールにも関わらず大股で勢いよく近づいて来た。

「貴女は!!」

 地面で固まったまま動かない哀れなサラの父親を、ちょっぴり同じ父親として同情の目で見下ろしていた俺だったが、急に誰かに腕を凄い力で引っ張られた。

 パシーーンと乾いた音が、響き渡る。

 振り抜いたサラの母親の平手打ちは、何故か俺の頬を赤くさせていた。

「いや、何で?」
「ごめんなさい。流石に母親の平手打ちを避けるのは申し訳ないから」

 身代わりにされた俺の頬が、徐々にジンジンと痛み出す。とんだとばっちりだと、半ば呆れたその時だった。

「うわあああああぁん!!」

 聞き覚えのある泣き声に振り返ると、そこには地面に座り込み泣き叫ぶアリステリアの姿が。

「パパをいじめちゃだめですぅ!!」

 泣き叫ぶアリステリアは、その場で両拳を振り上げて地面に叩きつけた。

「うおっ、なんだ!? 地震!?」

 地面が揺れ、俺は態勢を崩すも踏ん張る。サラの母親はピンヒールが仇となり倒れそうになるが、咄嗟にサラが身を呈して支えた。

「うわあああああん、パパをいじめるなあああっ!!」

 大粒の涙をボロボロと溢しながら、アリステリアはもう一度地面に拳を叩きつけた。

 轟音と共に更に地面が大きく揺れて、俺達だけでなく使用人達もあたふたしながらも、ぐったりしていたサラの父親の元に駆け寄り肩を貸す。

「うわああああああああん!!」

 一層叫び声が増し、アリステリアは三度大きく両拳を振り上げた。

「アリス!」

 サラの父親の元に多くの使用人が集まった事で、アリステリアの元に向かうには迂回しなければならず、間に合わなかった。

 地面に座ったアリステリアを中心に、叩きつけられ石畳はヒビが入り割れ、地面に特大な窪みを作る羽目に。

 丁寧に刈られた芝生は隆起し、石畳を伝って噴水は破壊される。庭に飾られた彫刻も地面の隆起と窪みで次々ひっくり返って壊れてしまう。
立派な門扉も前後に大きく歪み、高い塀も所々で壊れてしまった。

 這いながら辛うじてアリステリアの元にたどり着くと「俺は大丈夫だから」と強く抱き締めたが、全て後の祭りだった。
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