【黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。】中華風BL

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
40 / 45
第五章

七、暗い道の先にあった、僅かな希望。

しおりを挟む

 櫻花は膝を付き、足元に転がってきたそれをゆっくりと拾い上げると、苦痛に歪んだ顔で抱きしめた。

 閉じた瞼がゆっくりと開かれた時、そこにはいつもの美しく穏やかな眼差しはなかった。その胸に抱きしめていたものを丁寧に花の上に置き、強い眼差しでゆらりと立ち上がる。ほぼ同時に、糸が消れるように花楓ホアフォンは自由を取り戻すが、目の前に広がる自分の罪の証を思い知ると、その場に崩れ落ちた。

「······俺、俺が········皆、殺し、······」

 顔を覆い蹲る花楓ホアフォンの横を通り過ぎ、櫻花インホアは歩みを止めることなく、嫦娥チャングの立つ少し高い位置に造られた東屋へと飛んだ。

 握りしめた手を開くと、感情のまま振り翳し、気付けば鈍い音と短い悲鳴がその場に響き渡った。思い切り平手で殴ったせいで、掌に痺れるような痛みが走った。他人を、ましてや神を殴ったことなど一度としてない。

「私に、この場を一時的に離れるように仕組んだのもあなたですね! 一体この者たちが何をしたというんですか! あなたのようなひとが神だなんて、私は認めません! 今すぐに自らの罪を認め、その愚かな行いを悔い改めてください!」

 神官たちが騒めく中、殴られよろめいた嫦娥チャングがくつくつと小さく笑い、肩を小刻みに揺らす。櫻花インホアはその様子に目を細め、胸元で彼女を殴ったその右手を覆うように、左手を添えた。

 宴が始まる前、問題が起きたとこの邸の使者に外へと連れ出された。そして他の皆は先に宴に参加するようにと、指示されたのだ。その時点で、気付くべきだったのだ。これが、自分を皆から引き離すための、時間稼ぎであったことを。

 櫻花インホアがおかしいと気付いてここに戻って来た時、真白い石楠花シャクナゲの花は真っ赤に染まり、横たわった花の精たちの骸が、辺り一面に無残な姿で放置されていた。

 駆け抜けた先で見たモノ。それは、茶梅チャメイの首が飛ぶ瞬間だった。

 驚くことに、それを宴の余興として、東屋に集まっていた者たちは酒を酌み交わしていたのだ。天界に座する者の所業とは思えなかった。顔を上げた嫦娥チャングは、弾かれたように高らかに笑いながら、待っていたとばかりに言い放つ。

「なんということ! このわたくしに手をあげるなんて! お前のような身の程知らずは、天界から追放してあげる!」

 櫻花インホアは絶句する。それはあまりにも自分勝手で、傲慢な、神とは思えない言動だった。目の前の者は天界にある階級の中でも上位の神。冷静に周りを見回してみれば、彼女の後ろにいる神官たちに見覚えがある。そのほとんどが、あの時、謁見の間にいた者たちだった。

「······本当に、私は、馬鹿です」

 この事態は、自分の油断が招いたこと。結果、この手から零れ落ちた、モノ。櫻花インホアはそのすべてに絶望する。力が抜けたかのようにその場に座り込み、蹲り震えている花楓ホアフォンに声だけを向けた。

「······花楓ホアフォン、私を殺してください」

 呟かれた言葉に、花楓ホアフォンは聞き間違いだろうと、思わず涙でぐしゃぐしゃになっている顔を上げる。そこには、背を丸めて顔を覆う櫻花インホアがいた。衣は血で汚れ、その顔は見えない。

「皆のところに、私を、連れていって····」

「そんなこと、赦されるわけないでしょう? あなたは、自分のせいで配下が死んだことを一生悔やみながら、下界で死んだように生きるのよ。二度と笑みなど浮かべられないように、絶望したまま生きるの! 枯れた花みたいにね!」

 あはははは! と嫦娥チャング櫻花インホアを見下しながら高笑いをすると、そのまま手を翳した。

「ごきげんよう、花神。二度と私の目の前に現れないでちょうだい、」

 その言葉を最後に、櫻花インホアの視界は閉ざされた。


******


 それから、何年も何十年も下界をあてもなく彷徨っていた。何度か天帝の分身が自分の許に現れ、天界の状況を伝えてきた。

 あの後天界は大騒ぎになり、そのすべては、恐ろしい鬼神おにがみを所有していた、櫻花インホアの落ち度が招いた事態であると結論付けられた。その鬼神おにがみは、櫻花インホアが追放されたその少し後に行方知れずとなり、天界は彼を大罪人として捕らえるという名目で、全力で捜すことを決めたらしい。

 その真意は、あの日の真実をその口から語らせるため。あの場にいた神官たちは口を揃えて櫻花インホアが悪いと言うばかりで、天帝は埒が明かないと思い知った。嫦娥チャングに関しては、力がありながら事態を止めなかった罪で、位を下げる事くらいしか、現状ではできなかったそうだ。

 そして話はさらに進み、黒竜と白蛇の前に立ち塞がった、あの夜の数刻前へ。蓬莱ほうらい山の片隅で、朽ちているだろうあの堂へと櫻花インホアは足を向けていた。あれから数百年、ここに赴くことはなかった。そんな櫻花インホアがここへとやってきたその理由。それは、鷹藍インランの口から出たひと言だった。

「君の堂に、最近妙な噂が立っていてね。私たちは表立ってあそこには立ち入れないから、気が向かないだろうが、調べに行ってもらえないだろうか、」

 その頃には、櫻花インホアは地仙として下界とこの蓬莱ほうらい山を行き来していた。

 とは言っても、花神だった頃に身を置いていた百花堂へ足を向けることは一度もなく、知己である鷹藍インランやその配下の者たちと茶を飲んだり、他愛のない世間話をするのが目的だった。彼らのお陰で、何百年も暗い道を歩いていた櫻花インホアは、少しだけ元の自分を取り戻しつつあった。作り笑いも上手くなった。あの時とは、全然違う感情で浮かべられるその笑みが、自分でもあまり好きではなかった。

 天帝は飽きずに使者を送ってくるが、もうあそこへ戻りたいとは思わない。下界で困っている者たちを助けたり、のんびりと旅をしている方が合っていると気付いたのだ。そうは言っても、人助けをすれば功徳くどくは溜まってしまうので、適当な頃に小さな罪を犯し(おもに堂の供物をつまみ食いした罪)、天仙にはならないようにしていた。

 櫻花インホアの足が止まる。花の香りがふわりと風に乗って届くのを感じた。

 手入れをする者を失った堂は、きっと雑草たちに覆われ、咲き誇っていた花々を枯らしているだろうとばかり思っていた。しかし目の前に飛び込んできた景色に、思わず櫻花インホアは駆け出していた――――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それはダメだよ秋斗くん![完]

中頭かなり
BL
年下×年上。表紙はhttps://www.pixiv.net/artworks/116042007様からお借りしました。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う

亜沙美多郎
BL
 後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。  見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。  踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。  しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。 ⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。 ⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。 ‪ ☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆

処理中です...