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第一章 最強の娘? いえいえ、娘が最強です

アリステリアの役割と俺の役割

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 バンクランク聖堂に向かうまでの間、俺は上の空のまま、ぶつぶつと「九十ピール……九十ピール……」と呟いていたらしい。

 それでも隣で初めて出来た友達に喜ぶアリステリアを見せられたら、親としてやるしかないと聖堂前に到着した頃には決意を固める。

「ほほーぉ!」

 聖堂と言うだけあって、中は随分ときらびやかだった。

 日差しが差し込む窓のガラスは加工が施され反射によりキラキラと輝く。高そうな燭台に、芸術方面にサッパリな俺でも精巧と思える真っ白な石像。

 開能の儀と再発行では受付が違うとかで、ネネカはサラに連れられて二階へと上がっていく。
螺旋状の階段も真っ赤な絨毯が敷かれており、手すりにまで細かな彫刻が施されていた。

「書類書いたか? 行くぞ」
「あれ、俺の支払いは?」

 アリステリアはともかく俺は十二歳以上の為、一万ピールもの大金が掛かる。今回、アラキの好意により立て替えてくれる予定なのだが。

「もう支払い終わってんぜ。大体、そんな大金持ち歩くかよ」

 ヒラヒラと見せびらかす紙切れを受け取り見てみると、そこには“受領書”と“一万ピール”の文字が。どうやらこれと同じものが聖堂側にあり、アラキがお金を預けている場所から引き出せるらしい。

 一介の木こりには縁のないものだなと、苦笑いを浮かべてしまう。

 俺とアリステリアはアラキに先導され、他の来客や聖堂で忙しなく働く人達を威嚇しながら道が開かれ、少し恥ずかしい思いをする。

ーー多分、本人は威嚇しているつもりはないのだろうな。

 肩で風を切り、大股で歩くのが、あの顔じゃ皆が恐れるのも無理はない。
聖堂の中央は避けられて道が開く中、俺はアリステリアの手を引いて進む。
唯一救いなのは、アリステリアが良い意味で注目されていると勘違いして、周りの人達に手を振っていると、少しひきつった笑顔で振り返してくれる事だろうか。

 列の最後尾に並び、顔をひょっこり先頭に覗かせると何をしているのかよく見える。
本立てのようなものの上に置かれた石板、そこに子供が両手で触れている。
結果が書かれたと思われるギフトカードを受け取り、子供より付き添いの大人が一喜一憂していた。

 前の列が少なくなるにつれて、俺の胸の鼓動が緊張で高鳴る。せめて小金を稼げるような役割ならありがたいと願うばかり。

「次、タツロウ」

 聖堂のお偉いさんだろうか、白髪の老人の声が聖堂内にこだまする。
俺は子供用の高さに合わせられた石板に両手で触れた。

 次の瞬間体の内側が熱を帯びて熱くなる。触れた石板には青白い光を放つ、全く解読出来ない文字の羅列が浮かんでは消える。

「ふむ。もう良いぞ」

 老人に言われて石板から手を放す。助手で老人の横についていた女性が俺にギフトカードを渡して来た。
ドキドキしながら、俺はギフトカードの黒い部分に指でなぞった。

“最強娘の父”

 現れた文字を見て俺は思わず隣にいたアラキの方を振り向いて首を傾げた。アラキと目が合うも何も言わずに、今度は俺とアラキが白髪の老人に向かって顔を向けお互い首を傾げる。

「次、アリステリア」

 俺達を無視して白髪の老人は淡々と進める。「ハイ、です!」と元気よく挨拶して、アリステリアも俺と同様の事をする。

 アリステリアもギフトカードを受け取り列を譲ってから指でなぞってみた。
そこには予想通りの答えが。

“最強娘”

 確かに俺もアリステリアは最強だと思っている。最強の腕っぷしだけでなく、最強の笑顔、最強の愛らしさ、最強にパパ大好きっ子だ。そこは間違いない。

 しかし、役割と言われてしまうと何か違う気がするし、何より何なんだって感じだ。

「お待たせ、ネネカの手続きは終わったわ。って、なんか暗いわね、二人とも」

 ネネカを連れて戻って来たサラに俺とアリステリアのギフトカードを見せる。
小首を傾げ、少し考えていたサラは俺達を聖堂の二階へ行こうと誘った。

 サラが連れてきてくれたのは、幾つかある受付の隅の方。そこには丸眼鏡をした緑髪を三つ編みにした女性がポツンと座っていた。

「ターニャ。ちょっと聞きたいのだけど」

 サラはターニャに俺達のギフトカードを手渡した。

「同じ役割、もしくは似た役割を知らないかしら?」

 暫く考え込んだターニャは「ちょっと待ってて」と奥の階段を上がって行ってしまった。

 待つことしか出来ない俺達は、小一時間ほどその場で待たされ、落ち着かないアリステリアを宥めるので手一杯だった。

「こら、アリス。大人しく待ってなさい」

 二階には受付の他、過去の開能の儀の資料が棚に所狭しと陳列されており、その棚も一つ二つではない。

 物珍しさもあってアリステリアが触れようとするのを止めるのだが、退屈過ぎて駄々を捏ね始めた。

「たいくつ、たいくつ、たいくつです~!」
「ほらほらもうすぐだから。終わったら街の見物に行こうなぁ」

 俺の腕の中で暴れる暴れる。周囲からの冷ややかな視線を受けながらターニャが戻って来るまでアリステリアを宥めていた。

「お待たせ」

 一冊の資料を片手に説明を受けるが、正直疲れはてたアリステリアを構うので手一杯だった詳しくはサラに任せ、俺は上の空で聞いていた。

 ターニャの話では五年前に同じような役割があったと言う。
それは“賢者の卵”と“賢者の父”という役割だったそうで、詳しくは本人達に聞いてみるといいということで居場所を教えてくれた。

「バルムンク卿のお宅に居候しているわ」

 名前が出た途端、サラの顔がひきつるのが見えた。





 バンクランク聖堂を出た俺達だが、明らかにサラの様子がおかしい。随分と困惑している様子だが、それに比べてもっとおかしいのはアラキだ。

「そうかぁ! バルムンク卿かぁ! それじゃ俺では何も手伝えることねえな! なぁ、サラ!!」

 ニヤニヤと笑いながらアラキがサラに突っかかるも、サラはいつものように言い返すことなく、わなわなと肩を震わせ怒っているようだった。

「えっと……何があったのかわからないけど、バルムンク卿の所には俺達だけで行くから、な」

 十中八九原因はバルムンク卿という人だろう。俺がそう声をかけるとサラは諦めたように深い溜め息を吐く。

「はあぁ~……タツロウが行っても追い返されるだけよ。それに大体予想はついていると思うけど、バルムンク卿は私の父。このテレーヌ市を始め一帯を治めるバルムンク領の領主よ」

 何かしらの関係性はあるとは思っていたが親子とは予想外で全く考えていなかった。

「そ、そうだろうな。そうだと思ったよ」

 俺はわかっていたかのようにウンウンと何度も頷く。

「それで場所は何処にあるんだい?」
「邸宅はテレーヌ市の郊外よ。ここから半日ってところ。ちょうど良い機会かもね。あのバカ親父とっちめてやる!」

 ヤル気満々のサラだが出来れば穏便に済ませたい俺は、ぎこちない笑顔で取り繕う。

「き、今日はもう遅いし、明日行こう、な」

 一晩立てば落ち着くだろうと願いつつ、俺とアリステリアはアラキ達と別れた。

「さ、熊五郎にお土産買って、洗濯しようか」

 俺とアリステリアの二人は途中で、いくつかの果物を買い、急いで家に戻るのであった。
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