41 / 45
第五章
八、君に出逢いました。
しおりを挟む(そんな、はず······そんな、わけ、)
近づいて門の中へ足を踏み入れた瞬間、あの桃の木が目に入った。堂の横に立っていたあの老木。違う種類の花が咲くその桃の木の花びらが、櫻花を迎えるように一斉に風で舞い上がった。ほのかな紅色が白い花びらに混じったもの、濃い桃色、淡い桃色、様々な色味の花びらが目の前にひらひらと舞っている。
よく見渡してみれば、堂は朽ちて傾いてしまっていたが、百花が彩る庭はまったく枯れてはおらず、むしろあの頃よりも美しく思えた。櫻花は、何かを探すようにきょろきょろと首を右に左に向けながら、庭を歩き回る。
そして、ひとつの影をみつけた。
その後ろ姿は、幼い少女のもの。肩で綺麗に揃えられた黒髪に咲く、白い山茶花の花。しゃがんでなにかをしていた幼女は、櫻花の気配に気付き、ゆっくりと首をこちらに向けた。
大きな薄茶色の瞳を見開き、それから目を細める。そこには薄っすらと涙が浮かんだ双眸と、可愛らしい笑みがあった。その幼女は、間違いなく、あの時、無残に殺された茶梅だった。呆然と立ち尽くす主に、茶梅は駆け寄り、礼をすることすら忘れてその腰に抱きついた。
「櫻花様、御無事だったんですね····良かった、」
「本当に····あなたなんです? 花の亡霊じゃないですよね?」
はい、と大きく頷き、茶梅は見上げてくる。
「しかし、どうして? あの時、あなたは····」
身体は触手に貫かれ、首が飛んだはず。何度も夢の中で繰り返されるあの光景が、鮮明に頭の中を過った。青い顔をしている櫻花を不憫に思い、茶梅はその手を包み込むように握りしめた。
「はい、確かに死にましたね。しかし、魂魄までは奪われなかったのです」
花の精は人の姿はしていても精霊であり、その身は花から形成されたモノ。核となるのは長い年月をかけて育てられた魂魄。その核まで砕かれてしまえば、二度と同じ存在として生まれることは叶わない。
しかし魂魄さえ無事であれば、時間はかかるが元の姿に戻ることは可能だった。足元に咲く、山茶花の白や薄桃色の花が揺れる。
「····あの時、死を覚悟した時、一か八か花楓の心に話しかけたんです。それが届いたのか、ただ運が良かったのか、私は最近やっとこの姿に戻ることができたのです」
「そうでしたか····しかし、あの子は未だ行方知れずと聞きます。天界はあの子を災禍の鬼などと名付けているとか」
櫻花はほとんど下界にいたが、噂くらいは耳にしていた。災禍の鬼に出遭った不運な者は、誰であろうと切り刻まれ、喰われてしまうと。故に誰も行方を知る者はおらず、彼が通った跡には血の海だけが残っているとか。
「私が目覚めた時、この庭はすでにこの状態でした。この数百年、誰かが手入れをしてくれていたとしか思えません」
茶梅の小さな手に力が入る。
「鷹藍たちは、ここには立ち入れないと言っていました。他に、こんな場所に足を向けてくれる者なんて····、」
途中まで言いかけて、櫻花は琥珀の瞳を細める。
「あなたは、ここにいてください」
「櫻花様?」
解かれた指に残ったあたたかさが消えないように、茶梅は自分の衣を握りしめる。見上げた先にある表情を見て、ただ頷いた。
******
その帰り道、あの場面に遭遇した。百年以上前、一度死して生まれ変わった黑藍は、自分の事などすっかり忘れてしまっていて、近づこうともしなかった。彼が命を落とした理由は誰も知らない。長である鷹藍でさえ、突然消えた彼の気配に驚いたという。
それまではずっと仲良くしていたし、友として何度も暗闇の中にいた櫻花を励まし、助けてくれた。流転するとそれまでの記憶も消え、性格も変わってしまうという。しかし、それでも櫻花にとって知己である鷹藍の配下は、友同然。
そんな友が白蛇を踏み潰そうとしていたら、止めるに決まっている。押し問答を繰り返した結果、なぜか呪われてしまうが、友の罪は免れた。それに、小さきものの命も救われた。余命が十年になり、法力も半減したが、櫻花にとっては特に嘆くことでもなかった。
しかし、ひとつだけ心残りがある。
紅藍や蒼藍には適当に誤魔化したが、その心残りのために死ぬわけにはいかなくなった。
願わくば、十年の間に出逢えたらいい。
一年、また一年と時だけが過ぎ去っていく。
「そんな中、君に出逢いました」
長い話が終わり、櫻花は肖月に視線を向ける。跪いたまま、手を握り締めて、飽きもせずにじっと青銀色の双眸が自分を見上げていた。
「ありがとう、話してくれて」
全て知った後、この村を襲った惨状を思い出すと、また違った意図が見えてくる。
「これがその災禍の鬼の仕業だとして、どうして今頃になってあなたの前に現れたのか」
「私もずっと彼を捜していましたが、まったく情報を得られていないんです。だから、不思議で、」
困ったように首を傾げて、櫻花は呟く。
「なにか、理由があるのかもしれません。噂とは、人が流すもの。それは天界も例外ではありません。情報が操作されている可能性も、」
ふたりは視線を合わせて、同時に頷く。黑藍たちがここを去ってからそれなりに時間が経っていた。とにかく、合流するのが得策だろう。
櫻花は、白藍にもらった黄色い花の付いた蝋梅を手に取り、祈る気持ちで村人たちへの手向けとしてそっと白い地面に添えると、目を閉じてその両手を胸の前で合わせる。
「もしもの時のために、私に策があります」
顔を上げた櫻花は、胸に手を当て自信満々の表情でゆっくりと頷く。肖月はその策とやらがなんであっても、従う以外の選択肢を持ち合わせていないので、「わかった」と返事を返すのだった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う
亜沙美多郎
BL
後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。
見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。
踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。
しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。
⭐︎オメガバースの独自設定があります。
⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。
⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。
☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【やさしいケダモノ】-大好きな親友の告白を断れなくてOKしたら、溺愛されてほんとの恋になっていくお話-
悠里
BL
モテモテの親友の、愛の告白を断り切れずに、OKしてしまった。
だって、親友の事は大好きだったから。
でもオレ、ほんとは男と恋人なんて嫌。
嫌なんだけど……溺愛されてると……?
第12回BL大賞にエントリーしています。
楽しんで頂けて、応援頂けたら嬉しいです…✨
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる