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第五章
三、草むしりは苦手です。
しおりを挟む蟠桃宴会の後、特になにか嫦娥から報復を受けることもなく、蓬萊山にある自身の堂で平穏な日々を送っていた。
花神である櫻花の堂、百花堂の周りは季節関係なく様々な草木花々が咲き乱れ、それを丁寧に手入れするのが茶梅の役目でもあった。主人である櫻花はああいうひとなので、手入れという概念がない。好きなように咲いて、好きなように伸びている野草や野花たちに声をかけては、
「今日も元気でなによりです」
などと言うので、真に受けた雑草共を調子に乗らせてしまうのだ。茶梅はこの堂の庭に咲く、自身の花でもある白い山茶花の周りに茂った雑草を、容赦なくむしった。
本来なら晩秋の頃に、白や薄桃色の花を咲かせるこの花だが、ここにおいては散るということがないため、いつでも一番美しい姿でそこに在る。櫻花の恩恵を受けるこの地で咲くものたちには、枯れる、つまり死というものがない。故に、少しでも手入れを怠ると、この堂は背の高い雑草が生い茂るため、傍から見たら荒廃した堂に見えてしまうのだ。
「いつもすみません。あなたがいてくれると本当に助かります」
ひと月に一度、それらを一掃する作業を、茶梅の管理の下、その配下数人で行うのだ。もちろん、本来咲くべきものたちはそのままにし、雑草のみ取り除くのが目的である。
人数分のお茶を自ら淹れて、お盆に乗せてへらへらと運んで来た主人に、茶梅はいつもの如く驚愕の表情を浮かべた。そんなことはその辺りにいる配下の者にひと言命じればいいのに、このひとはあろうことか、その配下たちのために自らが率先して働いているのだ。
「····櫻花様、何度も言いますが、あなたは私たちの主人であって、間違ってもその配下にお茶を配るようなお立場のひとではないのです」
「え? 別にお茶くらい配ってもいいじゃないですか。私が好きでやっているのです。それに、私など大したこともできない下級の神です。皆の方がずっと働き者で、偉いんです。ね? 茶梅も、どうぞ」
はい、と白い小さな湯呑を手渡され、薄茶色の目を丸くする。肩で綺麗に揃えられた黒髪に咲く、白い山茶花の花びらが、思わず一枚ひらりと地面に落ちた。幼女の姿をしている茶梅だが、花の精たちの中で一番年上で、櫻花との付き合いも長い。
こんなことはもう何千回と言っているのだが、この主人は一度も聞き入れてくれたことがない。自分など、と言って、いつも自身を下に見ているのだ。花の精である配下たちにしてみれば、そんな主人の腰の低さを敬うことはあれど、馬鹿にすることなどあり得なかった。皆、櫻花の事が好きで、彼のためならと、今日もその手を動かしているのだ。
「····ありがとう、ございます」
受け取って、はあ、と嘆息する。満面の笑みが眩しすぎて、直視できない。ので、眼を逸らす。くすくすと花のように小さく笑う櫻花は、いつだって優しく、なにより美しかった。
配下の者たちも各々ひと休みし、茶梅は櫻花と共に堂の周りを見て回る。あの雑草さえなければ、どんなに幻想的で美しい場所か。すでに取り除かれ、元の姿を取り戻した庭に咲き乱れる花々に、何度でも目を奪われる。
特に堂のすぐ横に立つ、桃の木の美しさは格別だった。老木なのだが、風情があり、咲かせる花はいつでも満開だった。そこに桃の実がなることはないのだが、常に花びらが舞い散っているというのに、永遠に枯れることもないのだ。ほのかな紅色が白い花びらに混じったもの、濃い桃色、淡い桃色、様々な色味の花を咲かせるその木の幹は、何本かの木が捻じれて絡まり一本の大木になっている。
「こんなに立派なお庭なのですから、可哀想などと言わず、ちゃんと手入れをしてあげないと、逆に彼ら彼女らが可哀想です」
「すみません。なんだか、一生懸命背を伸ばしていると思うと、ここの雑草さんたちを邪険には扱えなくて、」
「まあ、いいです。櫻花様ができないなら、私が容赦なくむしって差しあげますので」
あはは····と櫻花は、自分の腰くらいまでしかない幼女の姿の茶梅に言われ、情けなく思いつつも頬を掻いて誤魔化す。
「聞きましたか? 天帝が下界から戻ってきているようですよ。その内お呼びがかかるのでは?」
「そうなんです? あの方が私などに構っている暇などないと思いますが。でもやっぱり、呼ばれたら行くしかないですよね····、」
「またそんなことを言って。天帝があなたを望まないわけがないでしょうに」
神は大勢いれど、天帝が目を掛ける者は数少ない。しかしなぜ天帝が、一介の花神でしかない櫻花をそこまで贔屓するのか。その真意を、茶梅は知らない。
その数日後、茶梅の予想通り、櫻花の堂に天帝の使いがやって来た。その呼び出しこそが、まさかあの事件のきっかけになろうとは、この時はまだ、誰も思いもしなかった事だろう。
櫻花は使いの者に連れられ、蓬莱山のさらに上にある天界へと向かった。
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